擦り付けの贖罪【ブロマンス/執着/ヤンデレ】
君は、生まれながらにその手に才能を持っており、そして沢山のヒトに囲まれながら、幸せそうにしていた。
だから、俺の事なんて放っておいても良かったのに……。
階段からたまたま落ちかけただけ。
自分だけが怪我するだけで済んだのに。
何を思ったのか、俺を庇って一緒に落ちて、そしたら君までもが怪我をした。
大事な大事な手だったのに……。
将来はピアニストになるんだと、大切にしていた手だったのに。
俺を庇った事によって、その手は包帯に巻かれて吊された。
「大丈夫?」
俺に向かって初めに言ったのは、俺への労りだった。
違うだろ……。
君は君の手を心配するべきだ。
そう言ってやろうと思ったのに、久々に見せた懐かしい笑顔に何も言えなくなった。
熱くなる目頭に唇を必死に噛み締める。
溢れ出す感情を必死に堪えて震えていると、彼はまたしても俺を心配する。
「何処か痛いの?大丈夫?」
狼狽える彼の吊された手に自身の手を据えて“ごめん”と小さく呟いた。
君の夢を壊してしまって。
大事な大事な手を壊してしまって。
「ホント、ごめんな…ッ」
涙を流したフリをして、腹の中では『ざまあみろ』と嘲り笑った……。
▽
僕には才能があった。
小さい頃から習ってもいないのにピアノが弾けた。
だから将来はピアニストになろうと思った。
彼も僕の夢を応援してくれた。
それが凄く嬉しくて、自分の夢を叶えようと必死になって頑張った。
頑張れば頑張るほど僕の腕は上達し、周りにはヒトが集まった。
プロからも称賛され、将来もほぼ確定していた。
だけど……。
その頃になると、僕はピアノが嫌いになっていた。
ピアノを弾くと周りに集まるのは別に望んでもないヒトばかりで、僕の望む彼は徐々に離れて居なくなった。
どうして……?
偶然見掛けた彼を追って階段へ差し掛かった際、彼の肩に手を伸ばした。
その時、ふと魔が刺して……気付いた時には彼を庇いながら階段から転げ落ちていた。
彼を庇った右手の骨は折れており、病院に運ばれるとすぐに腕は治療された。
一緒に運ばれた彼も軽い怪我をしたらしく、腕や顔にガーゼや絆創膏を貼っていた。
思わず彼に声を掛けると、彼は何か言いたそうだった。
しかし顔を歪めて必死に何かを堪えていた。
それが心配になり訳を訊ねると、彼は僕の折れた腕に手を軽く添えて小さく呟いた。
「ごめん……ホント、ごめんな…ッ」
ポタリポタリと落ちてくる水滴が包帯に染み込んだ。
「泣いてるの?」
顔を覗くと彼の頬には涙が流れていて、咄嗟に彼の頭を引き寄せた。
彼の頭を僕の体に預けて優しく優しく頭を撫でた。
「大丈夫だよ。心配ないから……ね?」
そう言うと、彼は嗚咽を漏らして僕を抱き締めた。
僕も彼を片手で抱き締めながら唇を弛ませた。
なんだ、簡単な事だったじゃないか。
初めからこうしておけば良かったんだ。
彼を傷つけるのでは無く、初めから自身をやれば良かったのだと。
階段で彼を衝動的に突き飛ばした時の事を思い出す。
顔を会わせても言葉を交わさなくなった。
声を掛けても知らんぷりをされた。
いつの間にか距離が離れていって、そして────。
ねぇ、僕を見てよ……?
思わず押してしまった。
振り返った彼と目が合うと、咄嗟に手が伸びた。
それから彼の頭を庇う様に手で抱き締めながら二人で一緒に────。
彼の頭をギュッと抱き締めて、僕は自身の傷ついた手を見つめた。
「どうした…?」
呼ばれて彼を見ると、赤く濡れた瞳で不思議そうに見つめてくる。
「なんでもないよ、大丈夫……」
安心させる様に微笑むと、彼は僕の手を見つめて優しく撫でながら、確かな声で呟いた。
「俺…この手の責任とるから!」
その言葉に否定もせず、ただ一言『うん…』と頷き、ニヤける口元を必死に抑えながら彼を優しく抱き留めた。
その日、弾けないピアノが久々に愛おしく感じた。
終
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