憧れ【ブロマンス/ギャグ】

初めはただの憧れだった……。


カシャッ。


けして此方には向けられていないその笑顔に自然と口元が弛み、笑みを浮かべる。


あぁ、いつ見ても君は格好よくて素敵だ。



僕のクラスには、橋本 千草【はしもと ちぐさ】というモテ男がいる。女子からは勿論のこと、男子からも好かれる人気者で、僕はそんな彼に憧れを抱いていた。


友達が少なく女子からもモテない僕にとって、彼は高嶺の花であり、アイドル的な存在に近い。


ある時、クラスメイトと愉しげに話していた彼を何気なくスマホで撮影した事があった。彼の笑顔がスマホに映し出されると、彼が自分だけのものになった気がして───それからいけない事だと分かっていながらも彼をスマホで隠し撮りするようになった。

初めはバレたらという恐怖でなかなか撮れなかったものの、数を重ねる毎にフォルダーが彼だけで埋め尽くされるようになり、今じゃ撮り方も上達して何処にいても彼が綺麗に撮れるまでの腕前になっていた。


しかし、そんなことを続けていたある日。


いつもの如くスマホを彼に向けてシャッターチャンスを狙っていると、不意に彼が此方に振り返った。


「宮田、何やってんの?」

「ッ……!」


いきなり声を掛けられた事で手元が狂い、スマホのシャッター音が押されて鳴る。


カシャッ!


彼は辺りを見渡し、不思議そうに僕へと告げた。


「今何撮ったんだ?」

「べ、別に?間違ってカメラが起動されただけだよ!」


咄嗟についた嘘に彼はふぅんと返答する。慌ててスマホを隠すと、今度は彼が目の前に立ちはだかって隠したスマホを指差さした。


「どうして慌てたようにスマホを隠すんだ?」

「えっ」


唐突な問い掛けに暫く思考を巡らせる。当たり障りのない的確な返答をと、考え練った言葉が咄嗟に口から出た。


「えぇっと、壊れると大変だから、、かな?ハハ、ハッ……」


我ながら情けない返答だと思う。何とかやり遂げようと笑いながら誤魔化すと、意外にも彼はそっかと大して気にもとめない様子だった。内心安堵の溜め息を零し、それじゃあとその場から逃げるように立ち去ろうとした時、不意にポケットからスマホが抜け落ちる感覚がした。思わず振り返るとスマホは地面になく、彼の手の中に納められていた。


「えっ、ちょっ…千草君?」


慌てて彼の手からスマホを取り返そうとすると、彼は何を思ったのか突然僕のスマホを持ったまま走り出したのだ。訳が分からずその場に硬直していると、彼は走りながら僕に告げる。


「宮田ー、オマエのスマホは預かった!返して欲しけりゃ取りに来いっ!!」

「はっ?」

「もし来なければ中身は確認させて貰うからなっー!!」

「え、はっ?ええっ!?」


まるで宝を盗む怪盗の如く。高笑いを上げながら走り去って行く彼を僕は慌てて追い掛けた。


『彼に中身を見られたら一貫の終わりだっ……!!』


その想いが僕の体を突き動かした。突発的に始まった鬼ごっこは、校内全体を一周する壮大なモノとなった。クラス前の廊下から始まり、体育館、校庭、屋上と、下から上まで駆け回る。いつもならそんなに走れない僕だが、この時だけは不安が疲れを上回り、ずっと彼を追い掛けていられた。彼も僕が着いてくるのを確認しながら足を走らせ、着かず離れずの距離を保ちながら放課後の追いかけっこを堪能していた。それから数十分間彼との攻防戦が続いた末に僕のスタミナが途中で限界を迎えた。勢いが失速して走っていた足がもつれだす。呼吸も苦しくなり、上手く酸素を吸えずにハァハアと荒い息使いになる。彼の背中はそんな僕を置き去りにどんどん遠ざかり見えなくなった。


『そういえば彼の足、速かったっけ……』


前に体育大会でリレーのアンカーを勤めて見事一位に輝いていた事を思い出し、僕はその場にへたり込んだ。最初から敵う相手では無かった。深く息を吸い溜め息の如く吐き出す。もう見えない彼を諦め、僕は教室へと向かった。


しかし、僕の心にはまだ一物の不安が居座り続けていた。


「中身を見られていたらどうしよう。絶対変な目で見られるよ……」


仕方の無い文句をタラタラ垂れながら、ようやく着いた教室の扉を開いた。


「よぉ!遅かったなー?」


教室には僕のスマホを振り翳しながら此方に話掛けてくる彼の姿があった。


「ち、千草君!?なんで…「だって、お前途中でいなくなるんだもん。教室で待ってりゃ来るかと思って待ってたんだぜ?」


そう告げた彼は僕に近づきスマホを手渡した。


「ほらよ!」

「あっ…」


手渡されたスマホは画面が暗く、電源を入れるとロック画面が表示された。そういえばスマホに鍵を掛けていた事をすっかり忘れていた。彼はその画面を見ながら残念そうに告げる。


「それのお陰で中身なんて見れなかったぜっ!チッ命拾いしたなぁ…?」

「ハハハッ、そっかぁ……」


僕は若干苦笑いを浮かべながらも、内心では『良かった!ホントに良かった!!』と心の底から安堵した。彼は机の上に置いていた自身のカバンを手に持つと、『じゃあな!』と軽く手を振って教室を出て行った。一人残された教室で、僕は大きく溜息を零す。


「危なかったぁぁぁぁ!一時はどうなる事かとおもったよ~~~」


緊張の糸が解けて一気に脱力し、そのまま自身の机に腰掛ける。手に持つスマホに電源を入れ、ロック画面に暗証番号を入力して開くと待受画面には此方を見つめる彼が映し出された。


そこでふと異変に気づく。


「あれ、なんで待受画面変わってるんだろう……?」


そう思うも束の間。突然見知らぬ人から電話がかかり、出てみると、その人物は先程別れた彼だった。


「ち、千草君!?なんで君、僕の携帯番号知って…「フフフッ。お前の秘密は預かった!黙っていて欲しければスマホの待受は暫くそのままにしておく事だなぁ!!」

「はいいっ!?」

「因みにその待受はオレからのプレゼントだ。有難くうけとっておけ!」

「嘘だろっ!?」


スマホの中身を見られていた事に呆然とする僕へ、更に追討ちをかけるようにメールが届いた。見ると隠し撮りされたであろう僕の居眠り写真に『お前だけじゃないんだぜ?』と言葉が書き込まれており、僕は暫く放心状態のままその場で固まっていた。






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BL短編集 冬生まれ @snowbirthday

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