第17話 封印解除

 開いた扉の向こう側、ひとりの女の子がいた。

 黒いツタの様なものが絡みつき、表情は苦しげ。


「たすけて……」

「あなたは一体……なぜこんなところに?」

「私は、メイと申し……むぐっ……」


 だが、マチルダさんの問いかけに応えようとした彼女は、ツタに口を塞がれ言葉を失ってしまった。

 そして、女の子に絡んでいたのと別のツタがムチのようにしなって、マチルダさんを襲う。

 マチルダさんは見事な身のこなしでツタを転がるように回避した。

 さすが元聖女? の彼女はすぐさま起き上がり体制を整える。

 そして、僕に問いかけるようにこちらを振り返った。


「まさか本当に封印が、しかも女の子だったなんて……」

「それは、えっと……」


 それは僕も意外だった。

 封印については、最初に気付いたスラヤミィに聞いてみる。


(えっと、封印解けたの?)

〈もうちょっと近づいてみないと詳しくは分からないけど、単に扉が開く条件だけ満たしただけで、封印自体は解けてないっス。〉

(扉が開く条件?)

〈三回のノック、入ってますかの問いかけ、あるいは両方か……そのあたりで反応があったというだけのオイラの推測っスけど〉

(じゃあこの女の子、まだ封印状態ってことだよね。すごく苦しそうだけどこれも封印の影響かな?)

〈うーん、やっぱり調べないと分からないっス〉

(うん、分かった)


 マチルダさん代わりに僕が開いた扉の前に立つ。


「……(女の子は苦し気に身をよじっている)」

「ちょっと待っててね。今調べるから(スラヤミィが)」


(それでどう? 助けられそう?)

〈セディ、助ける前提っスね。もし邪悪な魔物とかだったらどうするっスか?〉

(え、そうなの?)

〈……言ってみただけっス(まあ、魔物でもセディは助けようとしそうっスけどね)〉


 念話中だったせいか、おそらく心の中で思ったことも筒抜けに聞こえてきた。

 いや、さすがに邪悪な魔物だったら助けたりはしないよ。

 でも、この女の子が魔物だったら……否定できない……。

 とか考えているうちに、スラヤミィの調査結果の報告が来た。


〈分かったっス〉

(どうだったの?)

〈前にも言ったと思うけど、オイラ魔術とかあまり詳しくないんスよ。けど、たまたま見た事ある魔法陣が書いてあるの見つけたっス〉

(あ、壁になにか複雑な模様で文字が書かれてるね)

〈これ、宵闇の魔術っス。あとそれをおそらく光の魔術をかけて隠ぺいしているっスね〉

(宵闇の魔術を光の魔術で隠ぺいって、どういうこと?)

〈ここって光の神の教会っスよね。そんなとこに宵闇の魔術がだだ漏れしてたらすぐに気付かれるっス。だから光の魔術で覆い被せて分からなくしていたっス。現におばさんシスターは全然気づいていなかったじゃないっスか〉

(でも、こんな使われていないトイレで光の魔術とか使ってたら怪しくない?)

〈そういえば気付かなかったの不思議っス。元とはいえ聖女様っスよね。オイラも気になるからセディから聞いてみて欲しいっス〉

(うん、分かった)


 マチルダさんに聞いて判明したこと。

 使われていないとはいえ、トイレなので臭い対策とかで浄化魔術の術式が部屋全体に書かれている(壁に文字がところどころ刻まれていた)。

 部屋全体にそういった光の魔術の幕みたいなもので覆われていたので、隠ぺいの魔術に気付かなかったそうである。

 隠ぺいといっても、宵闇の魔術を巧妙に隠してさらに浄化の魔術に紛れ込ませる、結構高度な魔術だと言われた。

 ただ、この光の魔術自体は隠ぺいに使われているだけで、特に害はなさそうとのことである。


(光の魔術については分かったね。じゃあ、この宵闇の魔術はどういったもので何のためにかけられたんだろう?)

〈この宵闇の魔術、対象を苦しめつつその場に呪縛し封印するとかで、魔王がよく好んで使っていたのを覚えているっス〉

(……また魔王か。でもここ教会でしょ、何で魔王がよく使うような宵闇の魔術なんか使ったんだろう)

〈それは使った本人に聞かないと分からないっス。ただ、魔法陣に詳しくてさらに宵闇の呪石を使えば誰でも使える魔術っスね)

(呪石?)

〈オイラも詳しく知らないっスけど、宵闇の力を含んだ黒い石のことをそう呼んでいるっス〉

(じゃあ呪石はそういうものだということで置いておくとして、誰でも使える魔術ってことは解くのも簡単ってこと?)

〈いや、解呪は簡単じゃないっス。魔王が開発した魔法陣で、少ない宵闇の力で効率的に発動、しかも書いた本人以外が解呪しようとすると術者の数倍の力ができない仕様だとか言ってたっス〉

(なんとも面倒な……でも、そんな魔王開発の魔術を使うってことは、使い手も特定が簡単?)

〈残念だけど、それは難しいっス〉

(何で? 強力な魔術なんでしょ、なら……)

〈さっきも言ったっス。少ない力で強力、しかも呪石があれば誰でも使えるからって魔王が宵闇の力普及のために広めたっスから〉

(魔王め……解呪が無理ならこの子もこのままってこと?)

〈解呪はセディなら簡単にできるっスよ。宵闇の力使えばっスけど……〉

(宵闇の力……あれは使いたくない)

〈そうっスよね。オイラにも解呪はできなくはないっスけど……〉


 スラヤミィの意識が向いた方向には、こちらをじっと見ているマチルダさんがいる。

 ああ、そういうことか。


(スラヤミィお願いしていい?)

〈でもいいんスか、見られてるっスよ?〉

(今更だと思うんだけど)

〈聞くのと実際に見るのは違うと思うっスけど……〉

(でもそれ以外解呪の目星はなさそうだし、僕がやって宵闇の力に飲み込まれて万が一があったらマズイと思う)

〈……なら分かったっス〉


 背中の旅人マントがヘドロ……じゃなくて黒いスライムに変化する。

 そして、魔法陣に貼りつくと、がりがりと音を立てて何かを始めたようだった。


〈終わったっス。壁に書かれた魔法陣は全て削り取ったっス〉

(……ありがとう)


 宵闇の魔術的な何かをやるのかと思ったら、力技だった。

 しかも一瞬で終わり。

 解呪が難しいという話は何だったのか……。


「黒いスライム……これは一体?」

「えっと……」

「……今更ですね。この子も助かったみたいですし、見なかったことにしておきましょう」


 そう言ったマチルダさんは、黒いツタから解放された女の子の方を向いた。

 僕は心の中でマチルダさんに感謝しつつ同じ方を向いて……。

 おっと危ない。

 倒れそうになった女の子を慌てて抱き留める。


「大丈夫?」

「いきなりツタから解放されたのでちょっと力が入らなかっただけ、なので大丈夫です」

「なら、良かった。これで、君は封印の呪縛からは解放されたはずだよ」

「え、私解放されたんですか?」

「うん、多分大丈夫だと思うんだけど……(大丈夫だよねスラヤミィ?)」

〈間違いなく解放はされてるっス。魔法陣の宵闇の魔力はオイラがおいしくいただいたっス〉


 ああ、壁削ってただけじゃなくて、魔法陣の魔力も吸収してたんだ。

 そんなことを考えていると、女の子は自分の身体の状況を色々確かめている様子がうかがえた。

 やがてうなずき、こちらを僕とマチルダさんを交互に見る。


「助けてくれてありがとうございました。私はフラワー・メイと申します」

「僕はセディです。こちらが……」

「マチルダと申します。あなた、見た目は人の子のようですが、もしかして精霊の類でしょうか?」


 えっ、精霊?

 フラワー・メイと名乗った女の子に対して、彼女が精霊だと言うマチルダさん。

 今度は僕が、目の前のふたりを交互に見る番となった。

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