game 4. 帰り道
並んで歩くと、カイは思ったより身長があった。悠馬と変わらないか、少し低いくらいだから、一七〇センチ前後か。たぶん、他の二人が長身だから、はた目にはもっと小柄に見えたのだろう。
近くで見ると、いっそう日本人離れした顔をしている。淡い髪色はブリーチをしているのだろうか。肌も白く、鼻筋の通った、繊細な顔立ちだ。
一言で言うと、綺麗だと思った。男に対して使う言葉ではないかもしれないが。
年齢も同じか少し下といったところだろう。外国人は大人びて見えるというから、もしかしたら高校生かもしれない。学校はどうしたのだろう。……まあ、人のことは言えないが。
「デンマーク」
突然、振り向きもせずカイが言った。
「父親がデンマークだ」
「あっ……」
ようやく意味を理解して、悠馬は視線を前方に戻した。顔に出ていただろうか。じっと見過ぎていたかもしれない。
「……ごめん」
「べつに。他に聞きたいことは?」
「いや……」
聞きたいことはたくさんあるが、やめておくことにした。この見た目だから、たぶん今までも初対面の相手からさんざん聞かれてきたのだろう。
店を出る前、シオンに呼び止められて忠告を受けた。
『この子、人見知りだから、つれない態度取るかもしれないけど』
だから話しかけてもあまり反応がないかもしれないと、密かに危惧して様子見していたので、向こうから話してくれたのは意外だった。
内容は、確かにつれない感じだが。それも人見知りしているだけだと思えば可愛いものだ。
ここは、少し自分からも歩み寄ってみるべきか。
「あの、カイくん、って……」
「カイでいい」
「じゃあ、カイ……って、名字? 下の名前?」
なるべくフレンドリーを装ったつもりだが、相変わらずこちらを見もしない。斜め前をスタスタと歩きながら、カイは言い放った。
「そんなこと、おまえに関係あるのか?」
これは人見知りっていうのか!?
「そんなこと言って、いいのかよ? オレが来なくなっても」
カイはようやく足を止めて振り向いた。しめた、と悠馬は心の中でほくそ笑む。こっちは最強のカードを握っているのだ。
だが、その端正な顔に焦りは
「勝負のことか? それなら、他のやつを探すだけだ」
たしかに。それはそうだ。
だけど、自分は難関大学に通う現役医学部生で、人並み以上に頭は良い。おまけに、このところ大学はサボりがちだから時間もある。こんな好条件の相手は探してもなかなかいないぞ。……そう言ってやりたかったが、言うと負けのような気がして、やめた。
黙ってしまった悠馬のかわりに、今度はカイが質問をした。
「なんでシオンが結論を急がなかったか、わかるか?」
わかりません、という返答は、悠馬には馴染みがない。
「あんたがどんな秀才だとしても、初心者がそれなりにチェスの対戦をできるようになるには時間がかかる。ルールはオレたちで教えるけど、どれだけ上達するかはそっち側の問題だ」
そんなことわかっている、と言い返すヒマもなく、カイの口からは立て続けに冷たい言葉が押し寄せてくる。
「引き受けるからには、本気でやってもらう。途中で投げ出すことはできない。かといって報酬が出るわけでもない。“本業”にひびかない程度で構わないが、そのせいで大学の授業に出られなかったとか、勉強ができなったとか、後で文句言われてもオレたちは責任とれない。やるか、やらないか、決めるのはおまえだ」
よくしゃべるものだ。
人見知りという言葉の意味を、あとで確認せねばなるまい。
「何かを犠牲にしなきゃ、始められない。その覚悟ができてから、自分で決めろ」
そこまで言って、ようやくカイは言葉を切った。試すように、悠馬の顔をじっと見る。悠馬はたまらず視線を外した。“正視に堪えない”とは、なにも醜いものばかりを言うのではない。
しばらくそうしてから、カイは再び口を開いた。
「どうした、帰らないのか」
まるで「さっさと帰れ」と追い払うかのようだ。
「……帰るよ! だから、駅はどっちだよ?」
カイは駅まで送ることを引き受けた。それに関しては、ちゃんと責任をとってもらわないと困る。
「ここだ」
「は?」
カイが右手を挙げたので、見るとそのすぐ後ろが駅だった。
マイナーな駅なのだろう、券売機が二台、頼りない電灯に照らされている。あたりは暗くなりかけていた。
「早くしろよ。電車が来る」
高架駅のホームから「まもなく到着」を知らせるアナウンスが聞こえてきて、悠馬は慌てて改札をくぐった。
送ってもらった礼くらいは言っておこうと後ろを振り返ると、白い背中が遠くに見えただけだった。
くそっ。誰があんなヤツの頼み、聞いてやるかよ!
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