第9話 魔法の世界
翌朝、シエルは心地よい眠りからさっぱりと目を覚ました。宿舎の廊下をゆっくりと歩きながら、周囲の静けさに気づく。団長やセト副団長、それにハイドとローラン、昨日別の任務に出向いた彼らはまだ戻っていないようだ。シエルは大広間に向かい、掲示板に貼られた依頼の紙をぼんやりと眺めた後、いつものように朝の鍛錬に向かった。
走り込みや剣の素振りをしていると、しばらくして、元気な声が宿舎に響いた。
「みんなー!朝ごはんできたわよー!」
マーガレットが、団員たちを食堂に集めていた。
食堂には、すでにアヤメ、マーガレット、リアン、ユウリが席についていたが、昨日は見かけなかった何人かの団員も顔を揃えていた。一人は、密偵としてどこかの軍に派遣されていたヘルム。もう一人は、剣風団に所属しながら、各地の騎士団や自警団を渡り歩く騎士、ランス。
そして、エルフ族の女性シャナも、すでに朝食をとっていた。
「お、おはよう、みんな!」
シエルは、久しぶりに会う彼らに少し緊張を覚えたが、なんとか挨拶をする。
「シエル!久しぶりじゃない。元気にしてた?」
シャナが明るく声をかける。
「シャナ姉さん!おう。元気、元気!しばらく見なかったけどどこに行ってたんだ?」
「私はね、ちょっとリシエン公国に戻ってたのよ!あ、そうだ、お土産があるのよ。食べてみて!」
シャナは楽しそうに、リシエン公国から持ち帰ったという謎の果物を差し出す。それは独特な甘みと酸味が絶妙なバランスで、シエルは一口かじってその美味しさに驚いた。
「美味しい!初めて食べたよ。なんていう食べ物なんだ?」
「これはね。『エアベリー』という果物で見た目はイチゴのようなんだけど、リシエンの森でしか獲れないのよ、リシエンの風の精霊の加護で実のるという話よ。」
ブルーム王国のことしかわからないシエルにとっては、他の国々へと興味を引くことになった。
「そうなのか、リシエン公国はエルフ族の国なんだよな。やっぱりこことは雰囲気は違うのか?」
「そうね、リシエンは長寿のエルフの国、大昔から存在するわ。他の国とはだいぶ違う雰囲気ね。自然と共存というのが特徴かしら。
でもたまにエルフ以外の種族も見かけるわよ。」
シエルは頷きながら話を聞いていた。
「他の国にも行ったことあるのか?」
「人間の国はそんなに多くないけど、このブルーム王国から北の方に行くと、ドワーフたちの中立国ヴァイエン。 南へ行くと獣神たちの島々、オルグ王国があるわ。あとは竜族と言って、神話の時代に存在したと言われる種族がいるらしいのだけど、出会ったことはないわ。どこにいるのかもわからないわね。」
シエルもドワーフやエルフ、獣神族といった種族は知っているが、あまり出会ったことはなかった。また、竜族という種族については初めて耳にした。
「でもこのブルーム王国には数多くの種族が住んでいるわよ、人間の国でも本当に優しい国で自由に外交をしているものね、私たちエルフもブルーム王国ではとても過ごしやすいの。」
「そうなのか、他の人間の国はどうなんだ?」
「うーん、簡単に説明すると、この大陸で今一番の力を持っている国はエレーネ帝国よ。
人間の国ね。神話の時代の話まで遡ることになるけど、もともとこの大陸は一つのエレーネ大帝国だったの。それから色々あって、それぞれの国に分裂していったわ。人間の国としえは、このブルーム王国、その東のヴァルディア王国、そしてどこにあるかわからない国、シルヴァン王国というのも聞いたことあるわね。」
シエルは興味津々と国々の話を聞いていたが、歴史や神話についても一般的な知識として徐々に知識をつけなければとつくづく思った。
「まあ、そのうち色々なところに行けるわよ!はあ、みんなが元気そうで何よりだわ!」
シャナは明るい笑顔で周囲を見渡し、久しぶりに剣風団の仲間たちと再会できたことを心から喜んでいるようだった。
「実は、今日ね依頼があって出かけるんだけど、シエル、一緒に行かない?」
シャナは、にこやかにそう言ってシエルを誘った。その無邪気で天真爛漫な様子に、シエルは思わず笑みを返してみた。
シャナに連れられて、シエルはビネットの街から少し離れた海岸沿いの洞窟へと足を運んでいた。波が打ち寄せる音が耳に響く中、シエルはふと尋ねる。
「こんな場所で一体何をするんだ?」
「まあまあ、ついてきたらわかるわよ!」
シャナは、波音にかき消されそうな声で笑いながら応える。
洞窟の入り口を抜けると、そこには幾人もの足跡が残されているような痕跡が見られた。破れた服の切れ端や、焚き火の跡が岩肌に引っかかっており、この場所が長い間、人々の出入りがあったことを物語っている。しばらく歩くと、次第に周囲は暗くなり、視界がぼやけ始めた。
「待って、シャナ姉。たいまつを作る。」
「大丈夫、必要ないわ。私が照らしてあげるから。」
そう言うと、シャナは右手の人差し指を天井に向けた。指先に小さな火の玉がぽっと灯り、周囲を明るく照らす。
「すごい……さすがだな!やっぱり魔法って便利だよなあ。俺も使えるようになれるかな。」
シエルは目を輝かせて感嘆の声を上げた。
「ふふ、これくらいの魔法でも最初は意外と難しいのよ。でも、それはまた今度教えてあげるわ。今は先に進みましょう」
二人は、シャナの灯りを頼りにさらに洞窟の奥へと進んでいった。しばらく進んだところで、シャナが突然立ち止まった。
「この辺ね。」
彼女は周囲を慎重に見回すと、壁に向かって手を伸ばした。そして、驚くことにその腕が壁にすっと吸い込まれていく。
「ちょっと待て!シャナ姉!」
驚いたシエルは駆け寄るが、シャナは落ち着いた笑顔を見せた。
「大丈夫よ、シエルもこっちへ来なさい!」
彼女の言葉に促され、シエルは覚悟を決めて壁に飛び込んだ。すると、次の瞬間、彼の目の前には広大な空洞が広がっていた。
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