第16話 三番目の扉
僕は教会の離れに一晩お世話になることにする。
折角なので、何かお手伝いできることはないかと聞いたところマチルダさんからひとつ頼まれごとをした。
「先程のジュリアとソフィアなんですけど、離れの掃除を頼んだのです。ですがジュリアはあの調子で真面目にやろうとしないし、ソフィアは気が弱くてジュリアに引っ張られて仕事がはかどらないのです」
「分かりました。彼女たちの手伝いをすればいいのですね」
「出来れば、セディさんは手を出さずに監督をお願いできればと思うのですが……」
「いえ、むしろ僕が後から来て偉そうに指図したら、かえって彼女たちのやる気をそいでしまう気がします。逆に、客である僕が率先してやれば彼女たちもやる気になると思うのですけど」
「そうですか……では、お任せするのでお願いします」
そして僕は、ジュリアとソフィのふたりを探して離れの建物にやって来た。
「ここもボロっちぃっスね」
「うん、思ったより大きな建物だけど、ひどい有様だね」
「こんなところじゃなく、宿に泊まった方がいいんじゃないっスか?」
「……いや、ここに泊めてもらうよ。マチルダさんの好意を無にしたくないのもあるし、ボロだからさよならは何か違う気がするんだ」
「セディらしい考えっス」
「宵闇の魔王と光の女神、闇と光、対照的な存在だけど人々を苦しめているのは変わらない。それでもマチルダさんはボクの事を見て魔王かも知れない僕をしっかりと認めてくれた。だから少しでも恩返しみたいなことがしたいのもあるかな……」
そこまで話したところ、建物の入口からジュリアが、さらにその後ろからソフィアが顔を出した。
「あれ、さっきのにーちゃんじゃないか。ここに何しに来たんだ?」
「あの、話し声が聞こえてきたので……あれ、おひとりですか?」
どうやら僕とスラヤミィの会話で彼女たちが誰か来たのかと様子を見に来たようだ。
「ああ、マチルダさんからふたりの掃除を手伝うように言われてね」
「げ、監視かよ」
「ジュリアちゃん、そういう言い方は……本当に手伝いに来たかもしれないのに……」
そう言うソフィアも監視だと思っているみたい。
マチルダさん、どうやら彼女達にはいろいろ厳しく接していそうだ。
甘やかしてはいけないという思いがあるのだろうか、何となく余計にそうしてように思える。
そういえば、孤児院を追放されたとか言ってたっけ。
事情がありそうだけど、いきなり個人の事情をつっこんで聞くわけにもゆくまい。
とりあえず、作業を一緒にやりつつ仲良くなることから始めよう。
「いや、本当に手伝うよ。何かやることない?」
「本当に手伝いに来たのかよ……あ、そうだ!」
「ジュリアちゃん?」
「ソフィは黙ってろって。あー、にーちゃんこっちこっち案内するよ」
案内されたのは建物の一番奥、そこにあったトイレであった。
「ここだよ、じゃお願いねトイレ掃除」
「え?」
「あ、一番奥の三番目の個室の扉、建付け悪くて開かないから、んじゃよろしくー」
「あ、待ってよジュリアちゃーん」
ジュリアが駆けだすと、ソフィアはそれを追って行った。
いきなりトイレ掃除を押し付けて逃げるとは……ジュリア恐ろしい子。
すでに見失っているけど今からでも追いかけるかどうか迷っていると、スラヤミィが話しかけて来た。
「ヤバい気配を感じるっス」
「それって、このトイレの中?」
「……そうっスね。ジュリアって子の言ってた三番目の扉の中みたいっス」
「そのヤバい気配って言うからには、魔物とか?」
「外からだと詳しく分からないけど、多分そんな感じの類っス」
「じゃあ、扉を開けるとマズイってこと?」
「開かないってことは、何らかの封印がされている可能性があるっスね。仮に開けられたとしても少なくともあの子が対処可能な存在だとは思えないっス」
「魔物が封印……マチルダさんかな?」
「そもそも、そんな危険な存在を女の子達が簡単に立ち入れるようなところに封印するとは思えないっスけどね」
「そういえば、このトイレ使われている形跡がないね。封印ってもっと昔のものかもしれないね」
「この建物、ボロいっスからね。見たところ昔は寮みたいなものだったんじゃないっスかね。下手すりゃ数十人単位で生活してたかもっス」
「そんなに?」
「しかも生活水準は結構高めっス。そもそも備え付けのトイレがある時点で
それからスラヤミィによる一般人のトイレ事情から始まって、生活水準とかについての語りがしばし続いた。
今のマチルダさんはともかく、聖光会も以前の聖職者達は庶民からのお布施で贅沢三昧していたようであるとかどうとか。
封印の魔物の件は、もしかしたら当時の聖職者がやった可能性もある、そんな話が続いたところで……。
「セディさん」
「あ、マチルダさん。どうかされましたか?」
「あの子達に聞きました。セディさんにトイレ掃除を押し付けて逃げ出したと」
「すみません。監督を任されていたのに、それすら満足にできなくて……」
「いいえ、私の教育が行き届かなかったことが原因ですから、セディさんが謝る必要はないのです。ここは今は使われていない場所、もう何年も放置されたところを掃除させようなんて……あとできつく叱っておきます」
「僕のような見知らぬ他人が来たから警戒していたのかもしれません。あまり彼女達を責めないようお願いします」
「セディさんのお気持ちはありがたいのですが、甘やかすとあの子達のためになりませんので、後でしっかり謝らせます」
やんちゃなジュリアとおどおどソフィア、いろいろ事情がありそうで大変そうだな……。
おっと、そうだ封印について聞かないと。
「そうだマチルダさん、ここのトイレ何か封印されてるのですか?」
「封印……何の話ですか?」
「いえ、このトイレの三番目の扉、開かないみたいですけど何かが封印されているみたいで……あれ、マチルダさんもご存じない?」
「ええ、確かに扉は開きませんが、古いから建付けが悪いものだとばかり……失礼します」
マチルダさんが扉の前に立ち、開けようとするがやはり開かなかった。
ちなみに、個室は箱型のようになっていて、天井も塞がっているので上からのぞくこはできない。
「セディさん、ここに何かが封印されていると?」
「ええと、そんな気配がしたと感じたので(スラヤミィが)」
「そうですか、私には何も感じませんが……」
マチルダさん、今度は扉を開けるのではなくノックをする。
こん、こん、こんと三回のノックを。
「どなたか入っていらっしゃいますか?」
「入ってます……」
予想に反してまさかの返事。
しかも、頑なに閉ざされていた扉が音もなく開かれたのだった。
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