第3話 旅の途中で
沖に出て十数時間が経ったころ、船は穏やかな航海を続けていた。
「あーよく寝た。」
甲板に出て伸びをする。関節がぱきぱきと鳴る音が聞こえた。
「さすがに三日かかるとなると、暇だなぁ。」
元居た港町からリンドへ行くのには、汽車、馬車、船の三つの方法がある。汽車は早いが高い、馬車は時間がかかりすぎるので諦めた。船なら多少の危険があるものの、一番費用も抑えられる。
「でもこの海域、『
鞄に入れていた本を開く。リンドからやってきた商人から買ったもので、中にはこの世界の出で立ちが描かれている。
曰く、この世界は「
「魔物…実際に会ってみたいなぁ。」
虫のような小さなものから、獣のような大きいものまで、たくさんの魔物がいるが、その中でもひときわ強い、言わば災害級の魔物もいる。そんな怪物が人里を襲うようなことがあれば、人間はたちまち滅亡してしまう。
「そのための、冒険者。」
冒険者はそんな魔物から人々を守ったり、
「あぁ!早く着かないかなぁ!」
「小僧、ずいぶん暇してるじゃねぇか。」
突然の声に振り向くと、この船の船長がいた。白い髭が乱雑に伸び、太いパイプをくゆらせている。
「暇なら掃除を手伝ってくんねぇか。最近人手不足でなぁ。」
「いいよ!その代わり、また何冊か本を借りてもいい?」
「物好きなやつめ。あんなものでいいならくれてやるよ。」
「やった!」
船長からブラシを受け取り、甲板をこする。その間も、何度も本の内容を反芻していた。
「助かった。礼を言う。ほら、書斎の鍵だ。もう日が暮れるから中に入れ。」
「ありがとう!」
すぐさま船長室の隣にある書斎に行き、鍵を開けて中に入る。おびただしい量の航海日誌の中には、この近くにある
「これこれ!」
埃をかぶったそれを手に取り、ぱらぱらとめくる。
「うーん。やっぱりこれも作り話っぽいなぁ。」
「母なる群青の
「小僧は冒険者になりたいのか?」
「うん!そのためにリンドに行くんだ!」
「なら悪いことは言わねぇ。やめておけ。」
船長はどかっと椅子に腰を下ろした。
「今までにもこの船に乗った冒険者はいた…みんな『母なる群青の
パイプを吸い、ゆっくりと煙を吐き出す。
「一番大事なのは命さ。自ら危険に飛び込むようなやつを勇敢とは言わねぇ。それは無謀って言うのさ。」
「それでも僕は…」
その時、轟音とともに、船が大きく揺れた。
「座礁か!?いや、ありえねぇ。航路は絶対に安全なところを通るようにしてる!」
「ってことは…」
急いで甲板に出ると、巨大な影が蠢くのを見た。うねうねと動く複数の触手が船にはりついている。
「魔物だ!大きいよ!」
「くそ!まさかあれか…!」
「あれって何!?」
「ちょっと前、リンドの港で妙な噂を聞いたんだ!なんでも、
リンド冒険者組合の定めるところでは、
「船長!僕に任せてくれない?」
「何言ってんだ!お前はまだ子供だろ!」
「僕があの魔物を引きはがすから、ありったけで加速して!」
「は!?おい、ちょっと待て!」
自分の船室にかけこみ、鞄の中からふたつのポーションを取り出す。ひとつは、海のように澄んだ青色の液体、もうひとつには、きらきらと輝く黒色の液体があった。ふたを開け、それぞれ半分ほど飲む。
「よし、行くぞ!」
船内のキッチンから大振りのナイフを持ち出し、そのまま甲板に出る。
「おい小僧!何をする気…」
その勢いのまま、海に飛び出した。
「小僧ぉぉおおおおっっ!!」
手のひらを合わせ、目を閉じる。
「耐水50mLと暗視50mL、そして…『
…冒険者の中でも、「術師」は特殊な職業である。多大な精神力と体力を必要とするため、苦手とする者も多い。だが、「
それは、自分を中心とする一帯の
「(うげっ、冷たっ!耐冷も飲んどけばよかったな…)」
だが、思った通り、強い海流の中でも体が動かせる。暗闇でも魔物の姿がよく見える。魔物は、8本の脚を持った怪物だった。
「(『クラーケン』!初めて見た!)」
船を捕まえている脚は3本。なんとかなりそうだ。
「(やっぱり
慎重に、ナイフに力をこめる。周囲の水がナイフの周りに集まり、大きな刃となった。
「(よし、これなら!)」
大きな力の気配にクラーケンも気づく。即座に脚の一本をこちらに伸ばしてきた。
「(いいよ!まとめてぶった切る!…『
振り下ろした刃は激流を生み、さらに大きな刃となって…
船に巻き付く脚ごと、両断した。
半分の脚を失ったクラーケンは慌てたように墨を吐き、海底へと恐ろしい速さで消えた。
「(なんだこれ、見えない!でも、なんとかなった…)」
水面に上がると、船長が心配そうな目でこちらを見ていた。親指を立てると、すぐに浮き輪を持ってきて、僕は船に戻ることができた。
「助かった…小僧、強いんだな。」
「逃げてくれて助かったよ。もし反撃されてたら、ポーションの効果も切れて大変なことになってた。」
「ポーション…?なんだ、それは。」
シャワーを浴び、墨を流した後、僕は船長室で暖かいミルクをいただいていた。
「薬草とかいろんなものを調合して、魔術を加えた薬なんだ。これがあればいちいち魔術を使わなくていいから簡単だし、ストックもできるんだ。」
「そんな便利なもんがあるのか…ほとんど海の上にいるもんだから知らなかったぜ。」
「良かったらいる?病気とか寒さとか、いろんなものに効くよ。」
「おう、なら何個か買おうかな。何がある?」
「えーと、耐風とか、耐水とか…あ、使用量には気を付けてね。6時間に100mLまで。それまでなら組み合わせて飲んでも大丈夫だから。」
そうしてその日は、夜の襲撃が嘘だったかのように穏やかに過ごした。
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