第4話 冒険者認定試験

「小僧、本当にありがとな。気をつけて行けよ。お前なら絶対合格できるさ。」

「うん!今までありがとう!じゃあね!」


そして、冒険者認定試験当日。僕はついにリンドの地に降り立った。おしゃれな服やおいしそうな料理の香りが、都会に来たことを実感させる。


「えーっと試験会場は…あ、こっちか。」


ここから、僕の冒険者人生が始まるのだ。




「なんなんだこのでっかい脚…」

「スパっと切られてるぞ。あれ、魔物じゃねぇのか?」


港に集まった人たちは、船に巻き付いたままのクラーケンの脚を見て目を丸くしている。


「俺もびっくりしたさ。船よりでけぇ魔物が襲ってきたんだ、死を覚悟したね。そこを、ちょうど乗ってた冒険者見習いの小僧がスパスパってなぁ…」

「その話、詳しくお聞かせ願えますか?」


そこに、1人の男と、2人の付き人が現れた。


「おい、あのローブ…!」

「ああ、光輝く太陽の紋章…史上最強のパーティー『夜明けの光芒』の『慧眼』ドナート・フィン様だ!」


ドナートと呼ばれた男は右目のモノクルをくいっと上げ、にこやかに民衆の方を見た。


「今は活動停止中ですがね。ああ失礼、船長さん。そちらの大きな脚…『母なる群青の大海ネスカトリア』の周辺に生息するクラーケンのものとお見受けしますが?」

「ああ、今までならあそこの海域は普通の濃度だったんだがな。あんなでけぇ魔物が来るなんて思わなかったよ。」

「なるほど…最近目撃されている現象ですね…よく生還できましたね。」

「ああ!冒険者を目指してるっつう小僧が助けてくれてなぁ!ほんと、あいつは命の恩人だぜ。」

「『冒険者を目指してる』…?冒険者ではないということですか?」

「ああ、それがどうかしたか…」


質問には答えず、ドナートは脚の切断面を見る。その顔が曇った。


「この痕跡、明らかに『魔術』だ。…一般人の魔術の使用は禁じられているのですよ。あの力は、むやみに振り回していいものではない。」

「なっ…」

「申し訳ありませんが、もう少し詳しくお聞きする必要があるようですね。冒険者組合までご同行いただけますか?」

「おい待てよ!あの小僧が助けてくれなかったら、船ごと海の藻屑になってたんだぞ!」

「規則は規則です。その少年はどこに…ああ、試験会場ですね。」

「あいつも捕まえるつもりか!」

「ええ。あ、船の中も調べさせていただきますね。」


ドナートは指示を出し、付き人を船に向かわせる。


「くそっ!そもそもお前たちがちゃんと注意喚起していればこんなことにはならなかったんだ!」

「それについては心よりお詫び申し上げます。貨物船の航路や探索ルートも改める必要がありますね。」

「ドナート様!」


甲板から付き人の一人が顔を覗かせる。手には薄い緑色をした液体の入った容器があった。


「何やら怪しげなものを見つけました!」

「それは…」

「ふむ、見たことのないものですね。少なからず魔術もかけられているようだ。」

「見たことない…?どういうことだ。それは…ポーションは、お前らが作ったんじゃないのか?」

「『ポーション』…?何ですか、それは?」

「あの小僧が言うには…」


一連の話を聞き、ドナートは考える。


「なるほど…これは面白いことになりそうだ。」


モノクルの奥の瞳が、怪しげに光った。




「うっひゃー!でっかい建物!」


冒険者組合の建物。この中で受付をすることで、参加資格を手に入れることができる。


「えっと、コリオ・トート。歳は15です。」


受付を済ませ、広い部屋に通される。中には数百人はいるかというほどの人が集まっていた。


「うわぁ…緊張してきたな。」


周りを見渡すと、前の方に人だかりができているのが見えた。


「やべぇ…あいつがいるなんて聞いてねぇぞ。」

「『英雄』の息子!?俺ら運悪すぎだろ…よりによってあいつとか…」


人の群れをかき分けて見ると、腰に剣を差した少年がいた。背筋がまっすぐで、ひとつの隙もない。


「15歳にして20歳以下の剣術大会で優勝したんだって。」

「大人相手に!?」

「しかも決勝戦の相手は現役の冒険者だったって!」


じっと見ていると、急に彼はこちらを向き、真っ直ぐ歩いてきた。


「おい。」

「へ?」


急に胸ぐらをつかまれる。


「冷やかしに来たなら帰れ。」

「え?」


なんだかわからないけど、どうやらすごく怒っているようだ。


「ここはお前みたいな貧弱な人間が来ていいところではない。」


わからないけど、バカにされたっぽいということはわかった。


「そんな短剣で、魔物を倒せるとでも思ってるのか?」

「僕には魔術がある!」


そう言った時、周囲が少しざわついた。


「あの歳で魔術…?」

「もしかしてあいつもすごいやつなのか?」

「でも魔術を使ったら捕まっちゃうってお父さんが言ってたような…」


真っ直ぐ睨み返すと、少年は顔を歪めた。


そこには、果てしない憎悪が見えた。


「魔術だと…?魔術なぞ、弱者が使う武器だ。」

「魔術は弱くなんかない!僕は冒険者になるんだ!」

「語ってろ。」


いきなり手を離され、尻もちをつく。


「俺はお前のような人間が嫌いだ。故にこの試験中に、必ずお前の心を打ち砕き、二度と冒険者になるなどと言えないようにしてやる。」


そう言うとマントを翻し、その場を去った。


「痛てて…なんなんだよ、あいつ…」


周りの受験者はこちらを見てひそひそと話している。


その時、部屋のドアが開け放たれ、長身の男が入ってきた。周囲の目は、一瞬でその男にくぎ付けになる。


「伝説のパーティー『夜明けの光芒』の『神剣』リオ・シュヴァリエ様だ…!」

「マスター自ら試験監督を!?」

「やあ、志願者諸君。リオ・シュヴァリエだ。今日はよく集まってくれた。歓迎するよ。」


金色の長い髪を後ろに束ねた、壮麗な出で立ちの男は続ける。


「第一次試験は筆記だ。冒険者たるもの、探索や魔層迷宮ラビリンスの知識は必要不可欠だからね。」


そう。これのために、わざわざリンドから来る商人から本を買っていたのだ。


「第二次試験は実技だ。今日のために魔層迷宮ラビリンスを模した設備を用意した。そこで、簡単なレースをしてもらう。道中のトラップには注意するようにね。」


この対策もしている。日中は働きづめだったが、朝や夜にトレーニングを重ねていた。始めに比べれば、ずいぶんましになったと思う。


そして、第三次試験だ。この内容は毎年変わり、傾向が掴めない…今年は…


「第三次試験は協力型の模擬戦闘だ。三人一組で仮パーティーを組んでもらい、こちらが用意した魔物と戦ってもらう。第二次試験の設備を使うから、気を付けてくれ。」


一通り話した後、男はにこやかに笑った。


「第一次試験は隣の部屋で30分後に行う。では、期待している。」


マスターじきじきの激励に、鳥肌が立つ。どの本にもその名が載っているような冒険者のトップを前に、どの志願者も士気が上がっていた。


「よし、頑張るぞ!」


長い長い一日が、今始まった。

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