第19話 フラワー・メイ

 そこはとある花園。

 ずっとずっと昔、私が初めて精霊として目覚めた場所です。

 その時、そばにいたのがリリィでした。


「あら、あなた新しく目ざめた子ね。私はリリィよ」

「えっと、私は……名前がないの」

「まだ目覚めたばかりだものね。うーん……そういえばここに咲いているお花ってメイフラワーね。そうだメイなんて名前はどう?」

「メイ……素敵な名前ね。ありがとうリリィ」


 私にとってリリィはお友達であり、お姉さんのような存在でした。

 楽しく幸せな日々が続きました。

 ですが、そんな日は突然終わりを迎えることになったのです。

 花園の片隅に倒れていたあのお方を、私が見つけたことをきっかけにして……。



「あの、大丈夫ですか?」

「……ああ、どうやら気を失っていたようだね。ありがとう、どうやら体の方は大丈夫そうだ。ああ、わたしの名はペリドット・サンライト、よろしくねお嬢さん」

「は、はい。よろしくお願いします。私はメイ、この花園でリリィと一緒に暮らしています」


 出会ったサンライトさんは、どうやら漆黒の君と呼ばれる黒の魔王と戦って力及ばず逃げて来たらしいです。

 逃げたと言っても特別な力を持った転移の石を使ったらしく、転移先はランダムでどこに飛ばされるかは分からなかったという話でした。

 なんでそんな変なものを使ったのか聞いたところ、黒の魔王はこちらを逃がすつもりはないらしく、激しい妨害によって普通の方法では道具や魔術では不可能だったそうです。

 でも、ランダム転移という不確定な要素がたまたま魔王の意表を突くことに成功、何とか逃げ出せたとのことでした。


「でも、逃げてきた場所がこんなに綺麗で素敵なところだったなんて、この世界もまだまだ捨てたものじゃないね。それに……」


 サンライトさんは、私の目をじっと見て何かに納得したようにうなずきました。


「メイ、君は精霊だね。しかも、かなりの潜在能力を秘めている」

「いえ、私なんか大した者じゃないです。最近目覚めたばかりだし、ドジでいつも失敗ばっかりでリリィにも迷惑かけっぱなしだし……」

「いいや、まだ生れ落ちて間もなく存在が安定していないようだけど……そうか、これが運命の引き合わせだったのかもしれない」

「……?」

「メイ、わたしから君に新たなる名付けをさせてもらえないだろうか」


 言われて私は、すぐにお断りしました。

 だって、メイという名は、リリィからもらった大切なものだったから。


「なるほど、ならこうしよう。フラワー・メイ、これなら君のお姉さんからもらった名前も残るし、花の精霊たる君の潜在能力を文字通り開花させることができる」

「フラワー・メイ」


 その名前を私がつぶやいた、次の瞬間です。

 私の中から大量の何かがあふれ出すような感覚が襲いました。


「やはり、わたしの目に狂いはなかった。君は今、精霊の中でもかなり高位の存在となった」

「私がですか……?」

「それと、いきなり不躾ぶしつけなお願いで申し訳ないが、黒の魔王と戦っているわたしに協力してもらえないだろうか?」


 高位の存在といきなり言われても実感がなく、黒の魔王と戦うと言ってもピンとこない話でした。

 そもそも私がこの花園に生まれ落ちてから、リリィとふたりで争いとは無縁な平和な暮らしをしていたのです。

 私は今のリリィとの穏やかな暮らしを捨てたくない。


「ごめんなさい。サンライトさんに折角お力をいただいたのに申し訳ないのですが……」

「そうだね。危うくわたしのエゴで無関係の君を争いの渦中に巻き込むところだった。いきなりお邪魔して変なことをお願いして、こちらこそごめんなさい」


 お願いを断った私に気を悪くするでもなく、サンライトさんはお日様のように輝くような笑顔を残して、花園から去っていきました。

 今の君なら、この花園を楽園のような世界に変えられる。

 お姉さんと幸せにくらしてね。

 私達の幸せまでも気づかってくれて……。


 でも、その幸せは長く続きませんでした。


「……メイ?」

「どうしたのリリィ、そんな変な顔をして?」

「だって、あなた急に成長して……何があったの?」


 私を見て驚くリリィに、私はサンライトさんとの出来事を思い出しました。

 精霊としての高位の存在、もしかしたら姿まで変化したのだろうか。

 言われてみれば、背が伸びたような気がする、身体つきも大人びてきたような感じがする。

 私はリリィに、サンライトさんとの出会いとそのやり取りについて、お話しました。


「そ、そう……よかったじゃない。メイのお姉さんとしては鼻高々だわ」

「うん、これからは私がリリィ迷惑ばかりかけるのじゃなくて、恩返しするからね」

「ありがとう、メイ。あら、フラワー・メイ様だっけ?」

「もう、リリィ」

「ふふふ、じゃあ花ちゃんって呼んであげようかしら……」


 リリィは喜んでくれた……そう思っていたのです。

 

 私は新たに手に入れた力によって、花園を大きくし、さらに美しく咲き誇る花々で満たすことに成功しました。

 サンライトさんの言った楽園、まさにそれが実現したのです。

 ですが、気づいた時には、その楽園に最も大切だった存在がいなくなっていました。

 リリィが楽園から姿を消したのです。


 その後、私はリリィを探して世界中を探し回りました。

 ですが、その姿はようとしてつかめません。

 ある時、偶然サンライトさんと再会します。

 サンライトさんは、黒の魔王との戦いを続けていましたが、決して状況は良くなかったようでした。

 私も世界を旅していて、黒の魔王による世界の荒廃を知っていました。

 なので、リリィを探すのを手伝ってもらう条件で、彼に協力することにしたのです。

 私は長い旅の中で、人の世を知り、心を知ることになりました。

 その中で、リリィがなぜいなくなったのか、なんとなく分かり始めていたのです。

 なので、私はある種の覚悟をもって、サンライトさんへのひとつの提案をすることにしました。


「君のお姉さんは、君に嫉妬し、また君によって変えられた花園に居場所がなくなった」

「はい。考えてみれば、リリィは妹のような存在の、ドジでいつも失敗ばかりのなの私を面倒見ることが生きがいとなっていたようでした」

「……悪く言えば、君を見下すことで自尊心を満たしていたということかな。それが君が高位の精霊となったことで、その自尊心が砕かれた」

「そういう言い方しないでください。私だって、リリィより高位の精霊となったことで、ある意味リリィを見下したような気分になっていたこと、反省しているのですから」

「すまなかった。それで君は何を提案したいというのかな?」

「私はこの高位の精霊の力をサンライトさんにお返しします」

「いや、返すって……わたしは君に名前を付けてだけだよ。それに名前を返してもらっても、一度得た君の力は変わらないよ」

「ええ、ですから、サンライトさんへ私の精霊としての力そのものを……」

「それはだめだ。下手をすると君の精霊としての存在そのものが消えてしまう」

「危険は承知の上です。それに、サンライトさんもご自身の力に限界を感じていらっしゃるでしょう?」

「確かに、君の今の力は、わたしが名付けた時よりも遥かに大きくなっている」

「ならば……」


 それからしばらく、私とサンライトさんは話を続け、最後は説得することに成功したのです。

 結局は、サンライトさんの懸念通り、私は精霊としての力を失ってしまいました。

 元の精霊の姿に戻るのに数百年かかってしまったのは、先程お話した通りです。

 聖光の君と呼ばれていたサンライトさんが、黒の魔王を倒して光の神になった。

 その話を聞いたのは、精霊として復活してからの話です。


 そして、復活した私は、ついにその時を迎えました。

 光の女神と称するクリスタル・シャニングあるいは光輝の君と呼ばれる存在からホワイトの名前を賜り、その使徒シラユリとなった彼女。

 リリィ・ホワイトと再会を果たすというその時を……

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