第2話 魔王様への捧げもの
「許す」
威厳のある僕の声が、背後のマント(スラヤミィ)から聞こえてくる。
それに応えるかのように扉が開かれ、初老で紳士然とした格好の男性が姿を現した。
この人が執事長のオニキスさんなのだろう。
彼は、右手を胸にやり深々とお辞儀をする。
「お許しをいただき感謝します。宵闇の君、我が
「何用か? 儀式を行う間は一切の立ち入りを禁じたはずだ」
「恐れながら、儀式は終了したと判断いたしましたので……」
「……確かに、お前にはこの宵闇の城の管理を預けてある。この部屋の魔法陣の魔力が消えたを感知できたは理解できる。だが、オニキス。儀式が終了したか否かは貴様が判断することではない!」
背後から、もの凄い威圧感が発せられたように感じられた。
現にオニキスさんは、立っていられないとばかりに両手と両膝を地面に突くようにして震えている。
(え、この威圧感何? スラヤミィ、君が実は魔王様だったとか……)
〈オイラが魔王様のわけないっス。魔王様から流れてきた宵闇の力を、そのまま放っただけっス〉
(え? 頭の中に声が……)
〈そうっス。魔王様の頭の中に直接話しかけさせて貰ってるっス〉
(そんなこと出来たの?)
〈魔王様とオイラの使い魔契約で繋がりがあるから可能になってるっス。というか、魔王様の方から話しかけてきたっス〉
(え、そんなつもりなかったけど……)
〈無意識にやってたっスね。記憶を失っても魔王様、さすがっス〉
(……無意識かあ。さっき魔王様から流れてきた力をそのまま放ったって言ってたよね、その流れていっているのも無意識になのかな?)
〈知らないっス。でも実際に魔王様から流れてきてるっス。とても甘露っス〉
自身の身体を目で確かめてみる。
よく見ると、何か
だが、それが自分から発せられていると言われても、
(……うーん、やっぱり何も感じないよ)
〈自然と
(……やっぱり自覚できないなあ)
〈宵闇を意識することが重要っス〉
(えーと、さっきから宵闇とか言っているけど、そもそも何なの?)
〈光と闇の狭間、そこの陰、最も闇の濃密なところが宵闇っス。特に人の心の陰の部分に最も干渉しやすい力ってところっスかね。使い方は……あ、マズいっス。オニキスのおっさん、生まれたての小鹿みたいに全身プルプルっス)
四つん這いの状態で震えている様は、スラヤミィの表現そのものであった。
纏わりついていた靄のようなものが引き潮のようにして消えると、オニキスさんは、力をふり絞るかのようによろめきながら立ち上がる。
「オニキス、このくらいで赦すとしよう。これ以上
「主様のご慈悲に感謝いたします。誠に……」
「詫びは無用、用件を申せ。ここに計ったように参ったからには相応の理由があろう」
「はっ。それでは
「その成果を誇って奴らが押しかけて来たと」
「ご明察にございます。誠に
「構わぬ。眷属共の働きは
「はっ、それでは早速に。これにて失礼いたします」
何だかやたらと堅苦しいやり取りを交わした後、オニキスさんは
宵闇の力とやらに当てられ過ぎていたのか、かなりフラついていたけど大丈夫かな。
「ふー、疲れたっス」
「スラヤミィ、よくあんな小難しいやり取りが出来るね」
「魔王様がいつもやっているから、真似しただけっス。オイラもあーいう堅苦しいのは勘弁っス」
「でも真に迫ってたよ。すごかった」
「いやー、魔王様にそんなこと言われると、オイラ照れちゃうっスよ」
背後のマントがクネクネ揺れていた。
どうやら本当に照れているようだ。
「ところで、眷属共の労いだっけ、またあのやり取りになると思うけど……」
「本当はやりくないけど、そうもいかないっスからね」
「なら行くしかないね。でも、僕良く分からないから……」
「大丈夫っス。乗りかかった船っス。魔王様は堂々と構えていれば後はお任せっス」
「ありがとう。でも、どこいけばいいのかな?」
「それなら謁見の間っスね。こっちっス」
マントがクイクイと誘導するかのように、軽く体を引っ張ってくれたので僕はそちらの方向へ歩き出した。
そして、謁見の間。
例によって、面倒なやり取りはスラヤミィがやってくれた。
眷属とかいうのは何人か目の前にいたが、僕の意識はそちらにはない。
彼らの言う戦利品のひとつ、目の前に拘束されている女性に目を奪われていたからだ。
女性といっても、少女からようやく大人へと脱しかけたくらいの年齢だろうか。
美しい白銀の鎧を身に纏い、それにも負けない程の美しい銀色のロングヘアー、身体のあちこちは、戦闘によるものか傷つき汚れはしていたが、彼女の美しさはいささかも損なわれてはいないようだった。
麗しき白銀の騎士、僕の頭には、思わずそんな言葉が浮かんでいた。
「聖騎士のようでございます。愚かしくも我らが宵闇の眷属に敵対し、多くの同胞がその命を散らされたとのこと、レンタン殿そうであろう?」
「オニキス様のおっしゃる通りです。この私めが、辛くも激戦の末勝利し虜囚として連れて参りました。是非にも宵闇の君への捧げものとしてお受け取りいただきとうございます。」
「ほう、このような小娘がさほどに強かったのか?」
「レンタン殿は、こたびの人狩りでは1、2を争う実力者でした。それと互角の力を示したのです。」
「なるほどな。しかもなかなかに見てくれもよい」
「お気にいられましたら光栄にございます。このような美しい娘が宵闇の君に辱められ歪ませる表情、想像するだけで興奮してしまいますな……ゲヒヒ」
その眷属の男は下卑た目で白銀の騎士を見つめる。
視線を受けた彼女は、嫌悪の表情を浮かべ身震いした。
「くっ、殺せ! そのような屈辱を受けるなら死んだほうがましだ!」
「騒がしい、宵闇の君の御前である。黙らせろ!」
彼女は猿轡を噛ませられ、床に芋虫のように転がされた。
「なかなか活きの良い獲物ではないか。気に入った、余の私室に運んでおけ」
「はっ、我が主様の御意のままに」
「それと、レンタン。お前にも褒美をやらねばな」
「ははーっ。ありがたき幸せにございます」
僕は彼らの会話をうわの空で聞き流し、謁見の間から連れ出されてゆく彼女をただただ見つめていた。
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