中 賭け
なぜ。
なぜここに!
「シャーロット。急にお邪魔して悪いね」
なぜ私の屋敷にユーリ王子がいらしているのぉぉ!?
メイドたち全員が緊張して動きがぎこちない。
お母様もいつもより派手なドレスを身に纏っていた。
「ユーリ殿下! こんな狭苦しいところにおいでくださって! 姉のシンシアをお呼びしますからお待ちください」
「いやいや、シャーロットに用があるから」
「え、シャーロットですか!?」
私に?
私は扉の前で立っていたが、ユーリ王子が手招きをする。
「君に会いにきたんだ」
「殿下。私に何か用事でも」
「いいや、ただ会いにきただけだよ。君の歌声を聞きながら近くの湖にでも見に行こうかなと思って。君の屋敷の近くにあるだろう? 湖」
ええ。ありますとも、婚約者を誤って落としてしまったあの湖が。
お母様は焦った様子で殿下に言う。
「あの殿下。シャーロットよりも、シンシアに湖を案内させますわ。シャーロットには荷が重いかと」
「そ、そうですわ殿下! お姉様をお呼びして」
「いや、君がいいんだシャーロット」
ユーリ王子はキリッと真面目な顔になり、真っ直ぐに私を見つめる。
「舞踏会にいる人たちから聞いたよ。君のことを。それで実際にこの目で確かめたいんだ」
「殿下! おやめになったほうが。下手をすれば私のどんくささで怪我をします」
「いや、私はそんなことで怪我をしたり、君を嫌いになったりしない。だから賭けよう。私が君に音を上げたらパーティーには参加しなくていい。だが、そうでない場合は、パーティーに参加してもらうよ。いいかな?」
どうして殿下は私のためにこんなにしてくださるのだろう。そんなに熱心に言われたら、うんと言うしかない。
「わかりましたわ殿下。今日1日私とお付き合いください。きっと皆が言うように呆れて逃げ出すでしょう」
そうだ。
きっとユーリ王子も同じ。
私のどんくささで嫌気が差してすぐにでも音を上げてしまうだろう。
期待も何もない。
ただユーリ王子が怪我をしないように気を付けなければ。
***
私は彼の身体能力を侮っていた。
私が何度こけそうになっても彼はその直前で支え、彼の靴の踵を踏みそうになっても、反射的に避けてくれる。
私の被っていた帽子が飛んでいってもすぐさま駆けつけてとってくれた。
私のどんくさいところを、王子はカバーしてくれていた。
「殿下は毎日鍛えておられるのですか? 素晴らしい身体能力です」
「王子は時に命を狙われるときがあるからね。何かあると体が反射的に動いてしまうのさ」
湖の畔まで到着して、私たちは昼食をとることにした。風呂敷を広げて、カゴを置く。私は殿下にお茶を注いだ。
「殿下。お茶をっとっとぉぉ!!」
「危ない! シャーロット」
風呂敷に滑ってしまい、ティーカップごと殿下の服にかかってしまった。
「も、申し訳ありません殿下……!」
あぁまたやってしまった。
きっと呆れているに決まっている。
「拭けばいいだけだよ。それよりも君が怪我しなくて良かった」
「殿下……」
なんてお優しい人なのだろうか。
流石は王子というべきか。
私はハンカチを王子に渡す。
「ありがとう。ねぇ、シャーロット。1曲歌ってはくれないだろうか」
「私の歌で良ければもちろんです。どのような歌をお聞きになりたいのですか?」
「そうだな。この湖畔に合う歌がいいな」
私は座りなおしてから、声の調子を整える。
「では、1曲だけ」
少しばかり緊張しながらも、私は殿下のために歌を歌った。時折、曲に合わせて鳥が舞い、森の動物たちが聞きにやってくる。風が伴奏がわりにひゅうひゅうと吹いた。
自然との調和を感じながら歌う。
こんなに気持ちいいことがあるのだろうか。
そして私が歌い終わった後、殿下はしばらく余韻に浸っていた。
「美しい声だ。本当に君の声は素晴らしい」
「ありがとうございます。そんなことおっしゃっていただけるなんて光栄ですわ」
「今のところ、呆れるような要素が見つからない。皆大袈裟に言ってるのかな」
いや、それは大袈裟ではなくてただ王子の反射能力と身体能力が高いだけでは。
私は心の中でツッコミを入れた。
「それどころかもっと君のことが知りたくなったよ」
「知れば知るほど、後悔しますわ。殿下」
「そんなこと言わないでよシャーロット。君は君のままでいいんだ」
「ユーリ様……」
私は私のままでいい?
本当にユーリ王子はそう思っておられるの?
あなたの言葉を信じてもいいのかしら。
私たちは昼食を終え、屋敷に帰る準備をする。
「私が風呂敷をしまいますから」
私は立ち上がって、風呂敷を畳もうとした時だった。一陣の突風が吹き、風呂敷が凧のように舞い上がる。
「風呂敷が!」
私は風呂敷が飛ばされないように端を持っていたが風のほうが強くて、体ごと湖の方へ飛ばされていく。
「シャーロット!」
湖に落ちると思っていた矢先、ユーリ王子が私を庇った。
あぁ、私はまたやってしまったのか。
「ユーリ王子……! 大丈夫ですか!?」
湖が浅くて助かったが、王子はずぶ濡れになっている。私は慌てて手を伸ばした。
「殿下! 私に掴まってください!」
王子は黙って私の手をとる。
あぁ、怒ってらっしゃる。
呆れて何も言えないんだわ。
私は下唇を噛んで泣くのをこらえた。
「君も濡れてみるかい?」
「へ?」
「それぇ!」
ユーリ様は私の手をぐいっと引っ張り、私を湖に落とした。
「ひゃああ! つ、冷たいー!」
「あははは! 君もずぶ濡れだぁ!」
彼は怒るどころかこの状況を楽しんでいるみたいだった。
「殿下。怒らないのですか? あなたを湖に落としてしまったのですよ?」
「風のせいさ。君のせいじゃない。こんなこと始めてだからつい楽しくなってしまった。怒る話じゃないよ」
「殿下……」
私たちは湖から出て、何かあった時のために準備していたタオルで体を拭いた。
「それでシャーロット。賭けは私の勝ちだ。私の誕生日パーティーに参加してくれるよね?」
たしかに賭けはユーリ王子の勝ちだ。
でも、やはり行けない。
恥をかくためにパーティーに行くなんて、私の心がもつわけがない。
それに……。
「殿下、やはり私は行けません」
「シャーロット」
「怖いのです! パーティーで恥をかいて、今度こそあなたに軽蔑されるのではないかと。殿下がお優しい人なのはよくわかりました。だから、そんな殿下に呆れられると思うとますます怖くて……」
「シャーロット。約束する。私は決して君を軽蔑したりしない。だから自信をもってパーティーで歌を披露してほしい」
王子はそう言うと、私の濡れた頭を優しく撫でた。
「私を信じて」
彼の優しい声に心が落ち着く。
彼を信じよう。
私はコクリと頷いた。
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