game 13. ブレイク②


 頭の痺れるような疲労感は、いつの間にか消えていた。ソファに背を預けると「フン……」と鼻から変な声が漏れた。もしかしたら、口の中の余韻を手放すのが惜しかったのかもしれない。

 誤魔化すために、悠馬は話題を探した。


「……でも、カイって、チェス強いんだな」

「ああ。カイは、チェスのジュニア・チャンピオンになったこともあるからな」


 ノラが教えてくれた。横でマカロンを頬張っているカイ本人よりも、嬉しそうな顔をしている。


「へえ、すごいな。どんな大会?」


 てっきり、地域の子供向けイベントみたいなものだと思って聞いた。もぐもぐタイムのカイに代わって、今度はシオンが答えた。


「デンマークと、あと二つか三つくらいの国の、国際試合だったよね。カイはデンマーク代表の一人に選ばれて」

「えっ、そうなの!? すごいじゃん!」

「まあな」


 ようやく返事をしたカイは、涼しい顔でティーカップに手を伸ばす。こいつの辞書に「謙遜けんそん」という項目はないのだろうか。

 悔しいが、絵になる。


「でも、ノラも強い。そういう大会に出たことがないってだけで、実際オレといい勝負だ」

「この前の賭けも、僅差だったよね」

「それは、カイが最初のうち手を抜いていただけだろ?」


 三人の会話のテンポがどことなく心地好い。あの公園で、チェスの合間に談笑していたときも、こんな感じだったのだろうか。


 二十個以上あったマカロンは、あっという間に消えてしまった。言うまでもなく、ほとんどがカイとノラの腹に収まっていた。


 そしてシオンとノラは食器の片付けを、その間に悠馬はカイと一緒にテーブルまわりの掃除を引き受けた。

 もう少しチェスの続きをやったら、開店準備に入れるよう、念入りにテーブルを拭く。カイはマカロンの食べこぼしを掃討すべく、真剣な眼差しで床をチェックしている。


 カイは普通に日本語を話すので、デンマーク人の父親が日本に移住して、日本で生まれ育ったハーフだろうと思っていた。でも、デンマーク代表ということは、子供の頃は向こうに住んでいたのだろうか?


 庭から差し込む光に透けて、プラチナブロンドがいっそう淡く輝いている。よく見ると、眼のほうも色素が薄いようだ。いわゆるイケメンの代名詞“碧眼”ではないけれど、薄茶色……いや、グレー……?


 その瞳が、真っ直ぐにこちらを向いた。正面から見ても「何色」と言い表しにくい、複雑な色合いだな……と思ったところで我に返って、悠馬は慌てて目を逸らした。


「……賭けって、こういうの、いつもやってるのかよ?」

「まあ、たまにな」

「まさか、オレがやる勝負も……」


 ある人物との賭けだとシオンは言っていた。それもスイーツ賭けた勝負じゃなかろうな? あるいは、こいつらのことだ。それとは別に実際どちらが勝つかで三人の間で賭けをして遊んでいるとか?


「賭けてるけど?」


 まじか。


「白状しろ。今度は何を賭けてんだ? まさか、オレが負ける方に賭けたんじゃ……」

「オレたちは全員、おまえに賭けた。当然だろ」


 向けられた淡い瞳を、悠馬はやはり正視できなかった。


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