擦り付けの贖罪【ブロマンス/執着/ヤンデレ】

君は、生まれながらにその手に才能を持っており、そして沢山のヒトに囲まれながら、幸せそうにしていた。


だから、俺の事なんて放っておいても良かったのに……。


階段からたまたま落ちかけただけ。

自分だけが怪我するだけで済んだのに。

何を思ったのか、俺を庇って一緒に落ちて、そしたら君までもが怪我をした。


大事な大事な手だったのに……。


将来はピアニストになるんだと、大切にしていた手だったのに。

俺を庇った事によって、その手は包帯に巻かれて吊された。


「大丈夫?」


俺に向かって初めに言ったのは、俺への労りだった。


違うだろ……。


君は君の手を心配するべきだ。


そう言ってやろうと思ったのに、久々に見せた懐かしい笑顔に何も言えなくなった。

熱くなる目頭に唇を必死に噛み締める。

溢れ出す感情を必死に堪えて震えていると、彼はまたしても俺を心配する。


「何処か痛いの?大丈夫?」


狼狽える彼の吊された手に自身の手を据えて“ごめん”と小さく呟いた。


君の夢を壊してしまって。


大事な大事な手を壊してしまって。


「ホント、ごめんな…ッ」


涙を流したフリをして、腹の中では『ざまあみろ』と嘲り笑った……。



僕には才能があった。

小さい頃から習ってもいないのにピアノが弾けた。

だから将来はピアニストになろうと思った。

彼も僕の夢を応援してくれた。

それが凄く嬉しくて、自分の夢を叶えようと必死になって頑張った。

頑張れば頑張るほど僕の腕は上達し、周りにはヒトが集まった。

プロからも称賛され、将来もほぼ確定していた。


だけど……。


その頃になると、僕はピアノが嫌いになっていた。

ピアノを弾くと周りに集まるのは別に望んでもないヒトばかりで、僕の望む彼は徐々に離れて居なくなった。


どうして……?


偶然見掛けた彼を追って階段へ差し掛かった際、彼の肩に手を伸ばした。

その時、ふと魔が刺して……気付いた時には彼を庇いながら階段から転げ落ちていた。

彼を庇った右手の骨は折れており、病院に運ばれるとすぐに腕は治療された。

一緒に運ばれた彼も軽い怪我をしたらしく、腕や顔にガーゼや絆創膏を貼っていた。

思わず彼に声を掛けると、彼は何か言いたそうだった。

しかし顔を歪めて必死に何かを堪えていた。

それが心配になり訳を訊ねると、彼は僕の折れた腕に手を軽く添えて小さく呟いた。


「ごめん……ホント、ごめんな…ッ」


ポタリポタリと落ちてくる水滴が包帯に染み込んだ。


「泣いてるの?」


顔を覗くと彼の頬には涙が流れていて、咄嗟に彼の頭を引き寄せた。

彼の頭を僕の体に預けて優しく優しく頭を撫でた。


「大丈夫だよ。心配ないから……ね?」


そう言うと、彼は嗚咽を漏らして僕を抱き締めた。

僕も彼を片手で抱き締めながら唇を弛ませた。



なんだ、簡単な事だったじゃないか。



初めからこうしておけば良かったんだ。



彼を傷つけるのでは無く、初めから自身をやれば良かったのだと。

階段で彼を衝動的に突き飛ばした時の事を思い出す。


顔を会わせても言葉を交わさなくなった。


声を掛けても知らんぷりをされた。


いつの間にか距離が離れていって、そして────。


ねぇ、僕を見てよ……?


思わず押してしまった。

振り返った彼と目が合うと、咄嗟に手が伸びた。

それから彼の頭を庇う様に手で抱き締めながら二人で一緒に────。


彼の頭をギュッと抱き締めて、僕は自身の傷ついた手を見つめた。


「どうした…?」


呼ばれて彼を見ると、赤く濡れた瞳で不思議そうに見つめてくる。


「なんでもないよ、大丈夫……」


安心させる様に微笑むと、彼は僕の手を見つめて優しく撫でながら、確かな声で呟いた。


「俺…この手の責任とるから!」


その言葉に否定もせず、ただ一言『うん…』と頷き、ニヤける口元を必死に抑えながら彼を優しく抱き留めた。



その日、弾けないピアノが久々に愛おしく感じた。






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