すれ違い【ブロマンス/ヤンデレ】

僕には幼馴染みがいる。

彼は僕と違って顔が良く、運動神経も抜群で女子からはよく黄色い声が上がった。

そんな幼馴染みはいつも僕と連みたがるけど、僕はどちらかと言えば関わり合いたくないのだ。

それは単なる僻みなんかじゃ無い。

幼稚園の頃からずっと一緒にいた僕らには今更な事で、よく彼と僕は比べられる事だってあったけど、それはもう慣れている…。

だけど、彼に関わり合いたくない理由は最近になって出来てしまった。


「ねぇ、田野君って本当に格好いいよね!」

「あっわかる~!クラス一のイケメンだもんね!!」


いつも通りな女子達の会話だった。


「彼女とかいんのかなぁ?」

「さぁ。聞いたこと無いけど…」

「いないならさぁ、チャンスだよね?」

「あんたには無理だって!」


たまたま教室にいた女子達が、幼馴染みの話題に花を咲かせているのを何気なく廊下で聞いていた時だった。



「はぁっ!?酷くない?」

「アハハ!!確かに…!」

「でしょ?あんたは精々、木山じゃね?」

「田野君の幼馴染みだっけ~」


幼馴染みの話題から不意に僕の名前が持ち上がり驚いた。

だけど、、、。


「ヤメテよ!あんな不細工な奴と一緒にすんな!!」

「てかさ、アイツいつも田野君と一緒にいるよね…。」

「幼馴染みだからでしょ?」


浮いたと同時に一瞬にして撃沈。

(不細工か。悪かったな…!)

そう心の中で悪態を吐きながら、これ以上の立ち聞きは無用とその場から立ち去ろうとした刹那、一人が悪気無く呟いた。


「でもさぁ────」


聞いた後、その子の言葉が頭から離れなくなった…。




「ねぇ、最近どしたの。なんかあった?」

「…別に」


近頃、幼馴染みはいつもそればかり聞くようになった。

それは僕が彼から距離を取り、用事がある時以外はあまり関わりを持たないようにしたからだった。


「俺…お前を怒らせるような事した?謝るからさぁ、そんなにつっけんどんにすんなよ。なぁ……」

「お前は何もしてないから。いいからあんまベタベタすんなって!」


いつもみたく腕に絡み付いてくる彼を無理矢理引き剥がすと彼は一瞬固まり、丸く見開いた瞳に僕を映す。

幼馴染みはまるで信じられない物を見るような顔を此方に向けており、その姿に堪えられなくなった僕はすぐに顔を逸らして冷たく突き放した。


「…もう僕に関わら無い方がいいよ!」


それだけ言い残して立ち去ると、彼はそれ以来僕に近付いて来ることは無かった。


それから数日が経った頃、ある問題が起こった。

それは幼馴染みである彼があの日以来すっかり別人へ成り果ててしまったのだ…。

昔からいくらチャラけていても髪を染めなかった彼が突然金髪にして登校してきた。

周りも僕も彼の変貌ぶりに終始戸惑いを隠せずにいたが、それだけでは収まらない。

来る日も来る日も、耳にピアスを空けたり、制服を改造したり、遅刻や校則違反と兎に角やりたい放題だった。

それどころか彼は性格までも変わり果ててしまった。


前は誰にでも好かれる優しくて温厚な性格だった彼が、今となっては180度真逆な性格になってしまい目つきは鋭く、口を開けば汚い言葉を放ち、誰彼構わず喧嘩を売ったり、挙げ句の果てには先生にも突っかかる始末だ。

そんな彼の横暴さに彼の友人だった者達は彼を恐れ近づかなくなり、周りの女子達からは避けられる様になった……。


先生は何度か僕に彼の事を訊ねてきたが、僕自身付き合いが長かったけど今まで見せたことの無い彼の変化に一番驚きを隠せず、ただただ分からないと告げる事しか出来なかった。

そんな中、今度は顔や腕に傷を負うようになった彼は何処かで喧嘩でもしているのか、口元や頬を赤黒い痣で腫らし、拳や手首には絆創膏や包帯で皮膚を隠す事が多くなっていた。

流石に尋常では無い彼の行動に僕は声を掛ける決心をした。



ある日の放課後。

教室を出ようとする彼を見計らい、引き留めた。


「あのさ、ちょっといい?」

「……」


教室に残っていたクラスメイトは僕らに構うこと無くそそくさと教室を後にする。

声を掛けられた彼は、冷めた目つきで僕を見下ろした。

何も言わずにただジッと見つめてくる彼は、何処か別人に見え、思わず目を逸らしてしまった。

そんな僕を無視して彼は踵を返す。


「あっ…待って」


去ろうとする彼の腕を思わず掴もうとしたその刹那。


───ガンッ!


鈍い音が空気を裂いた。

彼の左足が僕を横切り、壁にぶつかる音だと気付いたのは真横すれすれに彼の足を見た時だった。

見開いた眼で彼を見つめると、彼は今にも僕を殺しそうな程の恨みや怒りに満ちた顔を向けていた。

初めて向けられる殺意に震えて声が出なくなる。

足から力が抜け、地面に座り込む僕は彼に胸ぐらを勢い良く掴まれた。


「何話し掛けてきてんの?お前が言ったんだろ、関わんなってさぁ!」

「うぅっ……」


強く引っ張られる胸ぐらに息が苦しくなる。

彼は更に力強く拳を握った。


「なのにっ、お前から近付いてくるとか……」

「ぐっ…ぅッ……」


呻く僕を睨み付けた彼は、僕の胸ぐらを掴んだまま、もう片方の手をズボンのポケットに突っ込み、ある物を取り出した。

彼の掌に握られたそれは、鋭く尖った刃先を鈍く光らせ僕を映し出すナイフだ。


「ヒッ…!!」


目の前の凶器に小さく悲鳴を漏らすと、彼は刃先を僕に向けた。


「ハハハッ…ウケる。マジでお前殺してやろうか?」


冷や汗が額から溢れ出し、血の気が引いた。

目を細めながら、彼は僕の腹に刃先を突き付ける。

あと少し力を込めれば突き刺さる位置に刃先を固定すると彼は唐突に呟いた。


「なぁ…お前さぁ、何であの時あんな事言ったの?」


怯えながらも彼を見ると、真顔で見つめられてから再度問い掛けられる。


「もう関わらない方がいいって、なんであんな事言ったの?」

「それは…」


彼の口から出た問い掛けに、あの時の女子の言葉が蘇る。


「───でもさぁ、アイツ田野クンと釣り合わないじゃん?それなのにアイツと一緒にいるとかマジで田野クン穢れるじゃん!チョー嫌なんだけど!!」


僕は別に自分が何を言われたって構わなかった。

だけど、あの時のあの言葉は僕にとって最大の屈辱でしかなかった。


「なぁ、聞いてんの?」


その声でふと我に返ると、彼は冷たい眼差しで僕を睨んでいた。


「なんであんな事言ったのか聞いてんだけど。もしかして答えられないの?俺を嫌いになったから……」

「……」


腹に刃先がチクリと当たり痛みが走る。

何も答えない僕に苛立ちを抑えきれない彼は確実に僕を殺そうとしていた。


「なぁ、早く言えよ。ホラッ!!」


彼が凶器に力を入れた瞬間、僕の口は本音をぶちまけた。


「違う…ッ」

「あっ?」

「君は…君はいつも格好良くて、スポーツ万能で皆から好かれるスターなんだ。でも僕は真逆で、、だからこんな奴と連んでばかりいると君まで穢れてしまうから……」

「は?」

「だからっ、僕みたいな不細工と居たんじゃ君が馬鹿にされるって───」


そこまで言いかけた時、彼は僕の肩を強く押した。

勢い余って押し倒された僕は、床に叩きつけられた背中の痛みよりも先に彼の顔に気をとられていた。

彼の顔はいつになく酷く歪んでいた。



「なんでっ……」

「…ッ」


彼は小さく口を動かす。


「なんでお前は分かってくんないの?お前は何年俺の幼馴染みやってんのっ!!俺はずっと、お前をッ……」


今にも泣き出しそうなその顔に僕の胸はズキリと痛んだ。


「…ごめん」


咄嗟に漏れた謝罪の言葉に彼は静かに目蓋を閉じた。

眉間に皺を寄せ、閉じられた瞳からは涙の粒がポロポロと頬を伝い僕の制服に染み込んだ。

僕はそんな彼に手を伸ばして涙で濡れた冷たい頬をそっと指先で優しく撫でた。

彼は寝そべる僕の胸へと顔を埋め、小さな子供の如く泣き続け、僕はそんな彼を何も言わずに抱き締めた。





「…ホントはね、お前を殺して俺も死のうと思ってたんだ」


夕暮れが間近に迫る教室。

辺りが橙色に染まる中、僕は自分の机に腰掛けながら窓際に立つ彼の不意に呟いた言葉に耳を傾ける。


「お前に嫌われたと思ったあの日から俺の人生はドン底だった。何をしても楽しく無くて、やりたいことやって気を紛らわそうとしたけど全然駄目でさ?ストレスばっか溜まると人に当たり散らしたりしてた。だからもう死のうと思って自傷行為に走ったけど死ねないし、もうお前を殺すしかないと思ってナイフまで持ち出した。お前が死んだら、俺も死ねると思って……さ」


掌に握る凶器を見つめながら、弱々しく告げた彼が力なく手を下ろす。


カラン───。


音を立てて床に落ちた凶器の刃は、静かに僕らを映し出していた。


「僕は…別に君を嫌いになったわけじゃ無いよ。ただ、もし僕と居ることで君が周りから馬鹿にされるような事があったら僕には堪えられないって思っただけ」

「でも、俺はお前と一緒にいれないなら意味が無いんだよ…?穢れようが何しようが、お前と一緒にいられないなら周りがどう思ってようが関係ないしさ」


伸ばされた彼の手が僕の手を握りしめると、彼は目を腫らしながら久々の優しい笑顔を浮かべる。


あぁ、僕は間違っていたのかもしれない。


結果的に彼は周りから孤立し、傷ついてしまった。


自分の勝手な判断で決めつけ、彼を此処まで追いやってしまったのだ。


そう思うと目頭が熱くなり、自然と涙がこぼれ落ちていた。


「ごめんっ……本当にごめんね?こんな事になるなんて思わなかったんだ…ッ」

「…泣くなよ」


目蓋を閉じた僕を彼は静かに抱き締めた。

薄ら開いた視界には彼の顔がぼやけて映った。


「じゃあ、もう突き放すのはナシな…?約束!」


そう言って、僕の額に唇を落とした彼は優しい幼馴染みに戻っていた…。




後日。


彼は登校するなりまたもや皆を驚かせていた。

髪は黒く染め、制服をちゃんと着こなし、ピアス等を一切身につけずに明るく挨拶をして教室に入ってきた。


「おっはよ~!皆、今までゴメンね?」


クラスメイト達は何が起きたのか分からないという面持ちで彼を見つめていたが、彼が一言『反抗期だった!』とだけ告げれば、また前のように接するようになった。

僕はその様子を胸を撫で下ろしながら見守っていたが、不意に彼と目が合うと、彼は僕に近付き高らかに宣言した。


「実は、俺の反抗期の原因はこの人でーす!」

「えっ…はぁっ!?」


突如告げられた宣言に僕は彼を見つめると、彼はニッコリ笑い続けて言った。


「彼が長年連れ添った幼馴染みの俺を突き放そうとしたんだ!酷くない?だから俺、グレちゃってさ…そこで皆にお願い!!これからは俺と彼をなるべく放さないようにしてね?じゃないと俺、またグレちゃうから!」


そう言って僕を引き寄せついでに抱き締めた彼は、笑顔とは裏腹に冷たく殺気だった視線をクラスメイト達にぶつけていた。

皆はついこの間までの彼を思い浮かべたのか、口々に『はい』と返事せざるを得なかった。


「わーい!皆、有難う!!」

「ちょっ、いくら何でもそれは……」


彼の大胆不敵な行動に口を挟もうとしたが、彼が小声で『次、突き放したらマジで無理心中するからなっ?』と脅迫してきた事により、僕はそれ以上『はい』と頷く事しか出来なかった。






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