第12話 契機

しばらくの間、シエルたちはいつもと変わらない日常を送っていた。依頼を引き受け、山賊を討伐し、海賊を倒し、魔物を駆除して薬草を採取し、さらにはダンジョンに潜る毎日が続いていた。彼らの生活は充実していたが、この日はだけは何か特別な風が吹いていた。


シエルたちの初陣と同じ日に宿舎を旅立った団長ディアンド、ローラン、ハイド、副団長のセトが一月ぶりに帰ってきたのだ。


「お父さん!おかえり!久しぶりね。みんなもお疲れ様!」

 

マーガレットが夕日を背に、彼らを出迎えている姿が目に入った。シエルは自分の部屋からその光景を眺めた後、すぐにディアンドのもとへ向かう。


帰ってきた四人は馬を厩舎に繋ぎ、それぞれ自分の部屋へと戻っていった。


「お父さん!おかえりなさい!」

「親父…...団長、久しぶりだな。おかえりなさい。」

 

シエルとマーガレットは、久しぶりに会う父に喜びを隠せずにいた。


「おお、シエル、マーガレット。元気にしてたか?」

 

ディアンドは変わらぬおおらかな笑顔で二人を見つめる。


「なんだかしばらく見ないうちに、逞しくなったな?」


ディアンドは幸せを噛み締めながら、娘と息子との再会を喜んでいた。


「それと、まずはお礼を言わせてくれ。この剣はあんたが用意したんだろ?本当に素敵な剣だ、ありがとう。」

 

シエルは初陣の際にディアンドから受け取った剣について感謝の言葉を口にした。


ディアンドはニコリと笑い、シエルの肩を軽く叩いた。

その瞬間、シエルは自分が一人前として認められた気がして、嬉しさが胸に広がった。


「今回の任務は、いやあ、まいったまいった…」


ディアンドは深い溜息をつきながら、困惑の表情を浮かべた。


ディアンドは今回彼らが行った仕事について話し始めた。しかし、シエルに少しだけ語ったところで、その話は中断された。


「まあ、この件はこの国全体に関わる問題だ。また夕飯のときに皆に伝えようと思う。」

「そうか、わかった。」

 

シエルは少し残念そうにしながらも、ディアンドの部屋を後にした。マーガレットはそのまま夕食の支度へ向かっていった。


シエルは自分の部屋へ向かう途中、ハイドとローランが楽しそうに話している横を通り過ぎようとしたが、突然、ローランが声をかけてきた。


「お、シエルじゃねえか!元気してたか?」

 

彼の声は明るく、まるで蛮族のような風貌がそのまま元気の源になっているかのようだった。この男、ローラン・グラディウスはブルーム王国でも有名な傭兵の一人である。少し前には、闘技場の剣闘士を一人で五十人も抜き去ったという伝説を持ち、「覇王ローラン」としてその名を馳せていた。しかし、周囲の人々にとっては彼がなぜディアンドの元で働いているのか、未だに謎にだった。


「おう、ローラン、久しぶりだな。そっちこそ元気だったか?仕事はお疲れさま、長かったな…」

「まあなあ、今回色々あって団長から話があると思うぞ。」

 

ローランは一瞬真剣な表情を見せたが、すぐにその表情は明るさを取り戻した。


彼の体をよく見ると、以前からの傷に加えて最近負った傷もちらほらと見受けられた。その体の存在感は、ただの傭兵以上のものを感じさせた。


「ちっ、今回は本当に長くて面倒な仕事だったぜえ。」

ハイドが舌打ちし、今回の任務に対する不満を漏らすように大きなため息をついた。


「ハイドも元気だったか?なんか不機嫌そうだな。」

 

シエルは彼に問いかけた。


「当たり前だろ!国境沿いの騒動の鎮圧の依頼でよ簡単だと思ってたら、まさかの展開になっちまったぜえ。」


この一見軽そうに見える男、ハイドも名の知れた弓使いである。彼はローランと昔からの友人で、剣風団に入る前から何度も共に戦ってきた仲間でもある。


ハイドは弓職人としても活動しており、自分で作った弓と矢を売ったりもしている。その弓の腕前からか、彼は「黒鷲のハイド」と呼ばれ、ローランの「覇王」という異名と共に、剣風団の看板として名を馳せていた。


「なんだよ、何があったんだよ。」

 

シエルは二人におちょくられながらも、尊敬する戦士たちとの再会に心が躍っていた。


「まあ、団長から話があるまで待っておけって!」

ローランはそう言い残し、自分の部屋へと戻っていった。ハイドも「また後でな」と言いながら、同じように部屋に帰っていく。


シエルは少し納得がいかないものの、副団長のセトの元に顔を出した。

 

「あ、セト副団長…お疲れ様です。」


「おお、シエルか。久しぶりだな。どうだ、初陣とその後の任務はうまくいっていたか?」


セトは、慕っている団長ディアンドにその腕を代われ、エレーネ帝国騎士団から引き抜かれ剣風団で働いている。

帝国騎士団の頃には、その黒い鎧の姿から死をもたらす「夜鴉の騎士」と呼ばれ恐れられていたそうだ。

 

セトは黒く大きな騎士の鎧を脱ぎ、身軽な部屋着に着替えていた。その姿は、長い間戦いに明け暮れていた騎士のものとは思えないほど、リラックスした雰囲気を醸し出していた。


「そうですね、特に変わったことはなかったと思います。ただ、もっと俺も団長たちと同じような仕事がしたくてたまらないんだ。」

 

初陣以降、シエルもいくつか戦いの仕事を経験したが、小さないざこざを収めたり、賊を捕えたり、魔物を退治するだけでは物足りなさを感じ始めていた。


「シエル、私たちの仕事がない方が世の中は平和だってことを忘れないでくれ。みんなどこかでまだ武力を必要としているんだ。平和な世の中は、武力なんていらないさ。」

 

セトは自らの武器を手入れしながら、穏やかな声で呟いた。


彼の剣や槍は手入れが行き届いていたが、シエルはそれらから微かに血生臭さを感じた。これまで何人の相手と戦い、命を奪ってきたのだろうか。その想像は、彼の心を重くした。


しばらくすると、夕飯の準備が整ったらしく、マーガレットが宿舎にいる団員全員を呼び回っていた。シエルはセトとの会話を終え、食堂に向かっていたが、途中でリアンとユウリとすれ違った。彼らも今日帰ってきた四人に憧れ、目標としているらしく、その誇らしさと嬉しさが彼らの表情から伝わってきた。いつも元気でおしゃべりなリアンは変わらずだったが、普段冷静なユウリにはどこか異なる明るさが感じられた。


シエルが食堂に着く頃には、ほとんどの団員が集まっていた。今日帰ってきた四人に加え、アヤメ、リアン、ユウリ、シャナ、マーヤ、マーガレット、ヘルムが食事の支度をしていた。


団員たちが一斉に手を合わせると、食事が始まった。


「食べながらでも構わんが、みんなに話がある。良い話と、あまり良くない話だ。どっちから聞きたい?」


ディアンドはニヤリと笑いながら、スープをすすった。


「はいはーい!よくない話から聞いた方が、その後に良い話を聞いて気分が上がるよね?だから、まずはよくないことから教えて!」


いつも元気なシャナが手を挙げて返事をした。


周囲の団員たちは特に異論もなく、あっさりとシャナの意見に従った。


「じゃあ、まずはよくない話からだ……」


ディアンドが話し始めると、食事をしていた全員の手がピタリと止まった。


「もうすぐ戦争が始まる。」


ディアンドの言葉に、シエルたちは驚愕し、一瞬の沈黙が訪れたが、すぐにざわざわとした動きが広がった。


「戦争!?どういうこと?」


シャナやマーガレットが、息を呑んで団長に詰め寄る。


「このブルーム王国と隣国のヴァルディア王国。この二国間での戦争が始まる兆しがあるんだ。」


ディアンドは再び説明に戻った。


「私とセト、ローランとハイドが受けた依頼の先は、ブルーム王国とヴァルディアの国境沿いだった。そこで小競り合いが起きているとのことで、ブルーム王国の騎士団から人手が欲しいと依頼があったが、いざ向かってみると、小競り合いの相手はヴァルディアの兵士だったんだ。彼らが国境を侵犯したところをブルーム王国の国境警備兵が対応し、注意喚起をしたのだが、それに対して無理やりヴァルディア王国は戦を仕掛けてきたんだ。」


戦争の幕開けとしては、意外にも静かな雰囲気が漂っていた。しかし、どうやらヴァルディア王国の兵たちは驚くほどに統率が取れており、ブルーム王国騎士団にも甚大な被害が出てしまったらしい。なんとかヴァルディア兵を退けることはできたが、彼らが再び侵略してくる可能性が高いとのことだった。

そのため、ディアンドたちは国境での警備に一月当たっていたという。


「なんで、ヴァルディアはここを侵略する必要があるんだ?どうして突然?」


シエルは疑問を呈し、皆に問いかけるが、彼らも詳しいことは分からないようだった。


「そう、なぜ攻め込んできたかはわからない。領土拡大のためなのか、欲しい資源があるのか。しかし、そのためにブルーム王国は国防を強化する必要がでてきたんだ。そこで、ブルーム王国騎士団団長の名のもとに、王国騎士団選抜試験が開催される!」


日々努力している団員を思い、活躍の機会と場所ができることに団長自身もどことなく嬉しそうだった。しかし、今の仕事に十分満足している団員も多く、反応は芳しくなかった。特にディアンドやアヤメは、すでに騎士団を辞めてこの活動に満足しているようだった。ローランやハイドも傭兵としての活躍に満足しているため、あまり興味を示していない。


ディアンドは、シエルたちの方をじっと見つめていた。


シエルの心は高鳴っていた。幼き頃から憧れの騎士としての第一歩を踏み出し、団長や他のみんなのように強く、たくましい騎士になりたいという思いは、誰よりも強かった。リアンは明らかに嬉しそうに笑顔を浮かべており、今回の試験に挑戦する意欲を滲ませていた。


「僕、受けます。」


いつも冷静で表情を変えないユウリの突然の言葉に、食堂は一瞬静まり返ったが、すぐにざわめき始めた。


「そうだな、お前ら若手三人が試験を受けるのはいいことだ!必ず良い経験になると思うぞ。」


ローランが三人を見回しながら言い、そのまま肉にかぶりついて食事を続けた。


「確かに、この団の中ではお前たち以外に受ける者はいないだろうな。」


アヤメも口を動かしながら、三人の幼馴染たちを見て後押ししてくれた。


「さて、戦争関係の話はこれくらいにして、もう一つ良い話に行こう。」


ディアンドが気を取り直して、次の話を始める。


「新団員のお知らせです。今日からこの団に入団することになった、アロエ・オレアケアさんです。」


ディアンドが嬉しそうに紹介すると、彼の後ろからひょっこりとアロエが顔を出した。


「みなさん!今日からお世話になります、街の薬師をしています、アロエ・オレアケアです。どうぞよろしくお願いします!」


団員たちは昔からの知り合いであるアロエの入団に心を弾ませ、シエルやマーガレットはもちろん、ローランやハイド、アヤメ、さらには普段怖い顔をしている団員たちも彼女の入団を心から歓迎している様子だった。


「彼女もこれから街の薬師として働きながら、剣風団でも活動してもらう。彼女に向けた依頼を引き受けられるよう、みんなで協力してくれ。」


団員たちは新たな仲間が加わることに歓喜し、戦争の不安などすっかり忘れてしまったかのようだった。


シエルはアロエの加入に喜びを感じながらも、騎士団入団試験に向けて自らを奮い立たせるのだった。

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