第21話 運命の前夜

 ささやかな晩御飯だった。

 育ちざかりがふたりもいるのに、この食糧事情はいかがという内容だったので、ぼくは魔王の鎧を売ったお金の半分を寄付することにする。

 マチルダさんは最初のうちは謝絶していたが、僕は半ば無理矢理押し付けるようにして受け取ってもらうことに成功した。

 こっそりこちらを覗き見ていたジュリアとソフィア、肉が食えると大騒ぎしてマチルダさんにまた叱られる羽目になる。


 食事も終わり、広い離れの一室をあてがわれた僕は、明日以降の行動について考えていた。

 今は光の女神の使徒シラユリを称している、リリィ・ホワイト。

 直接会って話がしたいと言ってはみたものの、その場の勢いの部分が多かったので対策を立てる必要があった。


「ねえ、スラヤミィ」

「……」

「さっきみんなと話してたリリィという孤児院の院長についてなんだけど……」

「……」き

「スラヤミィ?」

「……はっ、な、なんすスか? ついウトウトしてたっス」

「あれ、寝てた? ごめん起こしちゃったね」

「いや、それは構わないんスけど、おかしいっスね……」

「おかしいって何が?」

「オイラ達スライムって、基本的に眠くなるってことないんスけどね……」

「……でも、魔王の儀式の時に寝てたって言わなかったけ?」

「あれは寝てたというより、正確には活動停止と言う方が正しいっス」

「じゃあ、今のウトウトもそれなんじゃない?」

「いや、そういうのとは違う感じなんスけど……まあいいっス。それよりセディは用があるんスよね?」

「そう、それなんだけど……」


 スラヤミィはリリィについては何も知らなかったので、その主たる光輝の君ことクリスタル・シャニングについて聞くことにした。

 その光輝の君は、清く正しく美しい存在だと自任し、プライドが高く、自分の間違いを決して認めない。

 いずれ自分は神へと昇格すると確信していたゆえに、すでに光の女神を自称している。

 そして、聖光の君が漆黒の君を打倒したのと同様に、自分も宵闇の君を打倒するべく争いを挑んでいた。

 だが、光輝の君は一方的に負け続けていたらしい。

 最後には、鬱陶しいの一言で、光輝の君は相手にされなくなったらしいけど。

 今は、宵闇の城にも結界を張られて出入り禁止の扱いなのだそうだ。

 

「それって、魔王の方が一方的に強かったってことだよね。なら魔王が光輝の君を出入り禁止じゃなくて殺すこともできたんじゃないの?」

と呼ばれる存在になると、死ねなくなるみたいっス」

「死ねない?」

「光輝の君ではなく、クリスタル・シャニングという存在自体を消すことができれば、あるいはっスけど」

「存在自体を……それってどうやるの?」

「さあ? オイラも詳しくは知らないっスけど、魔王でもかなり難しことらしいっスね」

「そういえば、漆黒の君も倒しきれなくて封印されただけって、マチルダさんから聞いたけどそういうことなの?」

「ああ、封印するっていう手段もあるっスね。それも結構手順とか面倒なので、光輝の君に対しては、お手軽な結界で弾く方法を選んだっスね」

「なるほどね。封印ってことは復活することもありそうだしね」

「復活かどうかは知らないっスけど、その漆黒の君が封印された石を拾って力を得たのが今の魔王、宵闇の君らしいっスね」

「……それ初耳だよ。でもなんで、漆黒の君じゃなくて宵闇の君なんだろう?」

「言う機会がなかっただけっス。オイラも気になって、一回本人に聞いたけど『いずれお前は真実を知ることになる』の一言で終わったっス」

「……意味深だね」

「結局事実かどうかは分からなかったっス」


 分からないものは仕方ないと、漆黒の君の封印石の件は置いて、光輝の君の眷属リリィの話に戻ることにした。


「その光の眷属のところに一人乗り込むセディっス。魔王とバレたら修羅場っス」

「確かに、万が一宵闇の力をちょっとでも漏らしたら大騒ぎになるね。気を付けないと」

「インフィコアがなかったら、冗談抜きでヤバかったっス。オイラひとりだとこうも完全に宵闇の力を吸収しきれなかったっスから」

「ねえ、魔王の顔とかは知られてないよね?」

「基本外に出るときは兜被ってたっスからね。兜を手に入れる前は仮面をしていたっスから。なんでも素顔がなよっちいから威厳が必要とかいう話だったっス」

「なよっちい……確かに川に映った自分の顔見たら、魔王というよりどこぞの駆け出しの学者ぽかったね」

「まあ、最悪バレてもセディとオイラが本気出せばどうとでもなるっスよ」

「それでも、最悪の事態は避ける方向で……」


 それから話し合ったものの、とりあえず顔合わせで様子を探るという程度の当初の目的からの進展はなかった。

 話を聞く限りリリィも元からプライドが高く、光輝の君の元でさらにそれに感化されているようだ。

 自分が正しいと考え、間違いを認めない相手に対して、話し合いをするのは難しいだろうということだった。

 これ以上考えても仕方ない、あとは出たとこ勝負しかないかな。

 そんなことを考えていると、部屋の扉がノックされた。


「セディさん、夜遅くにすみません」

「ああ、花ちゃん。入って構わないよ」

「どうしたの? やっぱり一緒に行く?」


 食事の時、花ちゃんにもリリィと会いに一緒に行くか誘ったのだが断られていた。

 会いたいけど、変わり果ててしまったリリィに会うのが怖いという理由で。

 今も、申し訳なさそうに首を振ることで、彼女の考えが変わっていないことが分かった。


「そうか、なら予定通り僕がひとりで話をしてくるよ。あ、もしかしてリリィに託したい言葉とかあるのかな?」

「いえ、それは、私がリリィと会う決心がついたら直接話します。私かセディさんのところにお邪魔したのはこれを渡したかったからです」

「コイン? いや、木でできたメダルみたいだね」

「サンライトさんからいただいたものです。光の眷属の印みたいなものだって話です」

「それって、大事なものじゃないの?」

「はい、ですからセディさんに託したいと」


 見せてもらったメダルは木でできていたようだが、ロウのようなものでコーティングされているせいか、400年以上経過しているにもかかわらず、腐食している様子はなかった。

 太陽の形をした紋章のようなものが表に、裏にはペリドット・サンライトという名前が彫られている。


「話を聞いただけだけど、花ちゃんにとってサンライトさんって大事な友人だったんでしょ? そのある意味遺品みたいなものを僕が受け取るわけには……」

「光輝会、光の神を信仰する聖光会とは違うみたいですけど、そのコインの意味するものを彼らが無下に出来るとは思えません。リリィは、私と関わったサンライトさんを嫌っていたから逆効果かもしれませんけど、何かのお役に立つのではないかと」

「……ありがとう。預からせてもらうよ」

「はい。リリィの事よろしくお願いします。あ、今回は顔合わせだけでしたっけ」

「うん、そうだけど、少しでも良い知らせを持ち帰れるよう頑張るよ」

「お任せしてしまって申し訳ありません。私にも何かできることがあれば……」

「できること……あ、そうだ、女騎士……セレンライト様っていう聖騎士なんだけど……」


 もう彼女がこの町にやって来るのは間違いないだろう。

 ここが宵闇の眷属討伐隊の出発地であったこと然り、マチルダさんの聖女の力の件然りである。

 なら、僕が魔王であるのはもうバレているけど、なんとか仲を取り持ってくれる味方をひとりでも増やしておきたい。

 セディって魔王なんだけど、実は良い人だったんだよみたいな。


「はい、お任せください。セディさんが魔王なわけないじゃないですか。セレンライト様がいらしたら誤解を解いておきますね。それではおやすみなさい」


 あ、なんか勘違いされた予感。

 でも、一方的なお願いじゃなく、自分にもやることべきことができたことで、少し心が軽くなったのだろう。

 彼女はにこやかに挨拶をして部屋から退出して行った。


 まあ、いいか。

 さてと、僕も明日に備えて今日は休むとしようかな。

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