第11話 呪いと魔法

「シャナさん、この方です……」


アロエが手を差し向ける先には、衰弱しきって今にも息絶えそうな中年の男性が横たわっていた。彼の顔には深い疲労が刻まれ、目には生気がなかった。


シャナは無言で患者のそばに膝をつき、静かに彼の上に手のひらをかざした。


「探知魔法ルペリオ………」


低く静かな声で呪文を唱えると、男性の体がほのかに光り、すぐにその光は消えていった。


「シャナさん、今何をしたんですか?」


アロエが不安げに尋ねたが、シャナは目を閉じたまま集中している。


シエルはその光景を黙って見守っていた。シャナの真剣な表情に圧倒され、言葉を失っていたのだ。


「ふふ、やっぱりね。彼は誰かに強力な呪いをかけられているわ。通常なら、その呪いの根源や術者とのつながりを断たない限り完治は難しいんだけど、今の状況ならなんとかなるかもしれないわ。」


そう言うと、シャナは懐から厚い魔法書を取り出し、手早くページをめくり始めた。


「あった、これ試してみようかしら。」


シャナが開いたページを、シエルとアロエが覗き込む。しかし、二人には難解な文字と図形が並ぶその内容を理解することはできなかった。


「その魔法で彼はよくなるんですか?」


アロエは不安げな瞳でシャナの顔を見つめ、声を震わせた。


「でもね、その前に……この呪いについて、もう少し知る必要があるの。」


シャナは真剣なまなざしを男性に向けると、彼に優しく問いかけた。


「ねえ、何があったのか教えてくださる?」


病床に伏す彼は、力を振り絞るようにして、かすれた声で話し始めた。意識は朦朧としていたが、彼の言葉には恐怖と困惑が滲んでいた。


「あれは……港で漁をしていたときのことだ……網を引き上げたら、不思議なものがかかっていた……最初はただのガラクタだと思ったんだが……よく見て、水で汚れを落としてみると……何か文字が彫られた宝石のようなものだった……」


彼の声は弱々しかったが、その言葉には何か恐ろしいことが起きたのだという重みがあった。シエルとアロエは息を呑み、シャナはさらに真剣な顔つきで話を聞いていた。


よろよろな声で彼は自らに起きたことを話したが、途中で咳き込んでしまいうまく話がつづかなかった。


「大丈夫?ウッドさん、ここからは私が少し話すわ。」


アロエが彼の代わりに話し始めた。


「彼は、帰り道に何か黒ずくめ服装をした人物に声をかけられたらしく。その男はそれを譲ってくれといったようなんです。

ですが、彼は高く売れるかもしれないと思い断ったら、なにか気が遠くなりしばらく気を失っていたようなんです…それから私の診療所に診察に来るようになったの…絶対その男の人に何かされてますよね!!?」


アロエは話すと、なぜ魔法の影響だと気づかなかったのかと落ち込んだ。


「そうね、彼が何かされたのは間違いないけど、その謎の男の人が何か鍵を握っているのは間違いないわね。わかったわ!ありがとう。どうにかなるかもしれないわ。」


そういうとシャナは横たわる漁師ウッドに魔法を唱え始めた。


「解呪魔法、アンカリム…」


白い光がウッドを包み込むと何かウッドの体から黒いモヤのようなものが出て消えっていった。


「ふう、簡単な呪いでよかったわあ。

これで体調も回復していくはずよ!安心して!」


シャナは呪いの解除に集中した後、ふと額に滲んだ汗を指でぬぐった。その仕草に合わせて、長い髪がふわりと揺れ、光を反射して美しく輝いた。

アロエはその瞬間を見届けると、すぐにウッドのそばに駆け寄り、しばらく彼の脈をとり、心拍や呼吸を確かめ始めた。


「すごい……本当に落ち着いてきてる……!」

アロエの声には安堵と驚きが混ざっていた。涙を浮かべた瞳でシャナを見つめると、感謝の気持ちが溢れ出し、そのままシャナに飛びつき、泣き出してしまった。


「うわああん!本当にありがとうございます!よかった……!よかったよぉ……!」


アロエの肩が震え、涙が次々とこぼれ落ちる。彼女はずっとウッドの体調が回復しないことに責任を感じ、毎日不安に苛まれていたのだ。その不安が解消された瞬間、心にかかっていた重荷が一気に崩れ落ち、彼女は感情のままに泣き続けた。


シエルは、そんなアロエの姿を見たのは初めてだった。彼女がこれほど感情を露わにするところを目にすることがなかったため、少し戸惑いながらも、その涙に胸が締め付けられるような感覚を覚えた。


「ちょ、ちょっと、アロエちゃん……落ち着いて……」

シャナは抱きつくアロエを軽くなだめながら、困ったような表情を浮かべた。そして、シエルの方に視線を向け、少し助けを求めるように呟いた。


「……シエルぅ、なんとかしてよ……」

「なんで俺を見るんだよ、ふふ、よかったな、アロエもウッドさんも……」


シエルはシャナに困った顔を向けられたが、その表情に微笑みがこぼれた。アロエの喜びとウッドの回復を目の当たりにし、胸の中に暖かい感情が広がっていた。

しばらくして、体調が戻ったウッドが静かに眠りに落ちると、シエルたちはアロエの診療所でお茶とお菓子のおもてなしを受けていた。


「今日は本当にありがとうございました!私、もっと魔法を勉強します!」


アロエが突然、立ち上がり勢いよく宣言する。


「ふふ、それはいいわね!魔法も立派な医学の一部よ。治癒魔法なんか、特に役立つことが多いわ!」


「俺も今日は勉強になったな。魔法って、誰でも使えるものなのか?」


シエルも興味を持ち始め、真剣に尋ねた。


「そうねぇ、人によって得意な魔法は異なるけど、基本的には鍛錬と勉強次第で多くの人が使えるようになるわ。私の場合、空気を操る魔法が得意だけど、火や雷なんかの簡単な魔法も使えるわよ。あとは、古い本に書かれている魔法も、原理を理解できれば扱えることが多いわね。」


シャナが誇らしげに答えると、シエルはさらに魔法への興味を深めた。


「でも、やっぱり魔法を使える人って貴重だよな……」


シエルは、今まであまり魔法使いに出会ったことがなかったため、その力に対する尊敬を感じていた。


「そうね。魔力をコントロールするのは難しいのよ。体内を巡る魔力や、大気中の魔力を自在に扱うのは、まさに科学者が自然の法則を研究するようなものね。毎日、試行錯誤して魔法を極める努力が必要なの。」


シャナの言葉に、シエルとアロエは黙々と耳を傾けた。魔法の世界がこれまで以上に広がり、二人の心に新たな刺激を与えていた。


「さて、そろそろ帰りましょうか。」

シャナは大きく伸びをして、シエルの方を見た。


「そうだな、帰ろう。じゃあな、アロエ!ウッドさんにもよろしく伝えといてくれよ!」

シエルは笑顔で手を振った。


「もちろん!また来てね!」

アロエも笑顔で手を振り返す。


すると、アロエは少し躊躇しながらも、シャナに一つの願いを口にした。

「あの……シャナさん、もしよかったら定期的に魔法を教えていただけませんか?」


シャナは一瞬考えた後、優しく頷いた。

「もちろん!その時は一緒に頑張りましょう。」


こうして、シエルとシャナは診療所を後にし、宿舎へと戻った。

いつもと変わらない宿舎の光景が広がっていたが、シエルには少し違って見えた。魔法という新たな知識が日常に彩りを加え、剣の修練や魔法の勉強、依頼をこなすことへの意欲がますます高まっていったのだった。

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