第10話 シスターマチルダによる尋問
「それでは、次は私から話を聞かせていただきます」
隊長さんの次は、マチルダさんという光の教会のシスターが話を始める。
なんとなく、真面目そうというかお堅そうな雰囲気が、あの女騎士に似ていてちょっと苦手かもしれない。
彼女との会話は隊長さんの時と同じく、引き続きスラヤミィに頼み、僕は口パクに専念する。
「セディさん。記憶喪失とのことでしたが、お名前は憶えていらしたのですか?」
「あ、いえ、覚えてなかったです。セディは、スライマーンさんがそう呼んでくれたので……」
「彼がそう名付けたのですね。分かりました」
「ところで、マルコ隊長とのお話で出てきた聖騎士セレンライト様についてです。あなたの前から姿を消したとのことですが、心当りはございませんか?」
「えっと、分からないです。ごめんなさい」
りん。
なにかベルのようなものが鳴る音が
それと同時に、マチルダさんの表情が少しこわばった気がする。
〈セディ、今のベルの音、何か魔術的反応みたいなものが感じられたっス〉
(え、どういうこと?)
〈目の前のシスターからだと思うっス。何か引っかかるっスけど……ともかく、オイラも注意して見てるつもりだけど、セディも用心するっス〉
(う、うん)
「では、セディさんとセレンライト様、おふたりが離れ離れになったのは、いつどこでですか?」
「別れたのは昨晩です。町の西に森への入口がありますよね。その森に入って先のあたりです」
「ということは森の中ですか。別れた後、あなたは夜通し歩いてこの町を目指したと?」
「ええ、夜通しという訳ではないですが、夜間に移動してきたのは間違いないです」
「あなたは記憶喪失だったのですよね。どうやってこの町の場所を知りえたのでしょう?」
「ああ、それはたまたまスライマーンさんが案内してくれて……」
すごいな、スラヤミィのトーク術。
絶妙に嘘をついていない。
あの猟師小屋のことを話すと、距離的に歩いて一晩ではたどり着けないから、そのあたりも微妙にぼやかしている。
そして、スライマーン(スラヤミィ)がたまたま町の場所を知っていて、僕を案内してくれなければ、この町にたどり着けなかったわけで……。
というか、ここまで徹底する必要あるのだろうか。
だって、嘘をついても確かめようがないわけだし、問題ないって言えば問題ないのだけどね。
でも、このマチルダさん。
結構根掘り葉掘り聞いてくるなあ。
「スライマーンさんとは、その森の中で出会ったのですか?」
「いえ、もっと前です。その聖騎士様と一緒に行動したこともあります」
「では、彼とはいつどこで知り合ったのですか?」
「えっと、僕が意識を取り戻したら既にそばにいました」
「意識を……もしかして宵闇の城の中ですか?」
「スライマーンという人を知ったのは地上に降りてからです」
スラヤミィ、 確かに嘘はついてないけど……。
よくよく聞いていると会話がものすごく不自然だ……。
なんとなく、何かをはぐらかしているような雰囲気がぬぐえない。
これ却って怪しまれないかな。
ほら、マチルダさんもすごく怪訝な表情をしている。
そのせいか隊長さんの時と違って、質問も尋問じみてきているし……。
(……ちょっと待ってスラヤミィ)
〈セディ、どうしたっスか?〉
(マチルダさんとの話、やっぱり僕が直接するよ)
〈なにか変だったっスか? 極力嘘をつかずに会話してたつもりっスけど〉
(うん、それはありがとう。でも、スラヤミィのやり取り見て何となく思うことがあったからあとは僕に任せてくれないかな)
〈セディがそう言うなら構わないっスけど……。分かったっスよ。選手交代っス〉
「では具体的に、いつどこでスライマーンさんと出会ったか、正確にお答えください」
ピシャリとマチルダさんは言い放った。
僕はどう答えたら正解かを考える。
誤魔化す? 嘘をつく?
やはりどちらも性に合わない。
ならば、これしかないだろう。
「ごめんなさい。言えません」
「……何故ですか?」
マチルダさんの目じりが吊り上がった。
声のトーンも幾分低くなったように感じる。
「スライマーンさんには秘密があります。マチルダさんの問いに正確に答えるとその秘密の部分を話さないとなりません。だから言えません」
「その物言い、スライマーンさんに後ろ暗いところがあると告白しているようなものです。もし彼が何らかの罪を犯しているなら、
「僕は……彼に恩義があります。そして出会ってたった一日程度ですが、僕と彼は友人と言える関係になりました。僕は友人を売ることは出来ません。仮に彼が罪を犯していたとしても、同罪だというなら僕は甘んじてそれをお受けします」
僕はじっとマチルダさんの目を見つめそらさず、はっきりと言い切った。
マチルダさんは、僕の視線をその険しい目で受け止めていたが、やがてついと自分の胸元に一瞬そらし、そして再び僕を見つめた。
「質問を変えます。先程のセレンライト様の件です。あなたの前から姿を消した理由を分からないと答えられましたが、今一度聞きます。それは本当ですか?」
「それは……」
言いかけて気づいた。
スラヤミィ、極力嘘は避けると言っていたけど、ここで噓をついていた。
他は、あえてはっきり言わずにはぐらかしたりして……だけど嘘だけはついてなかった。
あの質問に答えた後、何があったのか……。
〈もしかしたらっス。あのベルの音『不実を告げるベル』という魔術道具のものかも知れないっス〉
(それって、嘘をつくとそれに反応して鳴るってこと?)
〈セディもそこに気づいたっスね。オイラがセディの要望に従って嘘はつかなかったけど、唯一ポロっと嘘ついたのがあの時っス〉
(そこで、ベルが鳴った)
〈嘘に反応したっスね。でもあのベル、結構貴重なものでこんな田舎町に置いてあるようなものじゃないっスよ。こんなおばさんが持ってるのが不思議でならないっス〉
(それについては後で考えよう。ともかくは、ベルがあるからにはうかつには嘘はつけないってことだから……)
「どうかなさいましたか? セレンライト様とのことでも何か後ろ暗いことが?」
マチルダさんの言葉に棘がかなりある。
まあ、仕方ないね。
嘘がつけないなら、どちらにしろ嘘つく気はないけど、やはり正面から答えるしかない。
「彼女とはとある件で確執が生じました。別行動となったのはそれが原因です」
「先程は分からないと答えましたよね? 何故そのような嘘を?」
「確執の理由とか話せない内容があったので、はぐらかそうとしました」
「ならば、スライマーンスさんの時と同様に、言えない、でよかったのではないですか?」
「ごめんなさい。言われてみればその通りです」
「……まあ、その件はひとまず置きましょう。それで、セレンライト様はご無事なのですか?」
「えっと、多分」
「多分とは?」
「彼女が寝ている間に僕が密かに離れたので、その後はどうなったか分からないです」
「寝ている間? まさか……」
マチルダさんの目は依然として険しかった。
いや、もっと厳しくなったかもしれない。
その彼女は、何か言うのを迷ったように言葉を切ったが、すぐに口を開いて聞いてきた。
「まさか、彼女の女性としての尊厳を傷つけるようなことをしていないでしょうね?」
「勿論していません」
言い切ったけど、大丈夫だろうか。
ほら、マチルダさんの言いたいことは、僕が彼女の意思を無視して行為に及んだかということだろう。
確かにそういうことはしていない。
でも、猿轡して拘束したままベッドに放置したり、川で紅茶の茶葉のエキスを抽出するような洗い方をしたりしたことを思い出す。
あれらもある意味で彼女の尊厳を傷つける行為だったのではないか、そんな気がして少し不安になっていた。
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