第4話 脱出

「分かったっス。魔王様の決断を尊重するっス」


 思いのほかあっさり受け入れられたことに驚いた。

 使い魔にとって、魔王様の言葉はやはり絶対なのだろうか。


「えっと魔王様ってのはやめてくれないかな? 僕、もう魔王じゃないのだから」

「分かったっス。でもどう呼べばいいっスか?」

「僕はセレンディバイト・ダスク、その名前を捨てるつもりはないよ。ダスクって姓は宵闇そのものを表すみたいだけど、でも捨てない。むしろ新しい生き方をこの名をもってするつもりだ。姓は積極的に使うつもりはないから、セレンディバイトの方を主に使おうと思っているけど」

「セレンディバイト、呼ぶにはちょっと長いっスね。うーん、略してセディなんてどうっスか?」

「セディ……うんセディ、いいね。ありがとうスラヤミィ、それでいくよ」

「へへっ、どういたしましてっス。それで、この宵闇の城からこっそり脱出でいいっスね?」

「うん……でもいいの? スラヤミィって魔王の使い魔だよね。やめた僕に味方するの?」

「記憶の有無に関係なく使い魔契約は継続中っス。それに魔王様の命令は、儀式から丸1日他の誰にも知らさずに記憶を失ったセディ様の行動を助けることだったっス。今は昼を回っているから、あと半日にも満たないくらいっスか」

「魔王様の命令か……なんか手の平の上で踊らされているような気がする。でも、どちらにせよ僕に魔王を続ける選択はないよ。あいつが何を企んでいようと、僕は僕の生き方を貫くつもりだ」

「記憶を失う前の魔王様は、強く威厳があってまさにそれを体現されている立派なお方でしたっス。でも、今のセディ様もひとりの人として、とても魅力的で立派な人に思えるっス」

「え、ちょっと褒めすぎじゃない? というか、魔王の使い魔なのにそれ言っちゃっていいの?」

「思ったことを言ったまでっス。セディ様、超カッコいいっス」

「……うぐっ、ス、スラヤミィって変」

「オイラ、基本ニュートラルっス。スライムだからっスかね。身体の形が自由に変えられるように、心も自由なんだと思うっス。だから、魔王様とセディ様のどちらの生き方にしても両方ありだと思うっス」

「心も自由……ちょっとうらやましいかも。そうそう、そのセディ様ってやつ、普通にセディでいいから」

「オイラ、セディ様の使い魔っスから……」

「だめ……かな?」

「……オイラ野暮っスね。セディ、これでいいっスか?」


 そうか、スラヤミィは僕が魔王だからとかじゃなくて、ひとりの人として認めてくれたんだね。


「うん、ありがとうスラヤミィ。君がいてくれて良かった」

「……ど、どういたしましてっス」


 これにて方針は決まった。



「む、むぐ? むぐーーっっ!!」


 白銀の騎士……女騎士でいいや、を連れてこの宵闇の城を脱出する運びとなった。

 お姫様抱っこで運ぼうとした……けど断念する。

 彼女がこちらをにらむ目とどうしても合ってしまい、気後きおくれしてしまったので肩に担ぐ形をとらせてもらった。

 バルコニーの扉を開け放つ。

 テラスから下を見下ろすと、一面の雲が広がっていた。


〈あ、ここ天空の城っス〉

(え? じゃあ、どうやって脱出するの?)

〈飛び降りるっス。魔王様……じゃなくて、セディなら問題ないっス〉

(いやいやいや、無理でしょ)

〈オイラもしょっちゅう城抜け出して地上に降りてたから大丈夫っス〉


 女騎士がいる手前か念話でスラヤミィ(マントに戻った)は語りかけて来たのだが、雲が下に見える高さから飛び降りて問題ないって……。

 最悪スラヤミィが何とかしてくれそうだから大丈夫そうだけど、さすがにすぐには飛び降りる決断ができない。

 迷っていると、部屋の入口の方からノックする音が聞こえてきた。


「余の楽しみを邪魔するでない! 今しばらくこの部屋には近づくな!」

「はっ、失礼いたしました」


 スラヤミィの声擬態のおかげで、ノックの主は去っていったようだ。

 若干の時間的猶予ゆうよは出来たが、いつまでもこの場でためらっている訳にもいかない。


「こうなったら……えいっ!」


 僕は覚悟を決めて掛け声ひとつ、テラスの手すりを乗り越えた。

 そして自由落下する。

 肩に担いでいた女騎士は、先ほどまで騒いでいたが今は大人しくなっていた。

 どうやら落下の恐怖で気を失ったようだ。


〈あ、ちびってるっス。宵闇ガードっス〉


 女騎士が粗相をしたようで、宵闇ガード(瘴気のようなもの)でバリアをして浸透を防いだようだ。

 汚染はまぬかれたが、まだ落下による命の危機は去っていない。


「……!」


 風圧が強いためか思うように声が届かないので念話に切り替える。


(スラヤミィ)

〈セディ、どうしたっスか?〉

(……いや、何でもない)


 スラヤミィにこの状況の打開を頼もうと声をかけたが、頼り切りにするのはどうだろう。

 ここは、僕自身の力で解決すべきではないか。

 僕自身の力といっても、魔王の力である宵闇の力を使うことになるだろうけど。

 そう、やめると決めた魔王の力である。

 でも、と思う。

 僕は宵闇の力そのものを否定しているのではない。

 魔王の在り方を否定しているのだ。

 要は力の使い方さえ間違えなければ、正しい使い方をすればよしと思った。

 今回は自分の命を助けるためでもあるが、肩に担いでいる女騎士の命もかかっている。

 よし、スラヤミィに頼ることなく自身の力で解決を図ろう。


(えっと、宵闇を意識するだっけ)

〈セディ? ちょっと待つっス。ここはオイラが……)

(大丈夫、僕に任せて!)

〈ダメっス、セデ……〉


 心の底にほの昏い闇の炎がともった。

 ……ああ、これが宵闇の力!

 そして、その灯火ともしびは、次第に大きくなって……。


 恨み、蔑み、憎み、怒り、執着、悪意、敵意、憂鬱、失望、悔恨、侮蔑、憎悪、憤怒、疑念、嫌悪、不信、物欲、支配欲、固執、破壊衝動、殺意、絶望……。


 ありとあらゆる負の感情が、それは心にふつふつとわき上がるものだったり、時に衝動のようなものだったりと、グルグルと形を変えながら次々と押し寄せてくる。

 それらがない混ぜになり心が次第に飲み込まれて……。


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