game 25. 晴れた日
やっぱり、引き返そうかな……。
店の中をそっと伺い見て、悠馬は怖気づいた。あそこへ入っていくのは、ちょっと勇気が要りそうだ。ユウマの“ユウ”は悠長の“悠”であって、勇敢のほうではない。
だが一歩遅かった。手元に集中しているかに見えたシオンが、ふいに顔を上げたのだ。しかも、悠馬を見るなりニッコリ笑顔。これはもう、観念するしかない。
「やあ、ユウマ。いいところに来たね」
ドアを開けると、シオンは手を止めずに言った。
改めて店内を確認する。シオンはいつも通りのカウンターの中だ。その足元に誰かしゃがんで隠れているのでもない限り、間違いなく一人きりのはずなのだけれど。
「シオン。これは一体……どういう状況?」
その手はにぎにぎと、
形の揃った完成品がカウンターの上にずらりと並び、その上、テーブル席のほうにはこれまた大量のサンドイッチが、中の具材をチラ見せしながら整列していた。
一瞬の誘惑が悠馬の脳裏をかすめる。この量を一度に食べたなら、体重で三人をごぼう抜き……いや、早まるな。
「今日は天気がいいから、ピクニックしよう」
「ええっ!? なんで、急に」
「天気がいい。それ以上の理由が、ピクニックに必要かい?」
「え、いやぁ……?」
悠馬が答えを導き出す前に、シオンは手を洗ってカウンターを出てきた。
「ハンパー取ってくるから、ちょっと待っていて」
言い残して階段へと消える。
(なんか……、自由人だなあ)
待っている間、悠馬は先程の難問に取り組んだ。「天気がいい=ピクニック」の公式が成り立つのなら、秋晴れの時期には世の中みんなピクニック三昧でなければならない。何か、他の条件が必要なはずだけれど……。
やはり答えに辿り着く前に、シオンが籐のバスケットをいくつも抱えて降りてきた。それにおにぎりやサンドイッチを詰め込むのを手伝って、考えるどころではなくなった。
ゆるくパブの営業をして、日中はチェスしたり、男どもでティータイムしたり。気楽なものだ。こっちは毎日、大学で難しい勉強ばかりしているというのに。
いや、今日はサボってきたけれど。
「カイは公園にいるはずだから、途中で拾っていこう」
おまけに、カイはのん気に昼寝か。
表のドアをロックして、勝手口から出た。悠馬にとっては勝手口を使うのが初めてで、ロールスクリーンの下がった店を振り返ると、ちょっぴり昇格した気分だ。
けれど同時に、今までいつも表から出入りしていたのは、誰かしら店の中にいたからだと気づいた。
ベンチで昼寝していたカイを起こして、イチョウ並木を三人で歩く。散り急ぐ葉っぱの色さえくすみカラーに落ち着いて、いよいよ秋も終わりと告げている。
着いた先は、みんなに初めて会った場所――イチョウの大樹がそびえる広場だった。その足元に並ぶ切株のようなテーブルは、今日はおじさんたちでにぎわっている。あの日に比べれば、こちらもずいぶん地味に様変わりしたものだ。
「そういえば、前にここでやっていたチェス・マッチって……」
ふと思い出して、悠馬はシオンを仰ぎ見る。
二度目の観戦に来たとき、シオンがアナウンスした“次回予告”は三日後の日曜日、午後二時からだった。でも、その時間は三人とも店にいた。悠馬も一緒にいて、シオンの「初級レッスン」を受けていたので間違いない。
「ああ。それなら、この人たちが代わりにやってくれたよ」
「ええっ!?」
改めて広場を見回してみる。むさくるしい、と言っては失礼だが……いや、やっぱり、むさくるしいおっさんばかりだ。カイとノラの対戦を楽しみに来た人たち(特に女性たち)からすれば、とんだガッカリ大賞じゃないか。
「それって、大丈夫だったの?」
「何が?」
「いや、その……、なんて言うか、ちょっと詐欺っぽくないかと」
「アハハハハハ! 詐欺? 何を言っているのかな?」
シオンの笑顔が怖い。
「ちゃんと日曜日の午後二時に、この場所でチェス・マッチは行われたよ。何も約束を
もはや何も言うまい、と心に決めた悠馬の判断も、称賛してもらえるだろうか?
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