長雨

環流 虹向

第1話

熱が体にまとわりつくようになった日に甘え下手な彼は雨が降り続ける夜中に玄関を開けた。


「コンビニ?」


私は玄関先でつま先を鳴らすしんに声をかけると喉を鳴らしただけの寝ぼけた声が聞こえた。


いつもなら何かついでに買ってくるけどと言うけど今日はそういう気が回らないくらい寝起きらしい。


「気をつけてー。」


私もうたた寝のところをたまたま起きたのでついていく気にもならずそのまま寝てしまい、昼前には起きようと思ってかけておいたアラームが鳴った。


まだシトシトと雨が聞こえる中、シパシパな目で壁伝いに歩き、起き抜けのトイレを済ませる。


「しーん…、お昼だけどそうめん食べるー?」


洗面台で手を洗いつつ、アラームでもなかなか起きられない低血圧な清に声を掛けるけど今日は中々なものらしい。


私がそのままベッドに戻るとそこにはタオルケットが乱れていただけで清の姿はなかった。


…あれ、台所?


物音ひとつしなかった台所を見てみるとやっぱり清はいなくてだんだんと体の血の気が引いてくる。


電話を鳴らしながら身支度を済ませて玄関の靴箱に手をかけるとその上に鮮やかな青い紙が置いてあった。


清がいつも仕事で使ってるという大容量のポストイット。


使い勝手が良いと言っていつもカバンに忍ばせていたのをよく覚えていて私も何度か使わせてもらった。


けど、いつものようなサラッとしたものではなく、1日以上続く長い雨で湿気が家まで入ってきてしまったせいでしっとり濡れていた。


そこには少し滲んだ一言。


『今までありがとう。』


その言葉の意味を理解した瞬間、ぽとりと私のサンダルに雨が落ちた。


その日は雨が降り止む夕方までずっと帰りを待った。


けど、電話をしても出てくれない、メッセージを送っても返信なし。


この紙切れ1枚で私たちの関係は終わった。


「…はぁ、くさ…っ。」


私はようやくまともに深呼吸できるようになって清の匂いがする靴箱を開けたまま、部屋の換気をするために小さなベランダがある家の1番大きな窓を開けた。


…こんな時に虹か。


少し遠くに見える豆粒のような人たちは幸せそうな声を漏らしながら携帯を空に向けて虹を保存する。


何もない日だったら私もここから写真を撮ってるに決まってる。


けど、自分の記憶にある虹はもう少し鮮やかだったよなと目の前の薄い虹を背にして日課になりつつある蚊取り線香に火をつけた。


鼻をすすり、蚊取り線香がポトリと一度落ちる頃、虹も消えて赤かった空も淡く青が入ってきた。


「生姜、買いに行くか。」


私はいつも茹でる担当だったけど今日は買い物バッグを手に取り、1人でスーパーに向かった。



環流 虹向/長雨

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