フェンス越しの風景【ブロマンス/ホラー/死ネタ】

昨日、僕のクラスに死人が出た。


死因はどうやら転落死。屋上のフェンスに寄り掛かった際、フェンスが外れてそのまま落下。即死だったと目撃者が言っていた。


亡くなったのは、クラスの人気者だった。


生前ムードメーカーだった彼は、誰からも好かれて愛されていた。そんな彼の死を皆は嘆き悲しんだ。担任からの評価も良かった彼だから、先生も悲哀に満ちた顔で涙を浮かべていた。


そんな哀しみに包まれた彼の死の翌日、僕はひとりで立ち入り禁止の屋上に向かった。手には花束と線香を持ち、一カ所だけ外れたフェンスに近寄る。そこから覗いて見たコンクリートには、彼が落ちた形跡を記すかのように乾いた血痕が伺えた。この高さから落ちた時、彼は何を思いながらこの世を去ったのだろうか…。花束を置いて誰かが置いていった空き缶にひと束の線香をさし、ポケットに隠し持っていたライターの火をつける。線香は赤く光り煙を発たせた。それから手を合わせ、僕は風で揺らめきながら空へと登る線香の煙をぼんやり見つめた。


そこでふと、考える。


『彼は、成仏出来たのだろうか…?』


そんな考えが頭を過った。誰からも好かれていた彼だから、そんな事を思ったのかも知れない。

つね日頃から人に囲まれていた彼が、ある日突然亡くなって、急にひとりぼっちになってしまって、誰からも気付かれずに────もし、此処にまだ彼が残っていたとしたら……。


線香は焼けた処から灰を落とした。




それから暫くして、皆は彼を忘れた様に日常を過ごし始めた。担任も何事も無かったかの如く、平然と授業をしている。僕もあの日以来屋上には行ってない。皆の中から彼が消えても前とは何も変わらない、そんな日々を過ごしていた。


だけどある時、それは起きた。


授業中。クラスメイトが突然叫びだしたのだ。蒼白い顔を浮かべ、窓に指差しながら震える声で告げた。


「窓のそ、外……誰かが落ちたッ!!」


それからまた皆の中で彼が息を吹き返した。彼が忘れ去られる事を恐れたのか、思い出して欲しかったのかは分からないけど…。担任が騒ぐ生徒達を鎮めながら下を覗いたが、窓の外には誰も何も落ちてはいなかった。


その日の放課後、僕はまた屋上に向かった。悪いけど今日は手ぶらで。フェンスに視線を向けると、この間まで空いていた其処には新しいフェンスが付けられていた。きっと危ないからだろう。僕はそのフェンスに向かって歩いた。フェンスの網に手を掛けるとカシャンと音がする。以前の様に下は覗けないけど、彼が落ちた場所は伺えた。だが痕跡はもう見当たらず、僕はフェンスから離れて手を合わせた。


『成仏して下さい……』


そう心の中で呟くと、ふと背後に気配を感じた。思わず振り返ったが誰もいなかった。そりゃそうだ、誰かが入ってきたら扉が開く音で分かるのだから。それとも先に誰か来ていたのだろうか?辺りを見渡したが、やはり誰もいなかった。気のせいかと何事もなかった様に屋上を後にする。階段を下りて廊下に出ると、すれ違った人達が話をしていた。


「最近、人が落ちる噂をよく聞くよなぁー」「落ちて死んだ奴が何回も繰り返してるって話だろ?」「未練でもあンのかねぇ…?」


彼等が話していたのはきっと彼の事だろう。僕はその話に聞き耳を立てながらも、立ち止まる事なく教室へと向かった。



放課後だからだろう。いつも賑やかな教室は誰も居らず、静まり返っていた。僕は机の上に置いていた鞄を手に取り、たった今入ってきた扉に手を掛けた。刹那、背後から誰かに名前を呼ばれた気がした。思わず振り返るが、誰もいる筈がない。気のせいかとまた扉の方へ向き直りかけた時、偶然視界に入った窓の外で勢いよく何かが落ちていくのが見えた。僕は一瞬驚き固まった。しかし、すぐさま落ちていったものがなんなのか確認するべく近付いて窓を開ける。恐る恐る下を覗いてみるが、其処には何も落ちてはいなかった。


「見間違い、か……?」


辺りを見渡し、上を見上げたけれど特に変わった様子はない。僕は顔を引っ込め窓を閉めると、ガラス越しに映る自分の姿に目がいった。そこで僕は自分の背後に人影らしきものが映り込んでいるのが見えた。


「えっ、誰?」


すぐさま後ろを振り向くが、当然の如く誰もいない。段々と気味が悪くなってきた僕は、すぐさま教室を飛び出した。廊下に出ると、先程まで全く感じなかった気配が背後に感じるようになった。しかし僕は後ろを見る勇気がなく、そのまま無我夢中で駆け出し、誰もいない廊下をただただ走る。未だに消えない背後の恐怖が一刻も早く学校から出ろと促している様だった。三階から段飛ばしで階段を駆け下り、玄関へと続く廊下に出ると、僕の足は更に速度を増した。下駄箱に向かい、急いで靴を履き替える。乱雑に下駄箱へと靴を入れて履いた靴は踵で踏みながらも外へと飛び出した。すると急に背後の気配がスッと消えた。息を切らしながら、僕は恐る恐る背後を確認するとそこには誰も何もいなかった。恐怖から逃れられた僕は息を整えるべく、大きく深呼吸をする。それから、何事も無かったかの様に校門へと続く道を歩き出した。



空は赤く、不気味な程の夕焼けが僕の真上に広がっていた。


「空が大火事だ……」


ぼんやりと空を見つめながら歩いていると、ふと僕の目に屋上のフェンスが映り込んだ。僕は先ほどの出来事を思い出し、そこから目を逸らす。何故だか見てはいけない。そんな気がして少し早足で先に進もうとした矢先、道の真ん中でポツンと立ち尽くしている人物が目に入った。僕は咄嗟に足を止める。目の前の人物は何をするわけでもなく、ただジッと上を見つめていた。視線の先にはあのフェンスが伺える。暫く様子を見ていると、その人物は上を見るのをやめて顔を此方に向けた。瞬間、僕は思わず息を吞む。それもその筈、その人物は亡くなった彼なのだから。


「う、嘘だろッ…?」


僕は震える足で二三歩後退る。彼は僕を瞳に映すと、ゆっくりと口を動かし始めた。


「う、え」

「ッ……!?」


唇の動きから“上”という事が分かる。その言葉通り、彼の腕がゆるりと挙がると人差し指で天を示した。僕は彼を凝視していたが、彼が指差す方向が気になった。彼の行動を警戒しつつ、恐る恐る彼の指先を追うように上を見上げた。しかし彼の上には何もなく、真っ赤な空が広がるばかりだ。それからまた視線を彼に戻した時、ふと自分の上に影が掛かった。


「えっ?」


おもわず顔を上げた僕の真上には、此方に向かって落ちてくる彼がいた。彼は無表情のまま僕を見つめており、そのまま僕とぶつかった。



グシャッ



一瞬何が起きたのか分からなかった。目を覚ますと、僕は地面に倒れていた。躰は指先一つ動かせず、目の前には赤い液体がジワジワと流れてコンクリートを染めた。


「あ、れ…何だ…コ、レ……?」


霞む視界に誰かの足が映った。その足は僕を見下ろし、ただ黙ってそこに立っていた。僕はその足に助けを求めた。


「た……た、け、て…、たす、け……て……ッ」


だがその足は全く助けてくれず、苦しむ僕に向かってこう告げた。


「だから言ったのに。上に気を付けろって」


それは亡くなった彼の声だった。薄れゆく意識のなか、目だけを動かし彼の足から上の方へ視線を動かすと、唇を吊り上げて嗤う彼が僕を見下ろしていた。




数日後────。


「なぁ、知ってる?他クラスの生徒がフェンスに潰されて亡くなった話……」

「あぁ。この間全校集会したアレだろう?」

「あーなんだっけ?事故で付け替えたばかりのフェンスが外れたんだっけか」

「うわ、それマジ?呪われてんなぁ!」


屋上のフェンスに持たれるカタチで数人の少年達は噂話で盛り上がっていた。その中の一人、スマホを見ていた少年が話を聞いていたのか、ボソリと呟く。


「そのフェンスって今、君たちが寄り掛かっている奴だろ?」


楽しげな空気が一変、少年達はその一言で一斉にフェンスから離れていく。


「おいおい、いきなり怖い事言うなよ!」

「だってホントの事だし……」

「あっぶねえ!落ちたら洒落にならん!!」


未だにスマホを見ている少年に他の少年達は青ざめながら苦言を言う。そんななか、フェンスから離れる際にふと下を見た少年があるモノを目にした。それはコンクリートに染みついた血痕の跡だった。その跡は人型にも見え、少年はその生々しさに眉を顰める。


「気味悪ィ……」


直ぐに顔を逸らして、皆の会話に無理矢理入った少年の姿を転落死した彼が見つめていた。暫く屋上を見つめていた後、彼は自分の足元に視線を移して呟く。


「普通はああなんだけど、お前は花を手向けて哀れんでくれた……」


足元の血痕跡から徐々に血が溢れ出し、その血溜まりの中には蹲る少年の姿があった。血に染まる少年は、譫言の様にボソボソと呟いている。


「う゛うっ…たす、け、て……たす、けて……誰か……イタイ……苦シイ……ウ゛ウゥッッ……」


うめき声を上げる少年を見つめていた彼はそっと手を伸ばし、少年の頭を優しく撫でた。


「嬉しかったよ。アリガトな?」


そう告げる彼の頭からは大量の血が止めどなく流れて、その場に倒れ込んだ。血に染まる二人の躰はそのまま何事も無く消えて見えなくなった。




ダイジョウブ……コレデモウ、寂シクナイ。





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