第11話 不実を告げるベル
「ひとまずはよろしいでしょう」
ベルは鳴らなかったので、女騎士の女性としての尊厳とやらは守られたと考えてよいのだろう……多分。
「ええと、マチルダさん。ひとまずということは、他にも何か……」
「ひとまずと言ったのは、あなたがどういった人物か私の中である程度の判断が付いたからです」
「それは……?」
「スライマーンさんの件もそうですが、聖騎士のセレンライト様と確執を持ったり、問題行動が多々おありのようですね」
「う……ごめんなさい」
「ですが、私の問いについて正直に語ったことは評価に値します。少なくともあなたが悪い人物ではない。むしろ嘘のつけない善人の部類に入ると思っています」
「え、あ、ありがとうございます?」
「しかし、それはあくまでも記憶を失った後のセディさんについてです」
まさかと思った。
僕の記憶喪失前について疑ってる?
宵闇の魔王。
記憶を掘り起こされれば、そこに行きつくだろう。
そういえば、彼女はなぜここにいるのだろう。
持っていた『不実を告げるベル』とかもスラヤミィに言わせると珍しいものらしいし、やはり最初から僕のことを何かしら疑っていたということか……。
(スラヤミィ、どう思う?)
〈……何かおかしいっス。このおばさんから大量の魔力のうねりを感じるっス〉
(え、それってどういう……)
〈おそらく、あのベルに魔力を込めてるっス。これだけの魔力を込める意味……〉
「セディさんに最後の質問です。記憶を失う前のあなたは、私達一般人に危害を加え続けていた宵闇の眷属だったのではありませんか?」
僕たちの念話での相談が終わる前に繰り出してきた彼女の最後の質問は、それは決定的なものだった。
〈強制力を込めたっスね。たとえ記憶を失っていても事実と反する証言をすれば、ベルはその嘘に反応するっス〉
(でも、その強制力がなくても僕自身が魔王だったことは自覚しているから、あまり意味なくない?)
〈このおばさんはそれ知らないっスから〉
(そうだったね、どちらにしろこの質問が来たらアウトだったてことか……)
仕方ない、覚悟を決めるか。
もう隠しおおせるのは無理だろうから。
「はい。記憶を失う前の僕は宵闇の眷属でした」
突然『りーん』『りーん』『りーん』『りーん』『りーん』と、まるで頭の中で響いているかのようにベルの音が鳴り始めた。
(ど、どういうこと? だって、魔王って宵闇の眷属のはずだよね、スラヤミィ?)
〈……眷属の解釈にもよるかもしれないっス。眷属って属する者って意味になるっスから、宵闇の魔王はいわゆる本体っスよね〉
(そうか、マチルダさんは、宵闇の眷属かどうか聞いてきたのだったっけ? 魔王そのものは眷属には該当しない?)
〈そう考えると納得筋が通るっス。でもオイラから言い出してなんだけど、質問の意図は魔王込みだと思うんスよね〉
結局はよく分からないということか。
ベルは未だ鳴り続けている。
なら試してみよう。
「僕は宵闇の眷属ではありません」
鳴りやんだ。
やはり、スラヤミィ解釈が正解なのか……。
でも、何か心のどこかで引っかかりを覚えていた。
「セディさん……?」
怪訝な顔をしているマチルダさんが目の前にいた。
「あ、えっと、自分が宵闇の眷属だと思い込んでいたもので……」
「そうでしたか。ですが、これではっきりしましたね。あなたの潔白は証明されまし……」
最後まで言い切ることなく、マチルダさんはその場に崩れ落ちた。
「聖女マチルダ!」
間髪入れずに駆け寄ったのは、ついさっきまで置物と化していた隊長さんだった。
「マルコさん、私はもう聖女じゃありませんよ。それは遠い昔の話です」
「俺にとってはあなたはずっと聖女様ですよ。それよりお身体、大丈夫なんですか?」
「ええ、力の使い過ぎで立ちくらみがしただけです。少し休めば元に戻ります」
彼女はマルコさんに支えられて、部屋にあった椅子に再び腰掛ける。
「マチルダさん、本当に大丈夫なんですか?」
「ご心配かけたようですね。本当に単なる疲労みたいなものです。それに、これは私自身の自業自得でもあります」
「自業自得ですか?」
「セディさん。私はあなたに質問をしている間、ちょっとズルをしていました」
「えっと、ベルの音ですよね」
「聞こえていましたものね。これは『不実を告げるベル』質問をした相手が嘘をつくと、ベルがそれを知らせてくれます」
「それで僕の嘘を見抜いていたということですよね」
「ベルが鳴ったのは一度、セレンライト様との別行動についての質問のときだけ。あなたが誠実な方だというのは、それではっきり分かりました」
「最後に盛大に鳴らしてしまいましたけどね」
その僕の言葉に、マチルダさんは今まで見た中で一番優しい笑みで答えてくれたのだった。
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