記憶喪失の魔王様は逃げ出した

にしき斎

序章 魔王様は逃げ出した

第1話 魔王様は記憶喪失

 草むらに、仰向けの状態で空を見上げている。

 見上げた先、少年と少女がこちらを覗き込んできた。

 少年がこちらに手を伸ばす、その手が自分に迫ってきて……。



「……あれ?」


 先程とは景色が一変していた。

 石造りの部屋の中であろうか、草むらも見上げた空もここにはない。

 石床には、僕を中心として円形に描かれた複雑な模様が淡く光っていたが、やがて薄れ消えていった。


「終わったっスね、魔王様。成功したっスか?」

「えっ、誰? 魔王様? どこから話しかけてるの? それと、成功ってなに?」

「オイラはスラヤミィっス。そんで魔王様は貴方っス。背中のマントから話しかけてるっス。成功したとは魔術儀式のことで、記憶喪失になるっス」


 僕が反射的にした質問は、自称マントのスラヤミィが律義にも順番に答えてくれた。

 だけどその返答は、魔王様とか記憶喪失とか衝撃的なものばかりだ。

 魔術儀式とか言ってたから、さっきの床に光る模様は魔法陣だったのだろう。

 記憶喪失……うん、確かに何も覚えてない。

 魔王様とか言われても、何言ってるのって話だし。

 背中に目を向けると、暗灰色あんかいしょくだが何やら豪奢ごうしゃなマントを身に着けているのが見えた。

 全身は、これまた暗灰色の金属鎧っぽいもので覆われていた。

 あと兜だろうか、頭から顔全体すっぽりって感じで、視界が非常によくない。

 さて、この状況、魔王様に魔術儀式ひいては記憶喪失など聞きたいことが山ほどある。


「えっと、スラヤミィ?」

「そうっス。オイラは魔王様の使い魔のスラヤミィっス」

「魔王様の使い魔?」

「そうっス。本当の姿はスライムっすけど、今は主に魔王様のマント役っス。」

「……何故にマントなのかな?」

「マントになったのはオイラの擬態能力っスね。魔王様が威厳が増してカッコイイって言ったから、外出とか特別なイベントがあるときは身に着けることが多いっス。魔王様のお気に入りっス」

「ああ、そうなんだ……」

「ついでに、オイラの本当の姿がこれっス」


 背中のマントが外れてふわりと目の前の床に広がり、形状を変える。

 黒くてドロドロした、ヘドロみたいな見た目をした何かだった。

 流石にそれ言っちゃマズイだろうから、あえては言わない。


「へー、本当にスライムだったんだ」

「元のオイラは、最弱のノーマルスライムだったっスけどね。今は最強、世界唯一のダスクスライムっス」

「それって、魔王様の使い魔になって進化したってこと?」

「その解釈で合ってるっス。それで、こっちが単独行動する時の姿っス。黒猫ちゃんっス」

「おお、すごい。スライムから一瞬……でも何で黒猫?」

「使い魔って言ったら黒猫っスよね。カラスでも良かったけど、猫ちゃんの方が城のメイドさん達の受けがいいっス。それに、スライムのままだと見た目ヘドロっスからね。」


 うわ、自分でヘドロ言っちゃったよ。

 折角気を使って言わなかったのに……。

 それはいいとして、頭のリボンとか首輪が気になる。

 両方ともピンク色で、リボンも首輪もフリフリいっぱい、どう見ても魔王様の趣味じゃなさそう。

 そういえば、声質も高いし 口調等から声変わり前の男の子みたいに思ってたけど、違ったのかな。


「スラヤミィって女の子?」

「……ああ、リボンと首輪っスね。スライムに性別はないっスよ。ここの城のメイドさんの仕業っス。」

「でも何でフリフリピンクなんだろう」

「さあ、オイラの趣味じゃないから……でも下手に外すとメイドさん達の機嫌が悪くなるっスよ。身に着けてるのは、いわゆる処世術ってやつっスね。」

「そうなんだ……」

「ちなみに魔王様は男の子っス」

「それは言われなくても分かってるから……。それより、その魔王様についてだよ。僕のことなんだよね? 自分の記憶を失う儀式をしたって言ってたけど、どういうこと?」

「それについては、まず記憶を失う前の魔王様からの伝言を聞いて欲しいっス。

「わっ、僕の声そっくり」


 僕の兜越しの声、くぐもった感じまで上手に再現されていた。


「へへん、オイラの能力は声の擬態にまで及ぶっス。では、始めるっスよ」

「う、うん」


 スラヤミィは魔王様の声色と口調(僕が話すより威厳がある)で語り始める。


「余は、セレンディバイト・ダスク。この宵闇の城の主であり、広くはこの世界カルチュアにおける宵闇を司る者でもある。これより余は、とある魔術を儀式により行使する。結果、余の記憶は失われることになろう。その記憶を失いし余……いや、よもや別人となった其方そのほうにひとつだけみちを示す」

(……)


「以上っス」

「え、これだけ?」

「そうっス」

「他にも何かないの? わざわざ記憶喪失になる魔術儀式をした理由とか……」

「記憶喪失後の魔王様宛への伝言はこれだけっス。オイラも儀式の内容については聞かされてないっス。終わったら記憶がなくなるってことだけは教えてくれたっスけど。他は……オイラ宛に後始末をいくつか託されたくらいっスかね」

「なら、それを聞かせて。魔王様についても何も知らないから、そのあたりの説明も頼みたいんだけど。ほら、名前だって今の伝言で初めて知ったくらいだから……」

「分かったっス。今の、記憶喪失後の魔王様には情報規制かかってないから、オイラに知ってる範囲のことは全て話せるっス」

「良かった。うん、お願い」

「じゃあ、まずは……待つっス。誰か来たっス」

「え、誰かって?」

「あ、この気配はオニキスっスね。魔王様の腹心で、この宵闇の城を統括する執事長も兼ねているおっさんっス」

「魔王様の腹心? じゃあ、そのオニキスさんとやらに相談したら……」

「ダメっス。儀式開始から丸1日経過するまでは、記憶喪失の件はオイラと魔王様以外は秘密厳守って言われているっス」

「え、でもオニキスさん魔王様の腹心って……」

「オニキスのおっさんには、情報規制かかってるっス。オイラの声擬態で誤魔化させて貰うっス。」


 黒猫スラヤミィが僕の背中に飛び乗り、魔王様お気に入りのマントにその姿を変化させる。

 同時に部屋のドアがノックされた。

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