【 Ⅱ 】この作品はフィクションです。 ─ 実際の人物・団体・事件・地名・他の創作ドラマには一切関係ありません ── 【Season Ⅱ 】
るしあん @猫部
第14話 束の間の平和
穏やかな日の暖かさ。のんびりとした空気。そして口にはミルク味。
「あ~、
大江戸嵐は数日前とは全く違ったのんびりとした表情で、椅子にもたれかかっていた。力を抜き、穏やかな休息に身を任せる。風も吹いてこない角部屋なのに、呑気な風が入ってきた気がした。
「よっ、
そんな今日も今日とて暇を持て余す特別調査係の戸を叩いたのは、もちろん丸山だった。彼はだらんと弛緩しきった嵐を認めると、苦笑いを浮かべながら、コーヒーを煎れ始めた。
「ため息吐くのやめたと思ったら、今度はダラダラになるとはね。あれだ、最近の若者は切り替えが早いな!」
「いや~、課長が仕事くれたおかげですよ。おかげで、だいぶ目が覚めました~」
「あ、ああ、そうなの。あのさ、いっとくけど、特別調査係に仕事が無いのには変わりないぞ?」
えらく、リラックスへと振り切れた嵐に戸惑いながら丸山は忠告した。仕事、仕事とガツガツするのも精神衛生上悪いが、ここまで特別調査係へと馴染まれると先々が不安になる。
「仕事は無いですけど、それはどうしようもないですし。当面は吉良さんの秘密を明らかにしようって思ってます」と嵐はのんびりと返事。前回の事件以降、あの奇妙な警部が何者なのかを明らかとするのは、嵐の目標となっていた。それを聞くと、また難しい課題をなどと丸山は苦い顔をした。
「吉良の謎、ねえ。俺もずいぶんと長い付き合いだけど、あいつの家もわからんなあ」
丸山は、何か分かったら教えてくれ、などと言ってカップにコーヒーを注ぐ。コーヒーの香しさが室内に広がって、癒し空間がさらに充実していった。
そういえば、なぜコーヒーメーカーがあるのだろうか。嵐はふと考える。吉良左京は紅茶派で、めったにコーヒーは飲まない。そして、丸山は、なぜコーヒーをここに飲みにくるのか。疑問を口にしてみると。
「ここで飲むコーヒーのほうが
「俺、コーヒー飲むの嫌いじゃないですけど、毎日同じの飲んでても飽きないんですか?」
「お、そんなこと言うか、霊長類最強の女の愛弟子。へっへー、だが今日はね、ちょっと違うんだよ」
そう言って何やら自慢げな丸山に嵐は何のことだと問いかけると、当ててみなと言いたげに意味深な顔を丸山は見せた。
(銘柄も同じだ、というか、俺が買わされたもの。入れた量も昨日と同じ、コーヒーメーカーの設定も変えていない。ついでに髪は……、増えてる様子じゃないよな)
それじゃあ、ともっと範囲を広げて見るとようやく気づく。
「あ、パンダカップが !」
「お、流石は大江戸嵐。よく見てるね~。おニューなんだよ、これ」
丸山が愛用している取っ手がパンダになっているコーヒーカップだが、そのパンダがいつもと違っていた。少しの違いだが目を閉じており、眠っているようである。
どちらにせよコーヒーの味とは関係ないではないか。
「ひまかっプ改め、ねむカップですね」
「……そのひまかっプってのもそうだけど、ネーミングセンスないね、君」
丸山の物言いに嵐は首をかしげる。大学生時代から、何かにつけてみんなに半目を向けられてきたが、そんなに酷いだろうか。嵐はいまいち釈然としなかったが、自分のカップをとりだしてミルクを注いだ。
「名前といえばだ、君の名前は法則に当たらなかったなあ」
「法則?」
「前任者が
「ああ、『か』で始まって『る』で終わるんだ」
「そういうこと。次はどんな名前かなーって思ってたわけだよ。甲斐とか、珍しい奴だと冠城とかね」
外れちまったなー、わはは、と陽気に笑う丸山。そういえば、そもそも前任者こともあまり知らない。特に八年以上も在籍したという嵐の中では仙人として想像される亀川某と、その後も警察で働いているという神代守の二人とは会ってみたいところではあった。後学のために。
コーヒーをひとしきり堪能した丸山は今度は部屋を見渡していう。
「そういえば、件の謎だらけ警部どのは、どこ行ったんだ?」
「あー、昼を食べたら、少し散歩してくるって」
ミルクを飲みながら嵐が言うと、丸山はニヤリとひと笑い。嵐にカップを向けながら言う。
「ははぁ、まだまだ新入り特別調査係には分からなかったか」
「何のことです?」
「そう言って出ていった警部どのが何をしているか、だよ。事件だ、事件」
え? と嵐は呆然とし、一筋のミルクをこぼした。
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