game 17. 同級生
次の日は、久しぶりに朝から大学へ行った。
あれから、ノラは店が開く時間になると降りてきたが、サシャの姿は見かけなかった。店にいて見かけなかったということは、帰っていないということだ。
(あのまま、泊まったのかな……)
昨夜はけっこう遅くまで粘った。営業時間でも、たいていは客が少ないから、悠馬は空いている席でチェスの練習を続けられるのだ。
客のほうもほとんどが常連さんらしく、それを見ても気にしないか、応援してくれる人もいる。テーブル席を使いたいとかカウンターがいいとか、みんな気兼ねなく言ってくれて、そのときはチェス盤を持って席を移動すればいいだけなのでこちらとしてもやりやすい。
ノラは店の手伝いで、手が空くとカイと交代して悠馬の相手をしてくれる。注文が立て込んだようなときにだけ、カイも手伝いに入るようだが、そんなことは滅多になかった。
途中、客の減ったタイミングでシオンが夕食を出してくれて、八時か九時台に店を出て帰路につく。これが最近の悠馬のパターンになっていた。その時間帯の電車の時刻表はすでに頭の中に入っている。
「え、おまえ、また女替えたのかよ?」
今日も講義前の教室では、医学部生らしからぬ派手な連中が派手な話題で盛り上がっている。いや、ある意味それも医学部生らしいのか。
「ナースちゃんはどうした? 上手くいってたんじゃねえの」
「何、その乗り換えホーダイ!
「ヒャハハ! 何それ、ウケるぅー」
ちなみに羽舞駅というのは、この辺り一帯で最大の駅だ。多数の路線が乗り入れていて、乗換えが複雑すぎてほとんど
「いや、ナースはやっぱダメだわ。忙しすぎる」
「夜勤とか多いって、言ってたもんな?」
「昨日もあいつ、途中で寝やがるし」
「うわ、かわいそー。ぬまたん、今夜はオレが慰めてあげるヨ?」
そんな話ではしゃぐ同級生に、今日はなんだかホッとする。
医学部には三十代以上の学生もそれなりにいるが、大半が高校卒業後数年以内には入学してくる。大学二回生の現時点では
ノラなんて、あんなSSR級の外国人美女を従えておきながら、浮かれるどころかめんどくさそうな顔さえしていた。あの二人がこの教室に現れたりしたら、ちょっとしたパニックになるんじゃないかな……フフフ。おっと、危ない。修行修行。
ちょうどその時、教室前方のドアが開いて、白衣の男性が入ってきた。たちまち女子学生たちに囲まれる。
「センセー、おはよ」
「ねえねえ、試験どこが出るか教えて?」
「え、それは……わからないなあ」
「去年と同じ感じ?」
「いや、ホントに。オレは試験問題の作成には関わってないから」
実際には先生ではなくて、講義の手伝いで来ている大学院生だ。年上に憧れる一部女子に人気の模様。たぶん、白衣のおかげで三割増しイケメンに見えているのだろう。
見渡せば、今まで「クラスのイケメン」に分類されると思っていたものだって、よく見ればただの「雰囲気イケメン」だったと気づく。どれだけ派手な金髪に染めたところで、滑稽にすら見えてしまう。アニメの実写化に失敗したときのようなうすら寒さだ。こっちは“本物”を見慣れているのだから。
いや、見慣れて……とは、言えないか。美人は三日で飽きる、なんて言うけれど、それはまずマトモに見られるようになってからがスタートだと思う。カイの視線は、いまだ真正面から受け止められない。
「出席とりまぁーす。相沢くーん」
「はーい」
チャイムが鳴って、大学院生が口頭で出欠確認を始めた。古典的な方法だが、代返がほぼ不可能なために好む先生も多い。
ガヤガヤと騒がしさを残しつつ、次第にみんな座席に収まっていく。大学院生は学生と教師の中間的な立ち位置だ。一部の学生にとっては憧れであり、一部の学生にとっては親しみやすい存在であり、しかし現状最も重要な「出席数」を握っている以上、あまり反抗的な態度もとれない。
教室内が落ち着いてくると、悠馬も気兼ねなく周辺観察ができる。
あそこの金髪、よく見ればプリンになりかけじゃないか。これだから、偽物は。
あの斜め前のメガネって、将棋部じゃなかったっけ。そういえば、うちの大学にチェス部ってあるのかな。
散漫な思考に身を委ねているうち、名簿も半分以上を過ぎた頃、前方のドアがガラリと開いた。
学生だったらこの時点でアウトだが、堂々入室してきたのは講義担当の先生だ。学生全員の名前を呼び終わるまでに時間がかかるので、いつもこれくらいのタイミングで入ってくる。
たぶん、チャイムを聞いてからのんびりとやって来るのだろう。それもこの出欠確認方法を選んだ理由なんじゃないかと悠馬は思っている。
名簿が「マ行」に入って、悠馬も聞き漏らさないようそちらに集中した。逃したら、折角来たのに下手すると欠席扱いにされてしまう。
名前を呼ぶ大学院生と学生たちのテンポ良いラリーが続く。
「村田くん」
「はい」
「森さん」
「はい」
「森宮くん」
「はい!」
「矢野く――」
「なんだ、森宮」
教壇で準備を始めていた先生が、突然声と顔を上げた。
「まだ
教室中からどっと笑いが湧いた。
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