第5話 吸収と浄化

「……」

「なんとか地上に降りられたっスね」

「……え、あれ?」

「セディちょっと無茶しすぎっス」


 気が付くと地面の上に立っていた。

 背中を見ると、暗灰色の巨大な翼が生えている。

 ああ、これであの落下から無事に降りられたんだ。

 なんとなくぼんやりとする頭の片隅で、そんなことを思っていた。


「宵闇の力の悪影響を受けてたっス。オイラが吸収しておいたから、もう大丈夫だと思うっスけど……」

「悪影響……そういえばドス黒い感情の波に飲み込まれた気がする」

「宵闇の力って普通の人にとっては毒みたいなモノっスから。魔王様は性質そのものが元々闇寄だから平常心を保ってたっス。でもセディは魔王様を拒否したことから分かるように正反対の性質、大量の昏い感情を受け入れたら精神がおかしくなるっスよ」

「その毒みたいなモノをスラヤミィが吸収したってこと? それって大丈夫なの?」

「さっきも言ったけど、オイラは性質ニュートラルっス。使い魔になってダスクスライムになってるけど、心には特に影響してないっス。それに元々のスライムの性質として、他所から物を取り込んで消化吸収するのは本能というか食事っスからね。」

「そっか、それならよかったけど……ごめん、先走って迷惑かけちゃった」

「オイラ的には何も問題ないから、別に構わないっス。それより今気づいたことがあるっス」

「気づいたこと?」

「魔王様の時と今のセディの状況を比べると違っているところがあるっス」

「違っているところ?」

「以前は魔王様の体の奥底から湧き出すような感じだったけど、今のセディは体の表面から突然湧いて出たような感じっス。つまり、体の中ひいては心の中にまではほとんど影響してなかったっス」


 確かに、昏い瘴気のようなものが体から立ち上っているのが見える。

 でも、自分の体の中からじゃないらしい。


「さっき僕が毒されたのは、自分から心の中に宵闇の力を引き込んだからなのか……」


 そういえば、先程あれだけ感じていたであろう昏い感情も、今や何も感じていほどに心の中から消え去っていた。

 スラヤミィが宵闇による悪感情を吸収してくれたお陰だろう。

 いつの間にか背中の巨大な翼も消えていた。


「セディの身体には宵闇の力が宿ってるっス。というかセディの存在そのものが宵闇の力の発生源になっているっス」

「なら、僕が発生源なら僕自身の心も闇に染まってないとおかしくない?」

「それはオイラが無意識に吸収していたっス」

「僕がさっき落下の時に自発的に取り込んでいた分だけじゃなく?」

「そうっス。あれも放置していたら徐々にセディを蝕んでいったっス。分かり易く言えば、呼吸するだけでも入ってくるって感じっスかね」


 僕の周囲に漂っている宵闇らしき瘴気を見てみるけど、自分で吸いこんでる?

 ……見た限り、息を吸っても流れが変わったりはしていないようだ。


「僕の方に流れ込んでいるようにも見えないし、実感もないけど……」

「見えているのは具象化された力そのものっスからね。むしろ見えていない心の闇に浸透するモノ方が厄介っスよ。若干量取り込んでいたけど、それもオイラが無意識に吸収していたみたいっスけどね」

「今回の件だけじゃなくて、知らない間にスラヤミィに助けられていたってこと?」「結果的にはそうなるけど、宵闇の力を吸うのはオイラにとって食事みたいなものっスから」

「それでも僕が助かったのは事実だよ。ありがとう」

「いちいちお礼はいらないっスけどね。では、こちらからも宵闇の力ご馳走様、ありがとうっス」


 なんか、このやりとりがちょっとむず痒かったけど、嬉しくもあった。

 そして、記憶をなくしていた僕にとって、スラヤミィの存在が様々な面で助けになっていたことにあらためて感謝した。

 今度は言葉にしない。

 いつしかスラヤミィが何か困っているときに、今度は僕が助けになる。

 そんな決意を心の内に留めて、その代わりとした。


「ところで、僕は表面から魔王は内側から放出、その違いって何なんだろう?」

「オイラは、あの魔術儀式が原因だと思うっスけど……」

「思うって儀式見てたんだよね?」

「寝てたっス」

「は?」

「だから、魔王様に何らかの魔術をかけられて眠らされていたっス」

「そうか、スラヤミィにも儀式の件は秘密ってことなのか……。なら推測でもいいから何か分かることないかな?」

「うーん、強いて言うなら儀式の時間っスかね?」

「時間?」

「儀式の開始は深夜日付の変わった瞬間、終わったのがお昼ちょっと過ぎっス。魔王様ほどの強大な力を持つ存在が半日以上かけてする魔術、どれだけの規模かって話っス」

「そう言った大規模な儀式に心当たりとかある?」

「……ないっスね。お役に立てなくて申し訳ないっス」

「そうか……まあ仕方ないね。こうなると今の段階では解明は無理そうだ。結局、僕が今まで宵闇に直接毒されなかったのは体の中に入ってこないように何かされてた、という理解でいいんだね」

「あとオイラが無意識に吸収していた分、マントになって背中に張り付いていたから効率が上がってたってのもあるっス」

「そういえば、マントからも瘴気みたいなの立ち上がっているように見えるけど……」

「ああ、これっスね。吸っても消化しきれないのはそのまま垂れ流しっス。言うなれば不純物たっぷりの排泄物っスね」


 もうちょっと言い方あるだろうに、宵闇の瘴気を排泄物扱いとか。

 スラヤミィらしいと言えばらしいけど。


「消化を言い換えると、ろ過して浄化っスね。純粋なエネルギーとして放出することも可能っスよ。瘴気が大なら、こっちは小っスね」


 黒っぽい何かと透明な何かね。

 そういうのは勘弁っス、そう思ったのだった。

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