第6話 洗う
「この女騎士もスラヤミィが綺麗にできない?」
「断固拒否っス」
粗相してなんか湿っぽい女騎士をスラヤミィのろ過能力で何とかしてもらおうと思ったのだけれど、二つ返事で拒否された。
「なんで?」
「ばっちぃっス」
「スラヤミィの能力って、そのばっちぃのを綺麗にすることじゃないの?」
「気分的に受け入れられないっス」
「でも、このままってわけにもいかないし……」
「絶対嫌っス」
かたくなに拒否されたのでは、あきらめるより仕方ない。
とはいえ、女性が汚れたままってのはよろしくないだろうし、どうしようかな……。
あたりを見回す、降り立ったこの地は丘の上みたいだ。
見おろして、左手に川、右手に森のようなものが見える。
さらに森のちょっと手前に猟師小屋だろうか、木でできた小さく粗末な建物が見えた。
「近くに川があるね」
「そこで洗うっスか?」
「そうするつもりだよ」
彼女を担いで川まで到着した。
「えっと、スラヤミィ。ほら僕って男だし女性の装備外して洗うとか……スライムって性別ないって言ったじゃない?」
「セディはシャイっすね。確かにオイラは性別もニュートラル、でもばっちいのはあまり触りたくないっス」
「やっぱだめ? でもどうしよう……」
「オイラに考えがあるから任せるっス」
スラヤミィは僕の背中から黒猫の姿になって地面に降り立つと、さらに変化をする。
黒い柱のようなものになって、さらに細く伸びる。
僕の3倍くらいの背丈になって、そこから糸のようなものを垂らしてきた。
その糸が彼女のところまで来ると、先端が鎧の襟首を後ろから引っ掛けてそのまま持ち上げた。
「なんとなく、釣り針に引っ掛かった猫ってイメージなんだけど……」
「釣りっスか。その発想はなかったっス。でもオイラが城でメイドさんに襟首つかまれたのを参考にしたらこんな感じっス」
彼女は気を失った状態で、うなだれた猫みたいに吊り下げられていた。
僕の頭よりちょっと上まで持ち上げられると、川の上にスライドさせられる。
そして、そのまま垂直に降ろされると川の水に浸かった。
「じゃぶじゃぶ洗うっス」
右に左に時には上下、スラヤミィは洗いはじめた。
見るも不思議な、とても人に対するものとは思えないようなやり方によって……。
「これも城のメイドさんが紅茶を小さな袋に入れて抽出していたのを見てて参考にしたっス。茶葉の後処理が楽だって言ってたっス。もちろん魔王様に淹れるお茶はそんな手抜きしてなかったっスよ。あくまでも自分たちのティータイム用っス」
川の水に女騎士エキス(粗相した成分)が抽出される様子を想像して……やめた。
さすがに失礼だろうと思ったから。
「終わりっス」
川の水を
「後は濡れたままだと風邪ひいちゃうっスね」
スラヤミィはマントに変化すると彼女に覆いかぶさる。
ほどなくして、彼女から離れると再び僕の背中に戻った。
「水気はオイラが完全に吸収したから大丈夫っス」
「あれ? ばっちぃとか言ってなかったっけ?」
「川で洗ったから、もうばっちくないっス」
「……」
僕としては大して変わらない気がするのだけど、気分的な問題と言っていたし、まあいいか。
「そういえば、これだけのことされてるのに起きないね」
「途中で目を覚まされて暴れられると面倒だったから、ちょっと睡眠魔法で眠りを深くしておいたっス」
途中で目を覚ましたのを想像してみる。
『何故こんな仕打ちを……』
『おしっこちびってたから洗ってたっス』
『な、なんという屈辱……くっ、殺せ! ……いや、ここで目撃者を始末すれば魔王討伐も相まって一石二鳥。くっ、殺す!』
……確かに眠らせておいて正解かもしれない。
「スラヤミィって魔法とかも使えるんだね」
「宵闇の力は闇系統の魔法と相性よしっスからね。眠らすとかはお手の物っス」
「ねえ、彼女うなされてない?」
「闇系統の魔法っスからね。そんなに強い魔法ではないから、ちょっと悪夢とか見る程度っス」
「……うん、分かった。とりあえず、向こうに見える小屋に運ぼう」
僕は、うなされている彼女を先ほど見えた森の手前の猟師小屋らしきところに運ぶことにした。
入ると、中はお世辞にも綺麗な環境とはいえなさそうである。
当然ながら魔王の私室とは格段に環境が悪い、ベッドもなく粗末なワラがおかれているだけだった。
とりあえず、彼女を床に横たえると、もう一度川へと向かう。
「ねぇ、スラミヤィ、この兜脱いで大丈夫だよね?」
「問題ないっス。魔王様……セディは素顔も超色男っス」
色男かどうかはともかく、自分の素顔を確認しておきたかった。
川面に映った姿を見て、スラヤミィの言ったことはあながちお世辞でもないのだと僕は思う。
肩まで掛かる真っすぐ長い黒髪に整った目鼻、ちょっと陰気な雰囲気があるが十分色男と称して差し支えないだろう。
切れ長の瞳が、真っ赤だったことがかなり気になったけれども……。
そういえば、城の中の鏡で見た時も、兜越しに目だけが赤く光っていたのを思い出す。
それは禍々しいまでの赤だった。
「あー、宵闇の力使うと必ず目が赤くなっていたっス。セディ、着地の時に翼生やした影響がまだ残ってたっスね」
「これってずっとこのままなの?」
「大体、30分くらいすると元に戻るっスよ」
「じゃあ、魔王城で兜を被っていた時に鏡を見た時は? 兜の目の部分赤く光ってたけど、あの時は魔術儀式終了から一時間以上経ってた気がする」
「それは兜の仕様っス。黒の兜から赤く光る目、ミステリアスな雰囲気が出て威厳が保てるって魔王様言ってたっス」
「ああ、そう……」
これも、マントがカッコいいとか言っていた魔王様のお茶目な一面なのだろうか。
そんなことを考えていると、背後に何やら気配を感じた。
「魔王、こんなところにいたのか! むっ、それがお前の素顔か……ん? どこかで見たような……」
川面をのぞき込んでいた僕の背後に、いつの間にか例の女騎士が立っていた。
「あの、僕のことご存じで?」
記憶喪失の僕の素顔を知っている。
意外なところで記憶喪失の手掛かりが……。
「ご存じも何も魔王だろう……そうだ、その赤い目、確か兜をしていた時も赤く光っていたから間違いない! 覚悟!」
「いや、そうじゃなくて、僕の顔に見覚えがあるのかって話で……」
「問答無用!」
レイピアを手にこちらに向かって襲い掛かってくる。
だが、僕の背中のマントが突然
もがきながらマントを引っぺがそうとしつつ、そのまま彼女は2,3歩進んだが崩れ落ちる。
「面倒くさいので、また睡眠魔法っス。今度はちょっと深めに眠らせたので朝までぐっすりコースっス」
「ありがとう、助かったよスラヤミィ。でもまた悪夢とか大丈夫かな?」
「深い眠りだとあまり夢見ないって聞くから、多分大丈夫っスよ」
「でも、さっきよりうなされているよ」
「セディ、お人よし過ぎっス。命狙ってきた相手っス。穏便に眠らせてあげただけでも感謝して欲しいくらいっスよ」
「……うん、分かった」
僕は、再び女騎士を小屋に運び、その後晩飯を確保するべく川で魚を獲る。
川面に映る自分の目は既に赤くなく、黒いそれへと変化していた。
焼いた魚は、塩がなかったので味気なかったけれど、空腹だったからそれなりに美味しかったかな。
そういえば、魔王もお腹が空くんだな、そんなことを考えながら暮れていく空を見上げたのだった。
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