第10話 ダンジョン
「えっ……ここは一体何なんだ?」
シエルは驚きで目を見開き、周囲を見渡した。
「はい、説明するわね!」
シャナは軽やかに笑いながら話を始めた。
「シエルも少しは聞いたことがあると思うけど、ここは『ダンジョン』と呼ばれる遺跡なの。私はあちこちにあるダンジョンを調査しているのよ。」
彼女の言葉にシエルは耳を傾けた。
この世界には、魔力が自然に溜まりやすい場所が存在し、時折その力が地形を変えることがあるという。ダンジョンはその結果生まれたものであり、内部には強力な魔物が棲みつくことが多い。一般の人々が迷い込むと、魔物に襲われたり、魔力の迷路に囚われ、二度と外へ出られなくなることもあるらしい。そのため、エルフ族であり、魔法に長けたシャナが、こうした場所の調査を引き受けているのだ。
「今回は、このビネットの街近くで新たに発見されたダンジョンを調査するの。シエル、ちょっと手伝ってくれる?」
シャナの頼もしい笑顔に、シエルは頷いた。
「さてと、迷い込んだ人はいないかな? それとも、とんでもないお宝とか?」
好奇心旺盛なシャナは、シエルを気にも留めず、瞳を輝かせながら探索を始めた。
「ちょっと待ってくれよ。俺はどうしたらいいんだ?」
シエルは困惑しながらも声をかけたが、彼女の背中はすでに遠ざかっていく。
シエルはダンジョンの中に漂う重々しい魔力を感じ、その圧力にじわりと体が締めつけられるのを感じた。普段は冷静な彼も、この異質な空間では、動きが鈍くなる。
だが、ふとシャナの周囲に柔らかな光が浮かび上がり、彼女の体を魔力のベールのようなものが包んでいるのが目に入った。どうやら、ダンジョン内では自然に体を魔力で覆い、外からの影響を防ぐ術が必要らしい。
「なるほど、ああやって身を守るのか……」
シエルは見よう見まねで、自分の体全体に意識を集中させ、深い呼吸を繰り返した。魔法というものを見たことは何度かあるが、実際に自分で魔力をコントロールするのは初めてだ。緊張しながらも、心の奥底から少しずつ魔力が流れ出す感覚がわかり始めた。
その一方で、シャナは目の前に広がる古代の遺物に興味津々で、あちらこちらを調べ回っている。壁の模様を指でなぞり、時折うれしそうに声を上げる姿は、子供のようだった。
突然、洞窟の奥から女性の悲鳴が響いた。
「なに今の悲鳴、聞こえた?」
「聞こえた! 誰かが迷い込んでしまったのかもしれない。助けに行こう!」
シエルは魔力のコントロールに少し慣れてきたことを確かめ、シャナと共に悲鳴の主を探し、駆け出した。
「待って、シエル。あなた、この空間でも大丈夫なの?」
シャナは少し驚いたように、シエルを見つめる。
「まずは魔力のまとい方を教えようと思ってたのに、もう自分でできちゃったのね! すごいじゃない!」
彼女は感心したように笑みを浮かべた。シエルも一瞬戸惑いながらも、初めての魔力のコントロールに胸を躍らせた。
しばらく進むと、徐々に悲鳴の声が近づいてきた。
「シエル……あの奥、見て。とんでもなく大きな魔物がいるわ。」
シャナが指し示した方向を見やると、そこには巨大な熊のような魔物が、岩陰に隠れた人間を襲っていた。
「早く助けないと……」
シエルは焦り、シャナの制止を振り切って剣を抜き、駆け出した。
熊の魔物はまだシエルに気づいていない。シエルは一気に距離を詰め、喉元へ剣を振り下ろした。しかし、魔物の本能的な反応が早く、急所を狙った攻撃は浅くしか刺さらなかった。普通の熊ではあり得ないほど巨大なその獣は、シエルの存在に気づくとすぐさま鋭い爪を振りかざす。
「くっ……!」
シエルはその攻撃を間一髪でかわしたが、その瞬間、魔物は大きく息を吸い込み、炎の塊を吐き出してきた。
「避けられない……!」
目の前で迫る炎に、シエルは思わず目を閉じた。次の瞬間、彼の前に薄く光るシールドが現れ、炎の攻撃を防いだ。
「シエル! 無茶しすぎよ! ダンジョンのことをもっと理解してから動きなさい!」
シャナがシエルに向かって叫びながら、両手を前に突き出して何かを唱えていた。
その瞬間、空気が切り裂かれるような音が響き、見えない刃がシエルの横をすさまじい速さで通り過ぎた。次の瞬間、魔物の首がスパッと切り裂かれ、巨体は音を立てて地面に崩れ落ちた。
「な、なんだ今の……? 何をしたんだ?」
シエルは目の前で繰り広げられた出来事に、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「今のはね、魔力を圧縮して、鋭く研ぎ澄まして放出したの。まあ、ちょっとした魔力操作の応用ってやつね。」
シャナは微笑みながら説明したが、その顔にはわずかに疲れの色が見えた。
シエルにはシャナの言っていることがよく理解できなかったが、彼女の魔法の威力が圧倒的だったのは確かだった。団長から授かった名剣ですら、あの魔物の毛皮を貫くには不十分だった。
「こういう魔力が溢れすぎている魔物は、全身に分厚い魔力の膜をまとってるのよ。だから、こちらも相応の魔力を使わないと太刀打ちできないの」
シャナはさらりと言いながら、最初に魔物が襲っていた岩の隙間へと向かった。
「大丈夫? 怪我はない?」
「ううう、怖かった……本当に助かったわ、ありがとう……」
そこにいたのは、ビネットの街の薬師アロエだった。
「アロエ!なんでこんなところにいるんだよ!」
驚いたシエルが駆け寄る。
「あら、シエルも一緒だったのね。本当にありがとう、助けてもらってなかったら、死んでたわ……」
アロエは埃を払いつつ、シエルとシャナに頭を下げた。
「でも、どうしてこんな危険な場所にいたの?ここはただの洞窟じゃなくて、ダンジョンなのよ?」
シャナが穏やかに問いかける。
「それがね……薬の調合に必要な鉱石を探してたのよ。でも気づいたら迷い込んでしまって……出口に向かおうとしたんだけど、あの魔物に見つかって……それで、この岩の隙間に逃げ込んでたの。あと、シャナさん、お久しぶりです」
アロエは状況を説明しながら、軽くお辞儀をした。
「もし俺たちが来なかったら、どうするつもりだったんだよ!」
シエルは少し怒りを込めて問い詰めながらも、アロエが無事であることに胸をなでおろした。
「ごめんなさい……一応、簡単な武器とか持ってて、弱い魔物くらいなら対処できるつもりだったの。でも、まさかここがダンジョンになってるなんて……」
アロエは深いため息をつきながら、肩を落とした。
「ところで、その薬の材料の鉱石は見つかったの?」
シャナが問いかけると、アロエは少し困った表情を浮かべながら答えた。
「それが……実は今、私の診療所で様子を見ている患者さんがいるんだけど……」
アロエは状況を説明し始めた。
しばらく前から診療所で看病している患者の具合が一向に良くならず、免疫力を高めるために薬を調合する必要があったという。そのため、魔力を多く含む鉱石を探しに来たが、まだ見つけられておらず、ただの石ころも手に入れていないらしい。アロエはため息をつき、肩を落とした。
「そう……それで、その患者さん、他にどんな症状が出ているの?」
シャナは心配そうに続けて質問した。
「寝ている間、ずっとうなされていて、食欲も全くなくて……どんどん衰弱していくの。毒や感染症の検査もしたけど、何も異常は見つからなくて……。だから、もしかしたら魔鉱石の力が役に立つかと思って……」
アロエの声には焦りと諦めが混ざっていた。
シャナとアロエの話を聞きながら、シエルは静かに立ち尽くしていた。
医学や魔法に詳しくない自分には、話に入ることもできず、自分の無力さを痛感していた。
「街に戻ったら、その患者さんを診せてくれる?もしかしたら、それって呪いの一種かもしれないわ……」
シャナは眉をひそめ、深刻そうにアロエに提案した。
シャナはその患者の症状に心当たりがあるらしく、思案に沈んでいるようだった。
アロエは、薬や医学の限界に直面しながらも、シャナが加わってくれることにどこか安心した様子を見せていた。
「さて、ダンジョンの雰囲気もつかめたし、そろそろ街に戻りましょうか。」
シャナが軽く微笑んで言った。他に誰も迷い込んでいる様子もなく、シエルたちはダンジョンを後にすることにした。
「シャナ姉、この遺跡、なんだか過去に誰かが使っていた形跡があったよな。」
シエルは歩きながら、ふと疑問を口にした。
「そうね。ダンジョンがいつから存在するのか、どうやって形成されるのか、まだ解明されていないことが多いの。でも、古代の遺物や歴史的なお宝が眠っていることもあるのよ」
シャナは目を輝かせて語った。
三人はダンジョンの入口に注意喚起の立て札を設置し、ラティルスの街の冒険者ギルドまで報告の書類を提出することにした。
洞窟を抜けてビネットの街へたどりつくと、いつも通り街は活気に満ち、人々が賑やかに行き交っていたが、シエルたちは急いでアロエの診療所に向かった。
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