二章 引きこもりし仮宿、そこを出るとき
第23話 亀とセディと水神の宝玉
「おお、目が覚めたようじゃの」
「……ここは?」
「ここは、小さな漁村の浜辺にある儂の家じゃ」
「えっと、おじいさん……亀?」
身体を起こして声の主を見て驚いた。
亀だった。
白く長い髭を蓄え、眉毛も真っ白で目を覆わんばかりにふさふさのおじいさんの亀。
「何を言っておる、お主も亀じゃろうて」
「え?」
自分の身体を見える限りで確認する。
手も足も、背中の甲羅も、まごうことなき亀だった。
なんか違和感だらけなんだけど?
「お主、海辺で行き倒れていたのじゃよ。まだ息があったのでここまで連れてきてたのじゃが、老体には少々きつかったのう」
「ご、ごめんさない」
「いいのじゃよ、人を運ぶのが儂の仕事じゃからの。たが、いかな理由があって死ぬまで辞めることができないのじゃ……おっとすまんの。余計な愚痴を言ってしまった」
「い、いえ。助けてくれてありがとうございました。僕はセディといいます」
「儂はグリン、仲間内では長老とかもてはやされて居るが……まあよい、それよりなぜ倒れていたか聞いてもよいのかの?」
「えっと、それは……あれ?」
「どうしたのじゃ?」
「……あの、その実は名前以外何も思い出せなくて……」
「そうじゃったのか、打ちどころが悪かったのかのう。まあ、しばらくすれば思い出すかもしれんて、まずはゆっくりと静養することじゃ」
「ご迷惑おかけしてすみません」
「なんの、ここには儂一人だけしか住んでおらんでの。お主のような若いものがいてくれるだけでも孤独な老人にとってはありがたいものなのじゃよ」
「ありがとうございます。お言葉に甘えてしばらくご厄介になります」
それからしばらく、グリン爺さんの家でお世話になることにした。
幸いなことに怪我をしていたという訳でもなく、動くには支障がなかったので彼の仕事の手伝いをしたりしながら数日を過ごす。
セディという名前以外、僕の記憶はまだ戻らない。
「じゃあ、いつもの島まで頼むよ」
「はい、直接ですか? 小舟を引く形ですか?」
「ああ、今日は彼女とデートなんだ。小舟に二人乗りを引いてくれるかな?」
「かしこまりました。料金は往復で……」
これがグリン爺さんの仕事だった。
人間を直接背中に乗せて、あるいは小舟を引いて運ぶ仕事。
最近身体がきついと言っていた彼の代わりに、僕はこの渡し船ならぬ渡し亀の仕事を引き受けることにした。
僕も亀だったので、グリン爺さんの孫ということで話は通してある。
やっていて思うのだけど、死ぬまで辞めることができない仕事だとはどうしても考えられない。
でも、悪事を働くわけではないし、人の役に立っている実感はあったので、充実した日々を送れていたとは思う。
「ああ、今日は嵐のようじゃな」
「じゃあ今日は仕事お休み?」
「まあ、こんな日は客は来んじゃろうからな」
グリン爺さんは、 ここ数日体調を崩したのか寝込んでいた。
僕との会話は寝床の中からだ。
「グリンさんいるか!」
慌てた様子の男の声と、家の木戸をどんどん叩く音が響き渡る。
木戸を開くと、入ってきたのはずぶ濡れの人間の男、確かジョアンさんという漁村に住んでいる人だ。
グリン爺さんに何かを言い募ろうとしたけど、
「ジョアン、何があった?」
「あ、ああ……川の増水で中州に人が取り残されたんだ。グリンさんに助けてもらおうと思ったが、その様子では……」
「いや、行こう。ここ数日セディが儂の仕事を代わってくれていたからの。おかげでゆっくり休めたから大丈夫じゃよ」
だが、起き上がろうとしたグリン爺さんは、フラつきその場に膝をついてしまう。
「グリンさん無理しちゃダメだよ、もう年なんだからさ……そうだ、セディ君なら何とかできるんじゃないか?」
「え、僕?」
「そうだよ、だって君はグリンさんのお孫さんだ。あの不思議な力だって使えるんじゃないのか?」
「よせジョアン! 儂が行くからこやつを巻き込まんでくれ」
ジョアンさんの言葉を遮って、再び立ち上がろううとするも、体制を崩してその場に突っ伏してしまった。
「グリン爺さん、僕が行くから詳しく聞かせて。その不思議な力って僕にも使えるの?」
「だめじゃ。セディお前を関わらせたくない」
「でも、助けを待っている人がいるんでしょ、ねえジョアンさん?」
「ああ、そうだった。何とかならないかなグリンさん」
「……まあ、一度だけなら大丈夫かもしれんか……ジョアン」
「はい、グリンさん」
「セディに説明するから、すまんが一度外に出ていてもらえるかの?」
「え、グリン爺さん。ジョアンさんにこの嵐の中に外に出ろって……」
心配いらんわいと僕に言いながら、グリン爺さんはジョアンさんに向かって手をかざす。
すると、何やら水の膜のようなものがジョアンさんを覆った。
それを見たジョアンさん。
ああこれなら大丈夫だよセディ君、そう言って嵐の吹き荒れる外に出て行った。
グリン爺さんは木戸を閉めると、懐から小指の先ほどの真ん丸の石を取り出す。
青く透き通っていて涼し気な、美しい宝石のような石だった。
「薄い水の膜で結界を張れる水神の宝玉、ジョアンにはこれを使った」
「結界……ああ、だから嵐の中でも平気で出て行ったんだ」
「そうじゃ、これはあらゆる水の力に作用する特別な物なのじゃ。この膜を張られた者は水の中でも濡れたりせず、それに息もできる。今回の嵐は暴風も含んどるが、そのくらいなら水が関係しなくても普通に防ぎよるわい」
「すごい物なんだね。でもさ、ジョアンさんも水の膜の結界を知っていたみたいだけど、何でわざわざ外に出て行ってもらったの?」
「ジョアンのやつは儂の力のことは知っておるが、この宝玉のことは知らん。いや、ジョアンに限らずこれのことは誰にも知らせておらん」
「何か理由があるんだね」
「ああ、こいつを直接手に持てば、その力は誰でも使えるようになる。但し……」
「但しって、 何か反動みたいなものとかあるの?」
「この宝玉を使うこと自体での反動みたいなものは何もない。じゃがの、使えば知られることになる」
「知られるって誰に?」
「この宝玉の所有者にじゃ。儂は所有者ではなく、単に借りておるだけに過ぎん」
「借りている……じゃあその所有者って誰なの?」
「水面(みなも)の君と名乗る水神様の眷属じゃ。確か乙姫と名乗っておった」
グリン爺さんが持っている宝玉をあらためて見る。
最初は青く透き通る様子から涼し気で美しく思えたそれが、グリン爺さんの深刻な表情と相まって、涼し気を通り越してうそ寒さを感じさせる、そんな石に思えてきた。
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