第22話 最悪の結末

 翌朝。

 光の女神の使徒シラユリを称するリリィ・ホワイト、彼女に会うべく町から北へ向かう。

 歩いてしばらくして、向かいから歩いてくる男の人に声をかけられた。


「なあ、兄さんよ。町の方から煙が上がっているようだけど、火事か何かか?」


 指さす方を見ると、確かに黒い煙が上がっている。


「あの辺りって、ボロっちい教会があったあたりだよな確か」


 言われて背筋が冷えた。

 慌てて走り出した僕の背中からさっきの男の人の声が追いかけて聞こえてきたけど、それどころではない。

 教会には元聖女のマチルダさんがいるし、精霊の花ちゃんもいる。

 ちょっとしたことなら大丈夫、そう自分に言い聞かせつつも不安は消えなかった。

 近づくにつれ、思いのほか火の手が大きかったのが見えてしまったのだから。


 周囲には町の人だろうか、不安そうに見つめる人たちが集まっていた。

 教会自体は燃えていない。

 燃えているのは、昨日僕が泊めてもらった離れの建物、人をかき分け 僕はそこへ向かう。

 正面入り口は火勢が強い。

 僕は、比較的まだ火が回っていなさそうな裏口の方へと走る。


「マチルダさん!」


 そこには、マチルダさんが何かに覆いかぶさるように倒れ伏していた。

 マチルダさんの下にはジュリアとソフィアのふたりがいた。

 そのマチルダさんの背中には何か剣のようなものが突き立っている。

 そしてその横には、ひとりの女性がそれを見おろしていた。


「あら、初めて見る顔ね」


 振り返りこちらを見た女性、全身まさに白づくめといわんばかりの衣装を身に着けている。

 だが、それを彩る無数の宝飾品が質素とは真逆、むしろ純白の衣装を冒涜せんばかりに輝きを放っていた。

 いや、それどころではない。


「大丈夫ですか、マチルダさん!」


 駆け寄って彼女を抱き起そうとするが、刺さった剣が邪魔をしていた。

 引き抜こうとして……。


「抜いたら出血が早まって死ぬわよ」


 声を発した方向、僕が見上げた白い人物はさも愉快そうに微笑んでいた。


「まあ、抜かなくてももうすぐ死ぬけど、その下のふたりも」


 言われて気づいて、下のジュリアとソフィアを確かめる。

 だけど、折角マチルダさんが庇ったのにもかかわらず、無情にも剣はマチルダさんを貫いて下のふたりも串刺しにしていた。


「セ……ィ…さ……にげ……」

「マ、マチルダさん! しっかりして、今助けますから」


 そうだ、宵闇の力を使えば何とかなるかも、だって僕は魔王だったのだから……でも方法が分からない。


(ス、スラヤミィ! 宵闇の力で何とかならない?)

〈……〉

(ねえ、スラヤミィ! 寝ちゃったの?)

〈……〉

(ねえ、起きてよスラヤミィ!)


 昨日の夜あたりから様子がおかしかった。

 今朝も『何か妙にだるくて眠いっス』とか言ってそれきり本当に寝てしまったのか反応がなかったのを思い出す。

 こんな肝心な時に……。


「ふう、そこのババアとガキ二人はもう手遅れよ。用が済んだから私帰るわね」

「ま、待て、お前がやったのか?」

「ええ、そうよ。ここの封印が解除されたのを感知したから、様子を見に来たら楽しそうに笑っているもんだから頭来ちゃって」

「封印……お前リリィか?」

「気安く呼ばないでくださる。ワタクシ、光の女神様の第一使徒のシラユリですわ」 「そんなことどうでもいい。そうだ、花ちゃん。フラワー・メイという精霊がいたはずだ」

「失礼な男ね。まあいいわ。今のワタクシは気分がいいから特別に教えてあげるわ。メイ、あれは消したわ」

「消した……?」

「折角封印して苦しめてやったのに、勝手に解いてにこやかに談笑しているのですものムカついたから封印なんてまどろっこしいことしないで、今度は精霊としての存在を消してやったわ」

「な、なんてことを……」

「ついでに邪魔してきたマチルダもやっちゃった。積年の恨みを晴らしたってやつかしら。女神様の使徒として日々研鑽けんさんを重ねて来た賜物たまものね。だからワタクシとても気分がいいの」

「なんでそんな酷いことができるんだ! 清く正しく美しくがお前たちの掲げるお題目だろう。これがそうだと言えるのか?」

「浄化よ浄化。だって、こんな薄汚い家に住んで、光の女神様に歯向かうという間違いを犯し、老いさらばえて醜くなったマチルダですもの」

「お前は……許さない」


 スラヤミィに聞けないなら、自分で何とかするしかない。

 心の奥底から、昏い感情が浮かび上がってくる。

 目の前の相手を退け、マチルダさん達も助ける。

 僕はその激情に身を委ねて力を解放した。


「許さない? お前ごとき薄汚い男に何ができ……え、何この力? まさか宵闇の……」

 

 目の前のシラユリのそのセリフを最後に、僕の記憶はそこで途切れた。



 気が付くとひとりたたずんでいた。

 僕は宵闇の力を解放したのを思い出す。

 あたりを見渡すと、離れの火は全て消え、使徒シラユリと名乗ったリリィの姿もない。

 そして、マチルダさん達の姿も……。

 いや、奇妙な生き物? というか影のようなものが三体揺らめいていた。


「セディ……」

「スラヤミィ、目を覚ましたの?」

「セディが宵闇の力を解放したことで気づけたっス」

「じゃあ、それ以降のことは何があったか見てたってこと?」

「そうなるっス。そうか、セディは宵闇の力に飲まれていたから覚えていないっスね」

「……うん。ねえ、あれから一体どうなったの? 火事は多分僕が消したんだろうけど、シラユリは? マチルダさん達は?」

「それはっスね……」


 宵闇の力を解放した僕は、それを燃えた建物にぶつけて火災を消し止めた。

 それを見た使徒シラユリは、かなり慌てた様子で一目散に逃走に移った。

 それに追い打ちをかけるように僕は宵闇の力を放ったが、初手から逃げを打ったのが功を奏したのか、かなりのダメージを追いながらもなんとか逃げおおせたようだった。

 そして、マチルダさん達はというと……。

 目の前の三体の影がマチルダさんにジュリアとソフィアだというのだ。

 声をかけてみるも、ただそこにたたずんでいるだけで反応は何も見せない。


「宵闇の化者(けもの)っス」

「え、何それ?」

「セディは、何とか彼女達三人を何とか生かそうと努力したっス。でも宵闇の力は生命力を回復させるとかそういった能力には向いていないっス。だから生命力が無くても闇と光の狭間でなら存在を許される。そういった存在に彼女たちを変えてしまったっス」

「それが、宵闇の化者……彼女たちを元に戻す方法はないの?」

「戻す方法はあるっスけど、生命力の尽きた人に戻るだけっスよ」

「そんな……他に何か方法はないの?」

「宵闇と真逆な光の力ならあるいは……でも、余程の力の持ち主でないと難しっスよ。あの元聖女のおばさんシスターでも無理だと思うっス」


 どうしたらいいんだろう。

 光の力の持ち主、光輝の君やシラユリ……は無理か。

 そもそも彼女の命を奪おうとした相手だ。

 助けてくれるとも思えなかった。

 そういえば、ひとりだけ心当たりがある。

 そのとき、離れの建物の入り口の方から声が聞こえて来た。

 

「えと、どなたかいらっしゃいますか? 私です。聖騎士のダイア・セレンライトです」


 ひょっこりと顔を出したのは、例の女騎士。

 マチルダさんから聖女の力を引き継いだという女性。

 なんという偶然。

 いや、これは必然か。

 彼女はこの町に縁があって、僕達だってここに来るだろうと予想はしていたのだから。

 これは天の助けだろうか。

 そう思って彼女を見た僕は、ひとつ思い違いをしていたことに気づく。

 まず、彼女の目線が先程マチルダさん達が倒れていた場所、血だまりに向いた。

 そして、三体の宵闇の化者に向く。

 最後に、僕を見る。

 その彼女の目が、親の仇を見るような憎しげなものに変化したのに気づいたのだから。

 その視線に気圧けおされた僕は、それが致命的となった。


「魔王……この惨状は貴様の仕業だな! シスター達に何をした!!!」


 騎士は腰からレイピアを抜き放つと、それを僕の胸に向けて突き立てた。

 胸に深々と突き刺さったレイピアが引き抜かれると再度今度はのど元に。

 僕は成す術もなくレイピアに滅多刺しにされ、やがて意識が遠のいてゆく。

 薄れゆく意識の中で、泣きそうな顔で僕にレイピアを突き立てる彼女を見た。

 その意識の途切れる寸前、僕は思う。

 どこで間違ったのだろうか。

 それとも最初から?

 やはり魔王たる僕が正しく生きるなんて希望を持ってはいけなかったんだろうか。


(ごめんね)


 僕は心の中で彼女にそうつぶやいて、ゆっくりと目を閉じた。



 第一章 完





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