第15話 元聖女
「私達は、光の女神様などという紛い物は認めておりません」
「えっと、それって大丈夫なのですか? 話を聞いた限りだと仕返しとかされそうな気がするのですが……」
「そんなことして来た奴がいたら、聖女様が返り討ちだからな」
「え?」
窓からニュッとひとりの少女が顔を出して、会話に割り込んで来た。
「ジュリアさん、立ち聞きとははしたないですよ」
「えー、だってよぉ。聖女様が男とふたりきりでもしものことがあったら大変だろ。監視だよ監視」
「いつも言っておりますが、私は今は聖女ではありません。それと、あなたの言う通りならば、私が何かされても返り討ちではないのですか?」
「え、いや。それはさぁ、念には念をってさあ……」
「あ、ジュリアちゃん。お仕事さぼってこんなとこにいたの……あっ」
もうひとりの少女が、テテテっと駆けて来て、僕の顔を見るなり驚いてジュリアって子の後ろに隠れてしまう。
ふたりとも十代半ばくらい。
ジュリアが赤い髪のショートでちょっと中性的なイメージで、もうひとりの子は栗色の髪のおかっぱでオドオドした雰囲気だった。
「こちらのセディさんは私のお客様です。ジュリアさんもですが、ソフィアさんもその態度は失礼にあたりますよ」
「ご、ごめんなさいシスター……ソフィアです、こんにちゎ……」
「セディです。よろしくねソフィアさんにジュリアさん」
ソフィアという子はどうにも人見知りが激しいらしい。
小さな声であいさつを終えるか終えないかのうちに、またジュリアの後ろに引っ込んでしまう。
ついでに、そのジュリア、おうセディよろしくなーと軽く挨拶を返してきた。
「ところでジュリア、頼んでいたお掃除は終わったのですか」
「おう、バッチシ!」
「ソフィアさん?」
「……ごめんなさい、まだ全然」
「あ、こらソフィ、余計な事言うんじゃねー」
「ジュリアさん! またいい加減なことを言って、罰を与えますよ」
「げっ、やりますやります! 行くぞソフィー」
「わ、ジュリアちゃん、まってよー」
ふたりは駆けて行ってしまった。
「はあ、仕方のない子達ですね。セディさんご無礼して申し訳ありません」
「いや、構わないですよ。あの子達ここに住んでいるのですか?」
「ええ、孤児院を追放された子達です。女神様の元にいるのは相応しくないとのことで……」
「話を聞くと、その女神様、あまり良い神様ではないようですが……それなのに逆らうような真似をして本当に大丈夫なのですか?」
「それなのですが、お恥ずかしながらジュリアの言ったことはそれほど間違ってはいないのです。私はかつて聖女と呼ばれておりました。今でも能力的には孤児院のリリィ院長程度が相手なら不足はありません」
「えーと、 何かピンと来ないのですけど、聖女ってどのようなものなのですか? それにかつて?」
「聖光の君が聖者と呼ばれたように、私も光の力に長けていたのでそのように呼ばれておりました。とはいえ、私の力も人徳もあのお方には遠く及ばなかったのですけど。今の私は、さるお方に私の光の力の大半を与えました。ゆえに、かつての聖女と呼ばれる程の大きな光の力はもう扱うことができなくなりました」
「与えたってことは、今はその人が聖女と呼ばれていると?」
「いいえ、素質はあるようですが、まだ開花には至っていないようです。心の方もまだまだ未熟なようですし……でもいつか花開いて聖光の君のように素晴らしい人になれる、そう信じています」
「そうなんですか、一度お会いしてみたいですね」
「あら、ふふふ。セディさんはもうお会いしているじゃないですか」
「えっ、そうなんですか?」
「セレンライト様ですよ。ダイア・セレンライト、彼女が次代の聖女となられるお方です」
驚きだった。
まさかあの女騎士が次代の聖女?
確かに正義感が強そうで、実力もそれなりにあったみたいだけど……。
マチルダさんからそうだと聞いても、どうにも想像できなかった。
「セディさんと彼女はいわくがおありでしたね。やはり理由はおうかがいできないのですか?」
「あ、いえ。今更だけど言います……僕は記憶を失う前は魔王だったみたいで、彼女は僕の事を魔王と認識していたので一緒にいられなかっただけです」
「本当に今更ですね。でもセディさん、あなたは魔王ではありませよ」
「いえ、間違いなく僕は魔王だったと聞いていますから……」
「記憶を失う前のあなたが魔王だったかどうかなんて関係ないと思います」
「いいんですか? 聖女とまで呼ばれたマチルダさんが魔王を認めたりして」
「ですから、あなたは魔王ではないと言っています。魔王とは、宵闇の君がそのあり方や行動によって人々に恐れられて、そう呼ばれているだけです」
「でも……」
「なぜ私が聖光の君と光輝の……いえ、偽りの女神について話したのかお分かりいただけませんか? 光の女神を名乗ろうとも、私はそれが相応しくないと思います。むしろ、セディさんと彼女を比べたら、彼女の方を魔王呼ばわりしたいくらいですよ」
「それでも、記憶を失う前の魔王が人々を苦しめた存在だったとしたら、やはり僕は魔王なのではないでしょうか?」
「では、あなたは今後も魔王の所業を成していきたいと思いますか?」
「いいえ、とんでもない。僕は人を傷つけるようなことはしたくない、できれば人を助け、時には助けられるかもしれないけど、正しい生き方がしたい」
「その生き方がしたいなら、その生き方を通せるなら、あなたはもう魔王ではありません。全ての人が理解してくれるとは限りませんが、私はそう理解いたします」
僕は魔王だった。
でも魔王とは違う生き方をしたいという思いを認めてくれている。
スラヤミィの時もそうだったけど、マチルダさんも……。
「あなたが思い悩むのは大事なことです。でも悩み過ぎても良くない。何を思って何を行動するのか、あなたの正しい生き方をしたい、それを大切になさってください。いつか、セレンライト様にも理解される時が来ると思いますよ」
「……だといいですね。マチルダさん、ありがとうございます」
「あとは今後のセディさんの努力次第ということです。ところで今後と言えば、この後どうなされるおつもりですか?」
「先程も申し上げましたけど、僕は正しい生き方というものを探したい。そのためにあちこちの町を巡って、できれば魔王に苦しめられた人たちを助けたいと思っています。僕に何ができるかは分かりませんけど。そうだ、セレンライト様との遭遇は今は避けたいから明日にでもこの町を発とうかと思っています」
「そうですね……彼女はちょっと思い込みが激しいところがありますからね。今すぐ会うのは避けた方がいいかもしれません。では、明日と言うことは一晩この町で過ごすということですね」
「はい、どこか宿を探すつもりです」
「ならば、このような粗末な場所で恐縮ですが、教会の離れに私達が普段暮らしている宿舎があります。そちらでよろしければ一晩泊っていかれませんか?」
「いえ、ご迷惑では? それに、女性だけの場所に男がひとりなんて……」
「お気になさらなくても大丈夫ですよ。客間もありますし、私はセディさんを信用していますから」
こうして、僕は教会の離れで一晩泊めてもらうことになった。
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