第5話 第一次試験

「それでは試験、始め!」


第一次試験が始まった。目の前に置かれた紙をめくると、おびただしい量の文字が目に入った。時間は2時間。高い集中力の維持と解く速さが求められる試験だ。「迅速かつ正確な判断」を必要とする冒険者になるためには、この課題をクリアしなければスタートラインにも立てない。


問1から問50までは簡単な基礎知識を問われる。魔層迷宮ラビリンスごとの魔気濃度スピリトゥス・レベルだったり、冒険者の職種の種類やそれぞれの役割を答える問題もあった。この辺りは本で勉強したのでよくわかる。


「問50までで15分…いい感じだ。」


問51からは「パーティー」の編成基準を中心とした問題だ。パーティーとは主に3~4人で構成されるグループのことで、ラビリンス探索や魔物討伐にはパーティーで挑むことが基本となっている。さっき会場に来ていたリオ・シュヴァリエも元はパーティーの一員だ。


「パーティーを組めるのは中級冒険者ミドルランカー以上…上級冒険者トップランカーからは単独活動が増える…」


元は、というのは、リンド冒険者組合の定めるところでは、上級冒険者トップランカーは「代行者エージェント」としてパーティーを抜け、単独活動することになっているからだ。


リンド冒険者組合には階級があり、新人が多い育成階級である下級冒険者ボトムランカー、ある程度の実績によって昇級し、パーティーを組むことを認められる中級冒険者ミドルランカー魔層迷宮ラビリンスや魔物討伐に多大な貢献をした一部の者だけが昇級できる上級冒険者トップランカーがある。上級冒険者トップランカーは元いたパーティーを脱退し、探索・討伐の指揮をする責任者の役目を果たしたり、欠員が出たパーティーへの補助を行ったりもする。


「よし、これで100問…時間はあと半分!」


残り半分の時間は、この先の「難問」に使う。

その「難問」とは、「探索・討伐状況判断」だ。


架空の魔層迷宮ラビリンスの構造、魔物の種類と数、味方の状況からいかに「最善の選択」を練りだすことができるかを問う問題。冒険者としての適性を測るのにこれ以上ない問題だ。


「この構造は…周囲が草木に囲まれていて情報が収集しにくい…魔物がいつどこから襲ってくるのかわからないが故に探知系の魔術が一番有効…でも常に探知を全開にしているわけにもいかない…」


思ったより難しい…こうなることを見越して時間を多めに残していたものの、悩んでいる間に残り時間は四分の一を切っていた。


「加えてパーティーの仲間は前線向き…こちらが優位に立つなら…だめだ…森の中を進んだままじゃジリ貧だ…補給地点の湖から最深部までの経路を確保できれば…ん、待てよ?湖?」


ひとつの違和感に思い至り、急いで構造図を見直す。そして気づく。


「湖から、水路が伸びてる…?」


湖を水源として流れる川の存在に。


「…行くなら、ここしかない。」


要するにこの問題は「あなたならどうするか?」というものだ。


僕には…


「耐水25mL、暗視25mL、魔術で効果を倍加…」


ポーションがある。


回答を欄に書きなぐり、ペンを置いたと同時に、試験の終わり告げる鐘がなった。




「くそ!あの問題なんだよ!」

「基本問題からレベルが高かったね…専門知識にもある程度触れておかないと理解しきれない問題も多かったし。」


そこかしこから悲痛な叫びとため息が聞こえる。ドナートはその様子を楽しそうに眺めていた。


「魔術で覗き見か。褒められた行いじゃないな、ドナート。」

「おやおや、誰かと思えば『神剣』様じゃないか。」


冒険者組合の一室。ドナートはそこで、紅茶を片手に空を見つめていた。モノクルがきらりと光った。


「その気になればくせに何を言う。」

「さすが元パーティーメンバー。よくご存じで。」

「で、見込みは?」

「ざっと6割はここで脱落だね。事前計画通りだ。」


今年の試験、実は例年の数倍レベルが高くなっている。近年、多数の冒険者が組合に加入し、独断の危険な行動や無理な探索・討伐など、手に負えなくなっているためだ。


「油断、慢心、うまくいかなかったら責任転嫁…やっぱり人間ってのは面白いよ。まあ、そうじゃない奴もいるみたいだけどね…」


ドナートの視界には、落ち着いた様子で座っているジオ、仮面で顔を隠した少年、そして、コリオが映っている。


「特にあの三人…とても受験者とは思えないね。」

「そう言われても何も見えないんだが…」

「自分で見てきなよ。試験監督でしょ。」

「まあ、それもそうか。」


そう言うとリオはドアに手をかける。


「じゃあ、俺は戻るぞ。…くれぐれも受験者に変な真似はするなよ。」

「はいはい、行ってらっしゃい。」


パタンとドアの閉まる音。紅茶を一口すすり、ドナートはほくそ笑む。


「コリオ・トート…最果ての港街出身、この子だな。ってのは。」


その目は怪しく光り輝いていた。


「あぁ…教えてほしい…『ポーション』とは何なのか、製造法、材料、考案者、使用魔術…隅から隅まで…いや、それより、その脳の中身を…『オクルス』を使えば一瞬で…」


ドナートの周りの空気が渦巻く。手に持っていたカップにひびが入り、紅茶が床を濡らした。


「おっと、いけないいけない。」


モノクルを軽く押さえ、カップを机に置く。


「生き残ってくれよ…僕たちのためにさ。」


視線は依然、コリオに注がれていた。

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ポーションは飲むもの!~しがないポーション売りですが、色々あって冒険者になることにしました~ Eshi @Eshikun

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