第13話 光の神様
「マチルダさん。僕は記憶を失う前は……」
「セディさん、それ以上は言わなくて構いません」
マチルダさんはやんわりと首を振って、僕の言葉を遮ってきた。
衛兵隊長のマルコさんは、目を丸くして僕達の会話を身を乗り出すようにして聞いていたけど、口は挟んでこないようだ。
「お悩みのようですね。それではひとつお話をいたしましょう。宵闇の魔王と対の存在として語られる光の神様についてです」
「光の神様……マチルダさんのいる光の教会の神様ですか?」
「そうです。セディさんは光輝の君をご存知ですか?」
「いえ、初めて聞きました。でも君と呼ばれるからには宵闇の君、魔王と同じような存在ということですね」
「はい。宵闇の君がその力を司ることや在り方によって魔王と呼ばれるのと同様に、光輝の君は光の力を司ることで光の女神様を自称しています」
「自称している? それって本当は光の女神様ではないって聞こえるのですけど」
「はい。私どもの教会の
がたりと椅子が派手な音を立てて転がった。
衛兵隊長のマルコさんが、椅子を蹴倒すように立ち上がったからだ。
「シスターマチルダ! その話はみだりにしていいものではありません……どこで誰が聞き耳を立てているか分かりません」
マルコさんは焦ったように、マチルダさんに話しかけていた。
「マルコさん。私はセディさんに嘘偽りのない事実を語りたいのです。それが、正直に私に話をしてくれた彼への私からの誠意です」
「……分かりました。誰かに立ち聞きされないとも限りません。俺は扉の外で待機させてもらいます」
「マルコさん、ありがとうございます」
「いえ、そんなお礼を言われなくても……とにかく行きます」
隊長さんは部屋から出て行く。
それにしても僕が魔王だ何だという話では驚いた様子は見せていたがここまでの反のはなかったのに、自称光の女神様のことでは怯えに近いような雰囲気を漂わせていたのは意外だった。
「話を続けましょう。ええと、どこまで話しましたか?」
「教会の光の神様と光の女神様は別物ってところまでですね」
「ええ、そうでしたね。それを話すには光の神様、かつて聖光の君と呼ばれたお方の話にも触れなければなりません」
マチルダさんの語った聖光の君、その話の内容はこうだ。
かつてこのカルチュアの地にひとりの男がいた。
その男は言うなれば聖光のような人物であった。
その光をもって悪しき者を退け、時には貧しき人々を身を削って助ける。
そうして様々な善行を積み続け、その人柄や行いからいつしか聖人と呼ばれるようになった。
ある時、この世界が危機に
漆黒の君と呼ばれる黒の魔王と呼ばれる存在が、人々を絶望に陥れたのだ。
聖人は自らの危険をかえりみることなく、黒の魔王と対峙する。
黒の魔王を倒すには至らなかったが、聖なる光の力を使い石に魔王の力を封印することに成功、人々を絶望の淵から救ったのだ。
以降その聖人は、人々の感謝と畏敬の念をもって聖光の君と呼ばれるようになる。
その後、彼はその生涯を終えるにあたり、生前の功績をもって光の神様へと昇華した。
人々は光の神様に感謝と崇敬の念をいだき大いに称えることになる。
そして、その生前の人々に希望を与えた行動やその在り様を手本として教義を成立させ、聖光会という宗教組織を立ち上げた。
以降、光の神を称える聖光会は、この地の最大の宗教組織となり現在に至っている。
「今の光輝の君は、聖光の君であった光の神様ではありません。自らを光の女神様を自称しているだけの
「えーと、その光輝の君が聖光会を乗っ取ったってことですか?」
「そうです。光輝の君は聖光会の組織そのものを乗っ取り、今は光輝会と名称そのものまで変えてしまいました」
「でも、光輝の君とまで呼ばれる方なら、聖光の君と同じく、その行いも人々にとって良いものではないのですか?」
「清く正しく美しく。これが光の女神様を自称する光輝の君の教えです」
「えーと、清く正しく美しくですよね。悪い教えではないと思うのですが?」
「そうですね。それを聞いた誰もが悪い印象を持つことはないでしょう。ですが、その実態が問題なのです」
「実態ですか?」
「言葉で説明してもよいのですが、これは現実を見ていただいた方がよろしいでしょうね」
そう言ったマチルダさんは、僕を衛兵隊の詰所から連れ出した。
勿論、部屋の扉の外にいた隊長さんも一緒にである。
詰所から歩いくことしばし、到着した場所は、立派な装飾のされた神殿のように輝きに満ちた建物の前だった。
「神殿ですか?」
「いいえ孤児院です」
「え? それってどういう……」
「では、次は私が現在暮らしている教会にご案内いたします」
マチルダさんは、僕が問いかけた疑問に答えることなく無言で歩き出した。
その孤児院と呼んだ建物から再び歩くことしばし、到着した場所は、良く言えば年季の入った、悪く言えばボロとしか言えないような建物の前だった。
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