幕間 手紙の届いた先

 ここは奥深き岩山のいただきにそびえる雷殿らいでん

 雷光の君、フルグライト・ライトニングの住む石造りの神殿である。

 宵闇の君が魔王と称され恐れられていたように、この雷光の君は雷帝と呼ばれ畏れられる存在であった。

 その神殿の中、目じりの吊り上がった気の強そうな雰囲気の美女が、主の部屋を訪れる。


「おじさま、お客様です」

「おー、ライメイか。客って誰だ?」


 おじさまと呼ばれた男は、見ていた一枚の紙片から顔を上げて答えた。

 彼の名はフルグライト・ライトニング、逆立った髪の毛といかつい体躯たいくが特徴の偉丈夫いじょうぶで、身体にはまとわりつくように紫電しでんが時折ぜている。


「光輝の君ですね、おじさまの大嫌いな。お客様と言っても招かざる客です。塩でも撒きますか?」

「嫌ってるのはむしろお前の方じゃねぇか……まあ、アイツは俺もあまり好かねえけどな。それはそうと、やっぱり俺のところに来やがったか」

「……?」

「いいや、こっちの話だ。今回は特別だ、通してやれ」


 怪訝けげんな顔をするライメイに対して何でもないように手を振って、客を入れるように指示すると、彼女は客を迎えるために退出した。

 その背中が消えたのを見て、彼は紙片に紫電をはしらせる。

 紙片はカラスに姿を変えてその場から飛び去ろうとしたが、紫電は小さな雷の結界となってそれを許さない。

 カラスは逃走をあきらめ、再び紙片に姿を変え自らの身を焼くかのように紫電の火花によって灰となった。

 



「セレンディバイト、今度は一体何をやらかすつもりだ?」

「私はそれを聞きに来たのだがな、フルグライト。貴様なら何か知っているのではないか?」

「おいおい、独り言に突っ込みいれるんじゃねぇよ、クリスタルさんよう。むしろコソコソいろいろ嗅ぎまわっているお前さんの方が何かつかんでいるんじゃないのか?」


 男に背後から声をかけたのは光輝の君、クリスタル・シャニングという麗人れいじんだ。

 その姿は淡く輝いていて美しく、その見た目と持つ力により光の女神と称されあがめられることもある。

 しかし、その無慈悲なまでの苛烈な性質により、灼光しゃくこうの女神と呼ばれうとましがられることもしばしばであった。


「コソコソ嗅ぎまわるとは、随分失礼な物言いだな。緻密ちみつ且つ慎重に情報収集につとめていると言ってもらいたいものだ」

「言い換えりゃいいってもんでもねえだろうがよ……まあ、相変わらず灼光の女神様は宵闇の魔王様が大好きな……って、おいおい危ねえな」

「ちっ、デカい図体のわりには、逃げ足だけは速い……」


 クリスタルの放った光の剣の一撃は、さきほどまでフルグライトがいた場所に振り下ろされていた。

 だが、その場所では紫電が小さく爆ぜただけ。

 フルグライトは剣の間合いから、かなり離れた位置に立っていた。


「別にお前とやりあう気はねえよ。まあ、やっても俺が勝つだろうけどな」

「……」

「お前、弱いくせにすぐ喧嘩を売るクセ直した方がいいんじゃねえのか? そんなだからセレンディバイトにもコテンパに返り討ち……」

「黙れ! このっ!」


 再び斬りかかるが、またもや爆ぜた紫電を剣に纏わせるにとどまった。


「へーへー、そういきり立ちなさんなって。さっきも言ったけど、お前と争うつもりはないんだ。そもそもだ、わざわざ俺のところに来るなんて余程の要件があってのことだろ?」

「……この手紙の件だ、貴様は何か知っているのかと思ってな」

「あーそれな。ほいっと」

「きっ、貴様っ! 何をする!」


 クリスタルの差し出した手紙をフルグライトは手に取ると、指先から紫電の火花を発生させ燃やす。 

 今度は、カラスの姿には戻らずに燃え尽きた。




 ここは天空に浮かぶ宵闇の城。

 主から城の全権をゆだねられている執事長オニキスは、城の門の前に立ち、これから来るであろう招かれざる客を待っていた。

 遠くの空で雷光がほとばしるのが見える。

 その瞬間、オニキスの目の前に着雷し、まばゆい閃光が周囲を染め上げた。   

 閃光に目がくらみ、ようやく視力を回復させたオニキスがそこに見たのは、紫電を纏った一人の偉丈夫と、淡く輝いている麗人の姿であった。


「これはこれは、雷光の君。ようこそお越しくださいました。して、光輝の君はここへの立ち入りを禁じられていたはずですが……」

「オニキス、今回こいつは俺のお供だ。それに手紙も受け取っている。関わる権利くらいはあるんじゃねぇか?」


 オニキスは答える代わりにうやうやしく一礼をした。

 そして、案内した先、そこは儀式の間と呼ばれる石造りの部屋だった。


「ここで魔術儀式をやった。オニキスは内容を知らされていない。それで、その直後にアイツは姿をくらましたんだな?」

「いいえ、雷光の君。儀式の後に謁見の間で人狩りの戦勝報告と戦利品の献上がありました」

「んで?」

「戦利品は、美しき聖騎士。主様の寝室へお運びしました」

「へー、お楽しみってわけだ」

「……汚らわしい」

「おー、クリスタルちゃん嫉妬でちゅか……おい剣を仕舞え、冗談だ」

「下らぬ冗談を言っている暇があるなら、この状況を貴様の脳筋頭で考えたらどうだ」

「いやー、聡明な光輝の君に比べれば、このフルグライト脳筋でございますれば知的作業は苦手なのです、わっはははは」

「貴様……もういい。いちいち戯言につきあってられん。オニキス、失踪に気づいたのはいつだ?」

「お恥ずかしながら、手紙を受け取って後でございます」

 

 オニキスは、部屋に戦利品の女騎士を運んだ後、主が部屋に入るのを見届けた。

 その後、用向きがあって一度部屋を訪れたが怒声と共に追い返されている。

 そのため、その後なんの音沙汰もない宵闇の主の部屋をうかがうのをためらっている間に夜になった。

 そして、この手紙を見て事態を悟り、慌てて部屋に入ったが聖騎士共々もぬけの殻。

 手紙の内容からして他の君にも知らされていると判断、城の入口で待ち受けていた。


「オニキスにも内緒で脱出ってわけだ」

「10年前もそうでした。主様は私へは何もおっしゃってはいただけませんでした」

「なんだお前、腹心だとばかり思っていたのだがそれほど信用はされていなかったのだな。普段の行いが悪かったとか」

「クリスタルさんよ、お前の眷属だって普段の行いがマトモと言えるかよ。シラユリちゃんだっけか?」

「シラユリは優秀な眷属だ。私の威光を高めるべく日々努力を惜しまない。宵闇がしでかした後始末も率先して引き受けてくれている」

「それが、アイツに殺された親の子を引き取って孤児院経営って……なんか違わねえか?」

「違うだと? あの汚泥の如く薄汚れた宵闇の……」


 クリスタルが語りを遮るように、パンと手を打ち鳴らしたのはオニキスだった。


「光輝の君、無礼を承知で申し上げます。私が主の全幅の信頼をいただけなかったのはおおせの通りと存じます。ですが我が主への冒涜はお控えいただきとうございます」

「確かに、宵闇の眷属如きが私に意見するとは無礼千万ぶれいせんばんだな。それに私の言ったことは冒涜ではない。私の見たありのままを……痛っ」


  暴言を吐くクリスタルにさすがに我慢ならなかったのか、軽く紫電を飛ばしたフルグライト。

 さらに、その頭上に掲げた手には巨大な雷球が浮かんでいた。


「それぐらいにしとけや。お前さんは招かれざる客、しかもこの城は出禁ときている。これ以上続けるなら、この城の主に代わって俺が相手になる」

「……」

「で、どうするんだよ。やるか?」

「……分かった。先の発言は撤回する」


 クリスタルは撤回とは言ったものの、プイと横を向き不貞腐れたように言葉を発しただけ。

 オニキスはそれを丁重に無視をし、撤回の言葉を聞いて雷球を収めたフルグライトに対しては恭しく頭を垂れることで謝意を表していた。


「で、話の続きだ。今回は10年前と違って手紙を寄こしてきやがったな」

「はい、10年前は突然行方不明となり、その数日後突然お帰りになると『寝る』と告げて8年間お休みになられました」

「アイツ、ほんとに寝ていやがったからな、ご丁寧に結界まで張りやがって。そして、2年前に突然目覚めて派手に動き始めたと思ったら、今度はこれかよ」


『余は宵闇の君としての務めを放棄する。セレンディバイト・ダスクが宵闇の魔王として戻ることは二度とない』


「オニキス、この手紙の内容に心当たりは?」

「申し訳ございません、雷光の君。私には皆目見当もつきません」

「そうか……やはりアレ絡みとしか考えられないか……」

「雷光の君、アレとは一体……?」

「何を勿体ぶっている、フルグライト。言いたいことがあるならはっきり言え!」

「オニキスには分からんだろうし、俺から教えることはできねえ話だ。で、クリスタルよ。俺脳筋、お前理解できない。つまりお前は脳筋以下ってことだな」

「なっ、私を愚弄するか! ……ふん、あの宵闇が何を考えていたなぞ理解できる!」

「では、光輝の君様。なにとぞこの愚かで脳筋なフルグライトめにご教示くださりませ」

「……はっ、誰が貴様なぞに教えてやるものか。そもそもお前はアレとか言って分かったような素振りをみせたではないか……よし、答え合わせだ」

「……」

「何故答えぬ!」

「いや、お前さんから振ったのだから、先に言えよ」

「ぐっ……もういい。帰る」


 肩を怒らせるようにして、クリスタルは立ち去った。


「よろしいのですか、雷光の君?」

「構わんよ、オニキス。それにしてもプライドばかり高くて困ったやつだな」

「私の立場からはいかんとも……」

「おー、悪かった。でも、アイツ面倒くさくてかなわねえ。よし、俺の雷殿もあの女は出禁に決定だ」

「そちらに関して私が口出すことではありませんので。それで、私に話せないのは仕方ありませんが、雷光の君には何か解決策がおありで?」

「いや、解決策はない。成り行きに任せることになる」

「左様ですか。宵闇の眷属の筆頭を任せられながら、主のことを何も理解できず何もできず、ただただ口惜くちおしい限りです」

とお前じゃそもそもの在り方が違うからな、気にするだけ無駄だ。さて、悪いが今日は俺もこれで帰らせてもらおう、邪魔したなオニキス。それと、次に会えるのを楽しみにしているぜ……なあ、元宵闇の君?」


 フルグライトは、その問いかけた相手が聞いているのを確信しているかのように不敵な笑みを浮かべている。

 そして一瞬、その身体が雷光に打たれたかのように光った後、紫電の余韻を残してその場から消え去っていた。


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