第3話 決意

「むぐー、むぐー」

(ごめんね)


 豪奢ごうしゃなベッドの上、むぐむぐとうなっている存在は諸事情あって申し訳なくも放置中。

 僕は、使い魔でダスクスライムのスラヤミィ(マントに擬態)と部屋の隅でヒソヒソ話、宵闇の魔王様とやらに関する情報収集につとめていた。

 使い魔契約の恩恵で念話みたいなことも出来るのだが、頭の中に声が響く感覚がなんとなく嫌だったので、このような形をとっている。

 

「まずは宵闇についてのおさらいっス」


 昼は陽光が輝き、夜は月と星明かりが闇を照らす。

 だが、陽は沈み、陽光は果て、月は未だ現れず、星明かりも届かない。

 そんな陰の濃密になったわずかな時がある。

 黄昏たそがれ時、果ては逢魔おうまが時とも呼ばれるそれは、最も魔のざわめきが強くなり、人の心にも陰を落とす。

 そんな時を形容するかのような、ほの昏くおぞましいまでの闇、宵闇とはそんな存在である。


「そんな束の間の宵闇の力を、照り付ける日差しの中でも常時支配下に置くのが、セレンディバイト・ダスク、宵闇の魔王様っス」

「日中でも完全に? それってすごくない?」

「魔王様はすごいっス。現に今もあふれんばかりに宵闇の力を放出中っス」

「え、あ、僕? ……うーん、やっぱ自覚できないや」

「今は、意識しない方がいいかもっスね。現在の魔王様を見る限り……まあ、話を最後まで聞けば分かるかもっス」

「そうなの? じゃあ、話の続きをお願い」

「ダスクという姓は宵闇を司る存在そのものを指し、それを名乗ることを許される唯一の存在っス。宵闇の君と呼び、さらには神のごとく崇める者も少なくないっス。」

「じゃあ、魔王様っていう呼び名は?」

「強大な宵闇の力を人々を恐怖と絶望に陥れる為だけに振う、そのあり様からそう呼ばれているっス」


 スラヤミィは、殺す、奪う、蹂躙する、そんなものは序の口で、まるで遊び感覚でいろいろ試すかのように人々を苦しめていた様子を赤裸々に語ってくれる。

 まさに魔王様というべき所業であろう、その呼び名にも納得できた。


「……魔王様は、作物がまともに育たない荒れた土地を嘆いた村人の願いを聞き入れ、以後そこは豊穣たる土地となったっス」

「ねえ、スラヤミィ。もういいよ……」

「え? オイラの話分かりにくかったっスか?」

「いや、そうじゃないけど……」


 その語りは、むしろ分かり易いくらい生々しかった。

 僕が話を遮ったのは、魔王様が人に対してなした数々の所業が聞くにたえなかったらなのだ。

 豊穣たる土地となったとか、一見聞こえはいいけれどロクでもないことをしたのは確実だろうと思う。

 だって、愛し合う男女2人をくっつけた話を聞いた時もそうだったのだから……。

 その1、物理的にくっつけた(左半身男、右半身女)。

 魔王様曰く「これで一心同体だ」……拒絶反応で死んだ。

 その2、お互いの脳と肉体をくっつけた(男と女の脳を丸ごと入れ替えた)。

 魔王様曰く「これなら一心同体、どうだ?」……やはり拒絶反応で死んだ。

 その3、存在をくっつけ存在を同一化させた(昼は男の姿、夜は女の姿、片方が存在している間はもう片方は存在できない)。

 魔王様曰く「これで2人の存在は永遠にふたつでひとつだ」……拒絶反応はなかったが男女は永遠に断絶、二度とお互い会えなくなった。

 等々、ユーモアあふれる魔王様の実験っス、というスラヤミィの語りがあったばかりである。

 他にも母親と子供とか、村を守る兵士の話とか、慈悲を与えるという名目なのに残酷な結果に終わっていた。

 そんな魔王様の非道の数々を記憶を失う前の自分がしていた事だなんて、にわかには信じられない。

 今の僕にそんな非道は出来ないし、むしろその場にいれば何としても阻止したいと思うはずだった。


「むぐー、むぐー!」

(……ごめんね)


 何度目だろうか、チラとベッドの方を見る。

 目をそらすようにして見た鏡には、暗灰色あんかいしょくの全身鎧と兜に覆われ、目だけが赤く光っている僕が映っていた。

 全身からは、黒いもやのような禍々まがまがしい瘴気が立ち昇っている。

 スラヤミィが語ったその性格は、その見た目の禍々まがまがしさを体現するようなものだった。

 冷酷で無慈悲な性格で、目的達成のためには手段を選ばない。

 圧倒的な知恵と戦略眼を持ち、常に数手先を読んで行動する。

 一見すると感情がないように見えるが、その内には昏き激情を秘めていた。

 ユーモアがあり、時にはお茶目な一面(愛し合う2人をくっつける等)を見せるようだ。

 今の自分からは想像もつかない程に遠い存在である。

 とにかく、魔王がどのような人物なのかはよく分かった。

 なるほど、スラヤミィが宵闇の力を意識しない方が良いと言ったのも分かるような気がする。

 あまり気分の良いものではないだろうことが想像できたから。

 あるいは、僕が昏い心に飲み込まれるのを懸念したのかもしれない。

 魔王から示されていた途とやらを思い出す。

 僕の中にひとつの思いが芽生えつつあった。


「むぐー! むぐーっ!」

(ごめん、君のこと後回しにしちゃって)


 今度は無視することなく歩み寄る。

 白銀の鎧にこれまた銀色の美しく長い髪、まさに白銀の騎士といった女性がベッドの上に拘束されていた。

 宵闇の眷属からの戦利品として、魔王に捧げられた虜囚であった。

 本当は拘束を解いてあげたかったけれど、一回猿轡を外して和解を試みたところ、出るは出るはの罵詈雑言、女の子がそんな口汚いこと言っちゃいけませんな言葉のオンパレードで交渉の余地なしと思い定めたので、そっと元に戻したのだ。

 床に転がすのは申し訳ないと思いベッドに寝かせたのだが、それが更なる誤解を招いたと気づいたのは再び外してからだった。


「ぷはぁ、このケダモノっ! 人を縛って弄ぶのが趣味の変態め! これ以上近づくな!」

「え、いや……」

「辱めを受けるくらいなら……くっ、殺せ!」


 あー、ベッドの上に拘束して猿轡……確かに変態じみている。

 まあ、これは不可抗力ということで……。

 ともあれ、辱められるなら潔い死を、高潔な騎士のあり様なのだろう、謁見の間でも殺せだのなんだの言ってた。

 でも、魔王様だった(今もそうらしいけど)僕が言うのはなんだけど、命は大事にした方が良いと思う。

 さて、彼女をこのままここに置いておくわけにはいかない。

 願わくば魔王様権限で解放して、元の場所に帰してあげたい。

 だが、多くの宵闇の眷属とやらの命を奪った存在を、例え魔王様が許したとして、配下の者たちがそれで納得するかどうか……。

 あのレンタンのような下卑た眷属を見ても分かるように、ロクな連中じゃないことは確かだ。

 僕は、この目の前にいる女性を酷い目にあわせたくない。

 僕は、スラヤミィから聞いたような魔王様、いや非道な魔王になどなりたくない!

 魔王の示した途とやら、どちらを選んでも言われたことに従うことになるだろうが、それならお前とは別の生き方をしてやる。


「決めた」

「な、なにを! やはり私を辱めることを決めたと……こ、これ以上近づいたら舌を噛んでやる!」


 折角決意したのに、何か水を差された気分だった。

 ちょっとごめん、舌噛まれるのも困るから、もう一回猿轡しててね。


「むぐ、むぐーーーっっっ!!!」


 最初に会った時は、その白銀の美しい容姿も相まって戦女神が現れたかのように思い、心奪われていた。

 宵闇の眷属と果敢に戦ったりと、今の自分を比べると正義感に溢れた勇気ある騎士である存在にあこがれのようなものを感じていたのも確か……。 

 ただ、さすがに罵詈雑言を浴びせられ、親の仇を見つめるかのような憎しみのこもった目を向け続けられたら、少し熱が冷めていた。

 いや、そりゃ綺麗だし今もその姿を見るとちょっとドキっとはさせられる。

 この決心も、魔王に対する反抗心もあるけど、彼女の在り様を見て、そして助けたいという思いが僕の背中を押してくれたというのも多分にあった。

 ちょっと間抜けなやり取りになってしまったけど、そのことは感謝すべきことだろう。


「ありがとう」


 彼女に軽く会釈をすると、今一度部屋の隅に移動する。

 今度はマントを外してそれに向きあう。

 マントはこちらの意図を察したように、黒猫の姿へと変化した。


「スラヤミィ、僕決めたよ」

「一応聞いておくっス。それでどっちスか?」

「僕は魔王として生きることはしない。彼女を連れて、この城を出ることにする」


 僕は、魔王の使い魔に対し、堂々と決別の宣言をしたのだった。



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紹介文にお知らせした通り、水曜はお休みさせていただきます。

次回第4話は、明後日の木曜22時公開、よろしくお願いします。

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