第18話 花ちゃん

「私は花の精霊です。フラワーという名はそれに咲く花をイメージして光の神様に名付けていただきました」

「光の……聖光の君ですか?」

「あ、その当時はそう呼ばれていた人間でしたね」

「そんなに遥か昔から存在していたとは……しかも名付けが聖光の君ですか。さぞやお力のある存在とお見受けします」

「いえ、強大な力を持っていたのは遠い昔のことです。あのお方の最後の戦いに際して、私はその持てる力の全てを託したので、精霊としての存在は一度失われたのです」

「失われたと言われましたが、あなたは現に精霊として存在しているようですが」

「それは長い長い年月をかけて、芽吹き、花を咲かせ、実となり種となり、再び芽吹く……。これを幾度も繰り返し、少しずつ力を取り戻してようやく今の姿に戻れたのです」


 精霊とか長い年月とか、気になる。

 なので、ふたりの話が切れたタイミングで質問をぶつけてみた。


「あの、長い年月ってどのくらいですか?」

「……すみません。精霊としての存在が失われていた間は、今のようにはっきりとした自我みたいなものはなかったので……」

「セディさん、今は聖光歴409年です。聖光歴とは聖光の君が光の神となられてから作られたこよみです」

「マチルダさん、ありがとう。そうか、そんなに昔なのか……」

「私も自分のことながら驚きました」

「えっと、フラワー・メイさん。無知をさらすようで申し訳ないですけど、そもそも精霊って何ですか?」

「セディさん、私のことは花ちゃんって呼んでください。昔は皆からそうよばれていたので」

「分かった、花ちゃんだね」

「はい、それで精霊とは……何でしょう?」


 花ちゃんは首をかしげて、聞いたはずの僕に逆に聞き返してくる。

 横にいたマチルダさんは呆れたような表情で、今度は自分の番とばかりに僕と花ちゃんを交互に見てきた。


「では私の方からご説明いたします」


 精霊とは、草木、動物、人、無生物、人工物などひとつひとつに宿っている、とされる超自然的な存在である。

 そして、万物の根源をなしている、とされる不思議な力の寄り集まったもの。

 今回の花ちゃんは、草木に宿った力が寄り集まって実体化したもので、最も知的生物として進化した人の姿を形どったと考えられた。

 精霊がさらに力を蓄積させて、より高い存在に昇華することで、神のような存在となる。

 聖光の君は元は人間だったが、力を蓄えて高い存在に昇華させた点では似たようなものだったと言えよう。

 そして、聖光の君は神のような存在ではなく、神そのものに至った。


 へー、花ちゃん、いずれ神様になるのかな?

 そんなことを思って彼女を見るが、ぽけっとした表情で話を聞いているようには見えない。

 もしかして、こういう難しい話が苦手とか。

 そんな僕の考えをよそに、マチルダさんの説明は続いていた。


 「では、神と神のような存在の違いについてお話いたしましょう」


 神とは何か。

 そこに至るまでに得た力の特性そのもの、それを象徴とした概念的存在である。

 神に至った存在は、もはやその意思をもって地上には直接干渉することはできない。

 だが、神は地上に存在する。

 光なら光、その特性そのものがこの地上に残された神の一部と言えるからだ。

 例えるなら日中の陽の光、夜を照らす月明かりやランプの灯、全てが光の神の一部なのである。

 つまり神とは、いわば光なら光、それら一個の概念を象徴するような存在であった。


 では、神のような存在とは何か。

 それは、圧倒的な力と存在感をもって人々を魅了させたり畏怖させたりするものである神に至らずとも強大な存在である。

 例えるなら魔王、自称女神様がそれにあたる。

 宵闇の君、光輝の君、神に至る前の聖光の君それらと呼ばれる存在こそが神のような存在として人々に広く知れ渡っていた。

 つまり神のような存在とは、神には至っていないが、一個の概念を代表する程の強大な力を持った、人や精霊などを指す。


 もう一度、花ちゃんを見る。

 途中から考えるの放棄して、天井の染み数えてたみたい。

 これだけ見ると、この子が神へと至る道のりは遥かに遠そうだった。


「つまりは、神と神のような存在の区別はただひとつ。この世界に実在するか否かという事実に帰するでしょう。実際に現実世界に力を振るえるだけ、人々にとってはの方が神と認識されていることが多いのですけど」

 「あれ? ということは、光の神様よりも現実に存在する自称光の女神様の方が人々には神として認識されているってことですか?」

「残念ですが、そうなります。人は実利によって動かされるものですから。かつての光の神の栄光だけでは聖光会も肩身が狭いのです」

「実利ですか。ああ、孤児院がありましたね……無駄に豪華でしたけど」

「あれもそうですけど、むしろ光輝会という宵闇の眷属の対抗力、そちらの力の方が遥かに大きいですね」

「でも、対抗力としては聖女様の名は大きいと思いますが。だって力を譲渡したといってもマチルダさんの方が強いのでしょう? えっと、何でしたっけ、光の眷属だか使徒だかの院長よりも」

「確かに個の力としては私の方が上でしょう。ですが、彼女の強みは個の力のみならず、光の使徒として多くの眷属を従えているところにあります。それに財力や世俗的な権力も貪欲に自分に集中させており、今やリリィ・ホワイトの存在は光輝会の中ではトップクラスです」

「リリィ……?」


 今度は床に丸まっているダンゴ虫を、退屈そうにつついていた花ちゃん。

 ただ、リリィというその単語に反応したのか、パっと顔を上げてこちらを見た。


「花ちゃん、何か知っているの?」

「ええ、リリィ・ホワイト。私と同じ花の精霊です」

「同名の別人かもしれないよ」

「間違いないです。最後に会った時、光の女神様の使徒になって『シラユリ』という名前を授かったって言ってました」

「セディさん、彼女が使徒シラユリを称しているのは事実なので間違いないでしょう。では、私からも質問です。最後に出会ったのはいつどこでですか?」

「封印されている間は時間の経過があいまいだったので……でも場所はここです。私のことを封印したのがリリィさん、彼女だったのですから」

 

 そう言った花ちゃんは、今にも泣きそうな表情をしていた。

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