第9話 衛兵詰め所にて

「あ、スライマーンさん」


 町の入り口に立っていた衛兵さんから声をかけられたのは、商人に擬態したスラヤミィだった。

 スラヤミィはスライマーンと名乗っているらしい。


「やあ、彼がさっき話したセディだよ」

「魔王の眷属に捕まって逃げて来たというのが君か」

「そうなんだよ。俺がいなかったらここまでは来れなかっただろう」

「スライマーンさん、そいつはご苦労だった。その彼だがショックで記憶をなくしているんだって? 余程酷い目にあったんだろうな」


 衛兵さんが僕に同情してくれていたその時、町の中から衛兵さんと同じ格好をした人がこちらに向かって駆けて来たのが見えた。


「せんぱーい。隊長に伝えてたら連れて来いって言われましたけど……」

「おーちょうどいいところに来た。こっちがそのセディだ」

「あー、この人ですか。じゃあ、このまま連れて行っても?」

「そうだな、行ったり来たりで済まないが頼む」

「お任せください。じゃあセディだっけ、案内するから付いて来てね」


 衛兵さんに詰め所に案内してもらう。

 そこには年配の衛兵隊長さんと、もうひとりこれまた年配の女性がいた。

 女性は顔は隠れていないが薄いベールのようなものを被り、青を基調としたゆったりとした上衣と丈の長いスカート姿だった。

 教会とかのシスターさんかな。


「君がセディか。俺が衛兵隊長のマルコで、こちらの女性が光の教会の……」

「マチルダと申します」

「あ、セディです」

「知っていると思うけど、俺は商人のスライマーンだ」


 マルコさんは気さくな感じで、マチルダさんはちょっと気難しい感じがする。


「ああ、スライマーン。君とは以前会ったことがあるね」

「はい、私も教会でお会いしたことがあります」

「ということで、連れてきた俺はこれでお役御免だな」


 そう言うとスライマーン、スラヤミィは隊長さんが引き留めるのも構わず詰め所から出て行った。


〈セディ、困ったことがあったら呼びかけて欲しいっス〉

(うん、分かったよスラヤミィ)

〈うーん、やっぱりセディの宵闇の力は甘露っス〉


 スラヤミィの本体は先ほどからずっと僕のマント(魔王の豪奢なものではなく旅人用のくたびれたもの)に擬態していた。

  なんでも僕から離れて町に入っている間に宵闇のエネルギーが切れたとかで、背中に張り付いていたいとの申し出があったのだ。

 ということで、スラヤミィは分裂して分体を作成、スライマーンを擬態させて別行動させていた。

 今しがた、詰め所の外に出て行ったはずのスライマーン氏は、今は影も形もなくなっている次第である。


(でも不思議だね)

〈何がっスか?〉

(いや、宵闇のエネルギー切れのことだよ)

〈ああ、それっスね。ほんの数時間セディと離れていただけなのにっスね〉

(以前はそんなことなかったんでしょ?)

〈そうっス。以前旅してた時だって、1年くらい城から離れてても全然平気だったっス〉

(やっぱり、使い魔契約が切れた影響かな?)

〈おそらくそうっスね。今考えると、あの時セディと別れる選択していたらオイラ今頃干からびてたっスね〉

(さっきも言ったけど、お互い様ってことで)

〈そうっスね。あっセディ、隊長のおっさんが話しかけてきてるっスよ。オイラのことはいいから、そっちそっちっス〉


「セディ君、どうかしたのかね?」

「あ、すみません。いろいろ考えていたので……」

「そうか、大変な目に遭ったから思い悩むこともあるだろう。君の今後についての話もしたいが、その前に逃げてきた時のことなど話してくれないかね? 聖騎士様のことも聞きたいからね。君にはつらいことを思い出させるようで申し訳ないが……」

「あ、構いません。でも記憶の無い僕が話せることがほとんどないかも。こちらの方こそ申し訳ないですけど……」

「話せる範囲で構わないよ。では始めようか」


 ということで、僕は隊長さんの質問に答えることになった。


「では、君が記憶喪失で目覚めた最初の出来事を教えてくれ」

「はい。石造りの部屋で目を覚ましたら記憶をなくしていて、それからすぐに捕らえられてきた聖騎士様とお会いしました」

「石造り……牢獄か。なるほど、その部屋に押し込められていたのだね」


 まあ、嘘はついていない。

 石造りの儀式の間で目覚めたら記憶喪失だったのは確か。

 それと、オニキスさんの知らせで謁見の間に行ったら、捕らえられていた彼女と出会ったのも事実。


「そうか。それでそのセレンライト様、ああ、その聖騎士様のことなんだが、その後どうなったか分かるかね?」

「はい。聖騎士様は魔王の部屋に連れていかれて、それで僕もその部屋に行きました」

「君も一緒にかい? 彼女は女性だからまだわかるのだが……」

「えっと、それは……」


 なんて答えよう……。


「魔王は、たまには両方味わうのもおもむきがある、そう言っていました」


(ちょ、スラヤミィ! いきなり僕の声真似して何てこと言うんだよ!)

〈セディが返答に困っていたみたいだから代わりの答えただけっスよ〉

(だからって、それはないでしょ!)

〈セディ、魔王の所業はもっと悪辣だったっスよ。気にしたら負けっス〉

(……なんか、納得いかない。魔王じゃなくて、何故だか僕自身の存在が汚されていく気がする……)


「ああ、魔王は両方いける口か」


 僕の心の動揺を知ることの無い隊長さんの誤解を誘発して、話はそのまま進んでゆく。


〈じゃあ、セディ。オイラは黙っていた方がいいっスね〉

(……いや、文句言った後こんなこと言うの申し訳ないけど、このあとはスラヤミィがやってくれないかな。僕嘘って苦手みたいだから、このまま会話を続けるとボロが出そう……)

〈そうっスか? ならセディの要望に応えてオイラがトーク術を披露するっス〉

(ちょっと不安……いや、頼むね)

〈さっきのは咄嗟だったから……オイラも反省してるっス。あと嘘の上塗りは話が破綻する危険があるから極力避けるっスよ。セディを困らせるつもりはないっスから〉

(うん、ありがとう。お願いします)


 そして、僕に代わってスラヤミィが話し始めた(僕は口パク)。


「……えっと、部屋に僕と彼女が2人だけの状況になったんです。それで何とか城の連中の目をかいくぐって脱出することにしました」

「君がここにいるということは、うまく脱出できたのだろうけど、彼女はどうなったのか……まさか君を助けるため、城に残ったとか?」

「いいえ。彼女と2人で逃げることには成功しました」

「ほう、それは何よりだ。だが、宵闇の城は空の上だろう。どうやって脱出したのかな?」

「ええと、飛び降りたんですけど、途中で意識を失って、気が付いたら地上でした」

「なるほど、セレンライト様が何らかのお力を使ったのだろう。彼女と出会えたのが君の不幸中の幸いだったということだね」


 まあ、無事だったのは僕の宵闇の能力だったけどね。

 とはいえ、その僕自身も宵闇の力に心が飲み込まれかけて意識を失ったのは事実。

 もっとも、そのセレンライト様とやらも落下の恐怖で失神(粗相も)してたっけ。

 隊長さんが、いろいろ勝手に解釈してくれるので助かる。


「はい。その後、騎士様とは別れざるを得ない状況になりまして、スライマーンさんの協力を得て森を抜けてこの町まで来たのです」

「なるほど、よく分かった。それでセレンライト様と別れた理由はなんだね? 彼女はこの町には来ないのだろうか?」

「寝ている間にいなくなったので……彼女がこの町に来るかは分かりません」


 事実は、僕のことを魔王と知っている彼女とは一緒にいられなかったから。

 そして、距離をとるべくスライマーン(スラヤミィ)が擬態した飛竜に乗ってこの町の近くまで来た。

 彼女が小屋で寝ている間に、僕が小屋からいなくなったということで、これまた嘘はついていない。

 スラヤミィは、上手な言い回しで極力嘘を避ける対応をしてくれていた。

 でも、彼女がここにいたら修羅場確定だけどね。

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