第14話 極端な教え

 マチルダさんは、立派な孤児院からこのボロ教会に来るまで一言も発しなかった。

 声をかけようにも雰囲気的になんとなくためらわれたので、歩きながら少し考えを整理してみることにした。


 僕は記憶を失う前は魔王だった。

 それは、魔王から聞いた。

 使い魔のスラヤミィからも間違いないと言われた。

 だが、それが揺らいだ。

 僕は宵闇の眷属ではない。

 それを証明したのは『不実を告げるベルによる』世界の根源への問いかけによってだった。

 魔王自身は眷属には当たらないから、僕は宵闇の眷属ではないという答えが導かれたのかもしれないけど、それは証明されたわけではない。

 魔王が嘘をついていた可能性をかんがえる。

 記憶を失った儀式の最中スラヤミィは眠っていたという。

 そもそも魔王は強大な力を持つ、そしてスラヤミィは使い魔に過ぎないから、魔王の心ひとつで簡単に彼の記憶も書き換えられたのかもしれない。

 いや、前提が間違っていて嘘じゃない可能性もある。

 疑念、疑念、疑念。

 そんな感じで訳が分からなくなっていたところに、マチルダさんが聖光の君であった光の神様と光輝の君である光の女神様の話を始めたのだった。


「そちらにお掛けください」


 そして、この教会の事務室のような部屋に通され、椅子をすすめられた。

 隊長さんは一緒に入ってこようとしたのだけれど、マチルダさんに帰るよう説得されてしぶしぶ帰っていった。

 建物の中は、外見と同様に中もかなり古びていてボロく、あちこちガタがきている様子がよく見て取れた。


「本当はお茶でもお出ししたいのですが、当教会はご覧のような有様です。お招きしておいて申し訳ありませんがお許しください」

「いえ、お構いなく。お招きと言われましたが、僕の悩んでいる様子を見て気を使ってお連れくださったのが分かりますから。逆にご迷惑になってないかと心配しています」

「それこそお構いなく。聖光会は困っている人を助けることにこそ意義があるのですから」

「ありがとうございます」

「では、お気になっておいででしょうから、先程の孤児院についてお話をさせていただきましょう」

「はい、お願いします」


 マチルダさんは、僕の対面の席に腰かけると居住まいを正して話し出した。


「リリィ・ホワイト、孤児院の院長を務めている女性の名前です」

「そのリリィさんがどうかしたのですか?」

「本人は女神の使徒を称していますが、光輝の君のいわば眷属ですね」

「というと光の眷属とかですか?」

「表向きはそうなっていますが……私達は密かに灼光しゃくこうの眷属という言い方で区別しています」

「灼光ですか。なんだかきつい言い方ですね」

「清く正しく美しく、先程そう申し上げましたが、光輝の君の在り方は極端なのです」


 具体的にマチルダさんが話してくれた内容はこうだ。


 清く。

 汚れを極端に嫌う。

 薄汚れた格好をした者は、人として扱われない。

 例えば、毎日の入浴及び衣服の着替えを強要する。

 この地に限らず水は貴重で、とてもではないが町の住人全員がそれを実行することは無理に等しい。

 必然、裕福な者だけが可能ということになる。

 では貧しいものは? 

 見ることさえ汚らわしいと町の中心からは遠ざけられる、ひどくは町から追放された。


 正しく。

 間違いや不正を許さない。

 ささいなミスでも鞭を打つなどの罰を与え、軽微な罪であってもそれは厳しく断罪される。

 しかも、光の女神様基準で正しいかどうかで決まる。

 例えば、人を殺した。

 でも、光の女神様の悪口を言った人を殺したとしたら?

 悪口を言った人が悪、殺した人は善となり罪には問われない。

 果ては、悪口を言った人の家族から財産を没収し追放した。


 美しく。

 光の女神様は美しい。

 その周囲はそれに相応しい美しいもので満たされるべきである。

 金銀、宝石、装飾それらを周囲に集めようとした。

 例えば、人々から善意の寄付を名目に無理矢理徴収したりして。

 

「孤児院が豪華で綺麗なのは、光の女神様の使徒が運営する施設だから美しくて当然だそうです」

「では、教会がこのような状態なのは? 教会って光の女神様の関連施設のはずですよね」

「ここは聖光会に所属する教会です。光輝会への帰依は拒否いたしました」

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