第7話 別れ

 日が暮れて夜が来る。

 見上げると宵の闇が空を染め始めていた。


「ちょっと冷えるね」

「秋もそろそろ終わりっスからね。昼はまだ暖かいけど、夜はちょっと冷えるっスね」

「今がちょうど宵の闇の時間ってところなのかな?」

「魔王様にとっては時間はあまり関係なかったみたいっスけどね」

「ああ、日中でも完全に力を出せるってあれね」

「正確には、日中でも世界を強制的に宵闇に染め上げて力を行使するって感じっス」

「なるほど、でも時間が関係ないなら、なんで魔王は真夜中に儀式なんか始めたんだろうね」 

「単に宵闇に染める工程が面倒くさかったか、儀式開始から丸1日を分かり易くするためだったのか……魔王様の深遠なお考えはオイラには分からないっス」

「丸1日、それが過ぎるまで記憶喪失の件は誰にも秘密って話だったよね」 

「……」

「スラヤミィ?」


 突然押し黙ったスラヤミィ、背中から黒猫の姿になって降り立つと神妙な面持ちで話し始めた。


「セディ……まだ、肝心なことを話してなかったっス」

「肝心なこと?」

「使い魔契約についてっス」

「えと、記憶を失っても契約は継続って聞いたけど……」

「確かに継続はされてるっス。でも期限が定められていたっス」

「期限? それって、いつまで……まさか!」

「……やっぱりセディはさといっすね。そうっス。魔王様の儀式開始から丸1日後、日付が変わった時点で契約満了っス」

「……そうだ! 契約の継続とか再契約とか、そういうのできないの?」

「契約は打ち切り、再契約は不可能っス。魔王様がそう定めたっス」

「でも、でも……」

「そんな悲しそうな顔しないで欲しいっス。宵闇の毒対策、実は別にあるっスから」


 スラヤミィは、懐から何やら小さな親指サイズののようなものを取り出していた。


「魔王様から儀式の前に、用途は知らされずに預けられたっスけど……。今考えてみるとセディに用意されたものだったっんスね」

「ひょうたんみたいに見えるけど、それ何?」

「ジルコン・インフィ作のインフィコアっす。エネルギーを無限に貯めることのできるというこの世界唯一無二のユニークアイテムっス」

「こんな小さいのに?」

「そうっス。どんな強大なエネルギーでも、このコアには無限に貯蔵しておくことが可能っス。しかも、自動的に純粋な無色のエネルギーとして変換して吸収するらしいっスよ」

「宵闇の毒も無害化できるってことだね」

「でも、このコアの所持する者やコア自体を破壊しようする攻撃は吸収できないっス。あくまでも貯めるという意思がないと効果が発動しないみたいっスね」

「つまり、僕が宵闇の力を全て貯めるという意思があれば全部吸収してくれるわけか……」

「おそらく、セディが宵闇に染まった場合は自動的に吸収する、そうあらかじめ決めておけばそれも可能になると思うっス」

「そんなに都合よくできるものなのかな?」

「無限と悠久を司るインフィの姓を持ち、永遠の君とも呼ばれるお方が作ったインフィコアっスから」

「永遠の君……魔王も宵闇の君って呼ばれていたけど、それに匹敵する存在ってこと?」

「魔王様の旧知のお方らしいっスけど、オイラは会ったことはないから詳しくは分からないっス。ひきこもりらしくてほとんど外に出てこないらしいし、オイラ自体魔王様の使い魔になってそれほど経ってないっスから」

「ちなみにスラヤミィが使い魔になってどのくらい?」

「10年位っスかね。魔王様と活動したの実質2年っスけど」

「え、たった2年……?」

「最初の8年は魔王様が長期の眠り入っていたっスからね」

「どうして8年も眠りについてたの?」」

「さあ? 理由は聞かされなかったっス。その眠っている間、オイラは好きにしろって言われてたから、自由にあちこち旅したりしてたっスけどね」 


 魔王、聞けば聞く程謎が深まる。

 それとスラヤミィ、もっと何百年とか使い魔していそうだと勝手に思い込んでいた。


「ということでオイラ、永遠の君についてもそうだけど、他の君とかの存在もあまりよく知らないっス。魔王様、雷光の君様とは仲良かったから何回か宵闇の城に来てたみたいなことは聞いていたっスけどね」

「聞いてた? 会ったことないの?」

「タイミング悪かったのか、一回も直接会ったことないんスよね。あ、一度だけ帰り際の後ろ姿見たことあるっス」

「それってどんな感じの人だった?」

「いかついマッチョのおっさんだったっス」

「魔王、さっき川に映った若い陰気な青年の僕、それとマッチョのおっさん、並んだ姿が違和感しかないなあ」

「パっと見っスけど、宵の闇を照らす雷光、オイラの第一印象はそんな感じだった気がするっスよ」

「うーん、分かるような分からないような……」

「単なる感想っス。それはともかく、このインフィコアさえあれば、セディも宵闇の毒に悩まされることがなくなるっスよ」



 夜がけた。

 あれから僕はインフィコアを受け取って、それをじっと見つめていた。

 スラヤミィの使い魔契約終了と共に、この小さなひょうたんが宵闇の毒から身を守る僕の命綱となる。

 その意味を考えていた。

 そう、それはスラヤミィが僕の宵闇の毒を吸収するのをやめるということ。

 そしてスラヤミィとの別れを意味することに思い至ったいた。

 ほんの1日にも足らない間だったけど、僕はスラヤミィと過ごした時間を思い起こす。

 そしてその先の別れを考えると、何とも言えない寂しさを感じたのだった。

 そんな僕の思いを知ってか知らずか、スラヤミィは僕の背中から降りて黒猫の姿になる。


「そろそろ、儀式開始から丸一日が経過するっス」

「もう、そんな時間か……」

「魔王様との使い魔契約がそこで終わりってことっスね」

「……使い魔やめちゃうの?」

「オイラも不本意っスけど、主の魔王様から契約切られたからそれまでっス」

「僕との契約は無理なんだよね……」

「無理っスね」

「誰か他の人の使い魔になるの?」

「それもないっスね。制限をかけた魔王様以上の強大な力の持ち主ならあるいはっスけど……」


 なんとなく、スラヤミィの声に力がないように聞こえた。

 

「ええと、使い魔契約は別にして、僕の宵闇の力をスラヤミィにあげることは問題ないよね?」

「それは使い魔契約抜きでも全然問題ないっスけど。インフィコアで可能なのに意味分からないっス」


 そうじゃない。

 別に宵闇の毒を吸収とかどうでもいいんだ。

 スラヤミィ、僕は君と一緒にこれからも一緒にいたい。

 顔を上げて、スラヤミィの目をじっと見つめた。

 

「ねえ、スラヤミィ。使い魔じゃなくなっても僕と一緒に来てもらえないかな?」

「オイラ、魔王様の使い魔だったっスよ。そういった存在がそばにいることで、セディのこれからの生き方に邪魔になるんじゃないっスか?」

「邪魔になんかならないよ。むしろ今まで助けてもらってばかりだ」

「それは、オイラが魔王様……セディの使い魔だったからっスよ……」

「違うよ。僕が魔王じゃなくなって、セディになってからだって助けてくれた。スラヤミィ、君はニュートラルなんでしょ?」

「それはそうっスけど、使い魔契約はもう終了っスから……」

「あのさ、使い魔じゃなくて、友達としてならどうかな……?」

「……友達っスか? オイラと?」

「うん、だめかな?」

「……面と向かって言われると照れくさいっスね。でもすごく嬉しいっス。考えてみれば使い魔契約ができないだけで、一緒にいるだけなら何も問題なかったっスね」

「じゃあ、オーケーってこと……?」

「勿論、オーケーっス」


 スラヤミィは黒猫の姿から元のスライムの姿になり、僕と握手を交わす。

 最初ヘドロみたいと思ったそれは、今は不思議と嫌な感じは一切しなかった。



「では、魔王様からの最後の命令を実行するっス」


 スラヤミィは何か手紙のような紙片を数枚取り出した。

 それは瞬く間にカラスの姿へと変化する。


「伝書鳩とならぬ伝書カラスっス。魔王様の魔術儀式開始から丸1日経過後、これを飛ばして使い魔契約は終了っス」


 スラヤミィが伝書カラスを上空に解き放つと、それぞれ目的地があるのだろう、違った方角へと飛び去って行った。


「ところで、この女騎士どうするっスか?」

「え、どうするって……?」

「連れて行くっスか? セディのこと魔王って認識してるし、素顔も見られてるっスよ」

「でも、こんな辺鄙へんぴなところに残していって大丈夫かな?」

「辺鄙だからこそ誰も来なさそうだし、それに何かあってもそれなりに強いみたいだし大丈夫じゃないっスか」


 小屋の隅で眠っている女騎士を見やる。

 まあ、確かに魔王の眷属とやらを多数打ち倒すほどの実力者だから、それは心配ないか。

 このままお別れするのはちょっと名残惜しい気持ちはあったけど。


「さすがに連れていけないね」

「なら、明日の朝までグッスリの今のうちにここを離れるのが得策っス」

「こんな真夜中に?」

「ここの森を抜けると町があるっス。距離的には歩くと1日ちょっとっス」

「今から歩くと明日の真夜中到着になるけど?」

「オイラが飛竜になって運ぶっス。夜明け前には着くから、森の入口で一休みして朝になったら町に入ることになるっスね」


 なるほど、そうすれば彼女との不要な争いを回避できるだろう。


「分かった。行こうかスラヤミィ。それと、えーと名前聞いてなかった……今度会える時は敵としてじゃなくて仲良くしたいな」


 女騎士に別れを告げ、飛竜になったスラヤミィに乗り飛び立つ。

 上空から見おろした小屋の姿は、夜の暗さもあってか既に見えくなっていた。




 序章 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る