下 あなたを信じます


「なんであなたなんかがユーリ王子の誕生日パーティーに誘われるのよ」


 シンシアお姉様が羨ましそうに私を見る。


「ねぇ、シャーロット。どうせ恥を掻くだけなんだから私と交代しましょうよ。デルファイン家を代表してパーティーに参加するんだから。私が適任ではなくて?」


 いつもの私なら、簡単にお姉様に譲るところだろうが今回は違う。


「いいえ、お姉様。今回は私が行きます。ユーリ王子は私を誘ったのですから」


 言い返されると思わなかったのだろう。

 シンシアお姉様は驚いていた。


 そう。

 この誕生日パーティーだけは絶対に成功させる。 

 ユーリ王子のために。

 私のために……。


 パーティー会場に着くと、名のある家柄の貴族たちが集まって話をしていた。デルファイン家の家柄的にはここに参加しても不自然はない。

 

 だが私はどこか場違いな感じがして、広間の隅でひっそりとパーティーの様子を見ていた。


「おや? これはこれはデルファイン公爵家のご令嬢、シャーロット様ではないですか」


 私に話しかけてきたのは、1人目の婚約者だったダンカン公爵だった。


「まさかあなたがこちらへ来られるとは。殿下に呼ばれて?」

「そうですわ」


 私がそう返すと、公爵はふぅんと軽蔑な眼差しで私を見る。


「ダンカン様もいらっしゃ……」

「すまないが、私に近づかないでいただけますかな? あなたのせいでまた恥を掻きたくないので」

「あ……あの時は本当に申し訳ありま」

「今日のパーティーは特に大人しくしたほうがいいですよ。殿下のためにも」


 私に気づいた人たちがひそひそと話を始める。


「どんくさ令嬢のシャーロットよ」「本当だわ。なんでこんなところに」「近づかないほうがいいわよ」


 やはりここに来るのは間違いだった。

 私は皆が言う通りどんくさ令嬢なのに。


「シャーロット。こんなところにいたんだね」


 ユーリ王子が私に気づいて近づいてくると、ダンカン公爵がそれを遮った。


「殿下。彼女に近づいてはいけません。ろくなことになりませんよ。私も何度も彼女に恥を掻かされたか」

「ろくなことにならない? 私が彼女を誘ったんだ。すまないが、通してくれないか?」


 ユーリ王子は私の手をとって場所を変えてくれた。


「殿下。ありがとうございます」

「どうってことないよ。それよりも歌についてだ。パーティー開催の挨拶の後に皆に披露してもらいたいんだけど、準備はいいかな」

「は、はい。大丈夫です。殿下」


 王子は小刻みに震える私の肩に優しく触れる。


「大丈夫。きっと上手くいくから」


 そう言うと彼は広間の真ん中に立ち、大勢の前で挨拶を始めた。


「お集まりの皆。私のために集まってくれて嬉しい限りだ。今宵は思う存分楽しんでほしい。さて、開催に伴って皆に素晴らしい歌を披露したい。シャーロット。こちらへ」

「はいいい!!」


 出番がきた。

 体は石のようにカチコチになって、足の出し方を忘れてしまいそうだ。

 堂々と歩いて、皆の前で歌わなきゃ。


 あぁ、ダメだ。

 足が上手く上がらない……


 私はドレスの裾を踏んだ。


 それから後はわかるだろう。


 大勢の観客の前で、ものすごい音をたてて転けたのだ。


 周りから笑い声が響く。


「流石はどんくさ令嬢ですわ」「ほんとどんくさい」「なんてはしたないんでしょう。見ているこっちが恥ずかしいわ」


 あぁ、またダメだ……!

 ダメダメダメ。

 もう自分が嫌いになる!


「お手をどうぞ。シャーロット」


 ユーリ王子が私を起こしてくれた。


「怪我はないかい?」

「だ、大丈夫です」


 慰められると逆に涙があふれてくる。

 ますます惨めな気持ちだ。


「殿下。私には無理です」

「忘れたかい? 私を信じて。君の美しい歌を、君の良さを皆に知ってもらおう」

「殿下……」


 逃げてばかりはいられない。

 彼がこんなにも頑張ってくれている。

 私もそれに応えなければ。


「この歌を、誕生日である殿下に送ります……」


 どうか歌うときだけは失敗しませんように。

 私の殿下に対する感謝の気持ちが伝わりますように。

 神様……。


 私は両足を少し開いて、姿勢を正す。

 自然と緊張が解けていき、私は口を広げて歌を披露した。


 話し声が次第に小さくなり、広間は私の声だけが響き渡る。

 楽しい。とても楽しい。

 人前で歌うことがこんなにも楽しいことだなんて知らなかった。


 広間の窓から夕暮れの光が差し込む。

 それはスポットライトのように私を明るく照らしていた。


 歌い終わった。

 辺りはまだシーンッと静まり返っている。

 上手くいかなかったの?


「素晴らしい歌声だ!」


 一人の公爵が拍手をすると、周りがそれに続いて次々と拍手をしてくれた。


「なんていう歌声なの! まるで天使が歌っているみたい」「涙が自然と流れてしまったよ。なんて美しいんだ」「彼女にあんな才能があったなんて知らなかった。また聞きたいわ!」


 良かった!

 私の歌が皆に届いたのね。

 私は嬉しさのあまり、涙を流した。


「皆、聞いてくれ」


 ユーリ王子が私の肩に手を置いて、話を始めた。


「彼女にはこんな素晴らしい才能があることを知ってほしい。そして彼女にはもっと良いところがたくさんあるんだ。だから、これからは彼女への侮辱はやめてほしい。次に彼女を蔑むようなことを言えば、この私が許さない」

「殿下……」


 観客たちは皆頷く。遠くにいたダンカン公爵でさへも悔しそうにしてはいるが、納得している様子だった。


「わかってくれたらいいんだ。さぁ、パーティーを開始しよう!」


 王子の開始と共に音楽が鳴る。

 それからダンスが始まった。

 

「私はもう、皆からどんくさ令嬢と言われなくなるのね」

「シャーロット」


 王子が跪いて、手を差し出す。


「僕と踊ってくれないかい?」

「でも私、へたくそで」

「かまわないよ。君と踊りたいんだ」


 私は彼の手をとる。

 皆が踊っているところで、私たちも加わった。


 殿下のリードがうまいのか、足裁きが早いのか。

 彼の足を踏みつけることなくダンスが続いていく。


「殿下。なぜ私のためにここまでしてくださるのですか?」

「それをここで聞くのかい? シャーロット」

「え?」

 王子は私に近づいて、耳元で囁いた。


「君に一目惚れしたからだよ」

「ひ、一目惚れ!? この私にですか!?」

「君の歌も素晴らしいが、君といるととても楽しいって気づいたんだよ。嫌かな?」


 嫌というかそういう問題ではない!

 私は顔を赤くさせて、彼から視線を反らす。

 

「い、嫌ではないです……」

「良かった。また君の屋敷に遊びにいこうと思うんだけどいいかな?」

「は、はい。お待ちしておりまあああ!!」


 私はまたドレスの裾を踏んでしまう。

 今回は流石の殿下も動けなかったみたいで、彼を押し倒した。


 何か柔らかいものが唇に当たっている。

 目を開けると、それはユーリ王子の唇だった!


「も、申し訳ありませんんんん!!」


 私が急いで彼から離れると、彼は少し照れながら笑った。


「君は本当に面白いね。シャーロット。あはは」


 ユーリ王子の笑顔につられて私もつい笑ってしまった。

 私は私のままでいい。

 そう言ってくれる人がちゃんとこの世界に存在してくれた。

 

 私は少しだけ、ほんの少しだけ自分のことが好きになった。


 完

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どんくさすぎて3回も婚約破棄された私ですが、王子様に見初められました 倉世朔 @yatarou39

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