第8話 決意
しばらくして、この辺りで一番大きな街であるラティルスに駐屯している騎士団の一隊が、村へと駆けつけてきた。騎士たちは、アヤメやシエルたちに深々と頭を下げると、まずは山賊たちの身柄を厳重に拘束し、彼らを馬車に乗せてラティルスの街へと戻っていった。
残った騎士たちは、一人ひとり、今回の襲撃で命を落とした村人たちへ、静かに祈りを捧げていた。村に漂う静寂の中、彼らの祈りは、亡き者たちの魂に届くかのように慎ましく響いた。
「この度は、山賊討伐にご尽力いただき、心から感謝申し上げます。剣風団の活躍は、以前から存じ上げております。私ども騎士団が、ビネット周辺や辺境の地にまで手が届かないことが多く、恥ずかしながら、対応の遅れを常に悔いております……」
騎士団のリーダーらしき若い青年が、悔しさと感謝の入り混じった表情を浮かべながら話していた。彼の顔には、事件に間に合わなかった無念さがにじんでいたが、それでも自らの責務を果たそうという決意が伝わってくる。
その青年はゾルと名乗った。彼は、ビネットの東に位置する都市ラティルスから派遣されてきた。
シエル、リアン、ユウリの三人は、あこがれのブルーム王国騎士団について、好奇心からゾルにいろいろと質問を投げかけた。
ビネットの街へと戻る馬車の中、ゾルは親切に彼らの質問に答えてくれた。彼の話によれば、彼自身はブルーム王国の王都アーノルディに本部を置く王国騎士団に所属している。一般の兵士は国中の都市へ派遣されているが、すべての地域を網羅するには至っていないという。そのため、騎士団の手が届かない街には、それぞれ自警団が組織されている。剣風団もその一つとしての活動が認められているのだという事。
ゾルの話を聞くうちに、シエルたちは剣風団が果たしている役割の大きさを改めて実感した。それはただの戦いではなく、人々の命を守るための大切な使命だったのだ。
「とにかく、市民が安心して暮らせるように尽力するのが我々の使命です。しかし、全てを守りきれるわけではありません……」
ゾルはそう言いながら、ふと寂しげな表情を浮かべ、泣き疲れてアヤメの膝の上で眠る少女に目をやった。
「もう少し早く気づいていたら、村の悲劇をもっと早く防げたかもしれないのに。」
そのつぶやきに、シエルも同じ無力感を抱かずにはいられなかった。
ビネットの街に到着したシエルたちは、まず避難してきた村人たちの中に、少女を知る者がいないかを尋ねることにした。避難所となっている屋敷へ向かうと、そこには多くの村人が身を寄せていた。多くの人が命からがら逃げてきたようで、村の悲惨な状況を知っている様子だった。
すると、少女の母親と思われる女性が、涙を浮かべながら駆け寄ってきた。
「ああ、リリー!リリーなのね!」
「お母さん!お母さん!」
母と娘が再会し、固く抱き合う姿に、周囲の人々も安堵の表情を浮かべた。しかし、その一方で、村の被害は甚大で、山賊に立ち向かおうとした多くの男性たちが命を落としていた。リリーの父も、その一人だった。
剣風団と騎士団は、村の現状を説明し、討伐した山賊についての報告を行った。ゾルは、ビネットの街や周辺の村々をラティルスの騎士団の保護下に置くと宣言し、復興のために騎士団が積極的に支援する意向を示した。
帰り際、リリーがシエルたちに近づき、静かに感謝の言葉を口にした。
「お兄さんたち、助けてくれてありがとう。」
その小さな声は、初陣だったシエルや、ユウリ、リアンの胸に深く響いた。アヤメやゾル、そして他の騎士たちの心にも、その言葉は強く刻まれた。皆、それぞれの胸の内で誓う。すべての人が安心して暮らせるように、もっと強くなり、もっと多くの大切なものを守らなければならないと。
「では、私はこれで失礼いたします。また近くに寄った際にはご挨拶に伺いますので、皆様もラティルスにいらっしゃる際はぜひお立ち寄りください!」
ゾルがそう告げると、彼らの一行はビネットの街を後にした。
その夜、剣風団の宿舎に戻ったシエルたちは、いつもと変わらない夜を過ごしたはずだった。しかし、どこか微妙に何かが変わった気がした。食事は口にするものの、なかなか喉を通らず、ベッドに入っても眠れない。シエルは目を閉じると、自分が切り捨てた山賊の顔が脳裏に浮かんで離れなかった。彼にも血のつながった家族がいるかもしれない、父や母の存在があったのだろうかと考える。山賊に襲われて命を落とした村人たちの姿、血を流し倒れている光景が、彼の心を重く締め付ける。
体験したことが、忘れられない。シエルは眠れずにいた。夜風にあたりながら、星々が広がる空を見上げていた。しばらくすると、リアンが姿を現し、シエルの隣に腰を下ろした。
「なんだ、お前も眠れねえのか。」
「リアン……お前もか?」
「仕方ねえよ。あんな光景を見ちまったら、どうしても考えちまう。モヤモヤして、眠れねえんだ。」
リアンは乱れた髪を掻きながら、深いため息をついた。
「そうだよな。俺は団長みたいに、カッコよくて、強くて、みんなを守れる人になりたいって、それだけを考えてきたんだ。ただそれだけで、剣を振って、戦術を学んできた。でも、人を殺すためだなんて、考えもしなかった……」
シエルは、これまでの自分の浅はかな考えを悔いながら、胸の奥に渦巻く複雑な感情を吐き出した。
「俺たちが奪った命にも、人生があったんだよな……夢があって、目標があって、誰かの家族だったかもしれない。確かに、あいつらは悪人だったかもしれないけど、戦う以外の解決方法があったんじゃないかって、そう思えてならないんだ……」
「でもよ、あいつらは殺しや盗みを繰り返してたんだぜ?そんな奴らが、話し合いで済むと思うのか?被害者たちがそれで納得するか?」
リアンの声には怒りが混じりながらも、どこか迷いが感じられた。シエルの言葉が響いているのは明らかだった。
「わかってるさ……でも、もっと別の道があったかもしれないって考えずにはいられないんだ。罪の償い方だって、他にあったかもしれないだろ?」
二人は、答えの出ない問いを繰り返しながら、ため息をついた。そして、やがて沈黙が訪れた。夜の冷たい風が、二人の間を静かに通り過ぎる。
「どうすれば、もっと強くなれるんだろうな……」
シエルがポツリと呟いた言葉に、リアンも答えることができなかった。二人の心には、まだ戦いの記憶が色濃く残っている。自分たちの力不足と、命の重さが、夜空の星々のように鮮明に浮かび上がっていた。
「お前らもここにいたのか。」
背後から声がした。振り返ると、そこに立っていたのはユウリだった。いつも冷静で、物事を完璧にこなす彼が、同じように悩んでいるとは思わず、シエルとリアンは思わず顔を見合わせた。
「なんだ、お前も眠れねえのか?意外だな。」
リアンが声をかける。
「まあな、僕だって色々考えることはあるさ。」
ユウリはそう言うと、シエルの隣に静かに腰を下ろした。しばらくの間、3人の間には言葉がなかった。ただ、木々のざわめきと虫の声がやけに大きく響いていた。
「なあ、シエル。今日のこいつ、すごかったんだぜ?」
リアンが唐突に口を開き、少し興奮した様子で続けた。
「冷静な顔で、山賊たちをためらいもなく倒してさ、人質になってた村人たちを無事に逃がしたんだ。俺も途中まで一緒に行動してたけど、やっぱりこいつの剣の腕前は見事だったよ。」
「そうか……さすがだな、ユウリ。」
シエルは彼の活躍を聞き、改めて感心せずにはいられなかった。幼馴染として長く彼を見てきたが、ユウリの剣技はいつも群を抜いていた。
「俺も、もっと頑張らないとな……お前の剣を見てると、いつもそう思うよ。昔は真似しようと必死だったんだ。でも、まだお前のように迷いなく剣を振ることができない……」
シエルは、自分の剣にまだ残る迷いを感じていた。彼もまた団長の下で鍛錬を重ね、それなりに腕を上げてきたが、ユウリのような確信を持って剣を振るうには至っていなかった。
ユウリは、そんなシエルの言葉を静かに受け止めた後、ふと夜空を見上げた。
「僕だって、迷いがないわけじゃないさ。ただ、戦いの最中では、そんなことを考える余裕がないだけだよ。どんな状況でも、人を守るために剣を振らないといけない。そこに正義があるかどうかなんて、考えてる暇はないんだ。」
その言葉に、シエルもリアンも黙り込んだ。彼らは、ただ無言で星空を見上げ、これからの道について深く考え始めた。自分たちが奪った命、その命の重さ。それでも彼らには、守るべき人々がいる。だからこそ、剣を手に取らざるを得ない現実がある。
「俺たち、まだまだだな……」
リアンが小さな声で呟いた。
「そうだな。でも、これからだ。俺たちがどれだけ強くなるかは、この先の決意にかかってる。」
シエルは静かに決意を胸に刻みながら、リアンにそう答えた。
「強くなるためには、何が必要なんだろうな……?」
リアンはぼんやりと夜空を見つめながら問いかける。そこに、ユウリが短く、しかし力強く言葉を紡いだ。
「強さってのは、剣を振るう技術だけじゃない。自分が何のために剣を振るのか、それを見失わないことだよ。」
その言葉は、シエルの心に深く刺さった。彼はその夜、迷いを振り払うための一歩を踏み出す覚悟を決めた。そして、3人の心には、それぞれが抱える迷いや不安を乗り越え、さらに強くなるための新たな決意が静かに芽生えていくようだった。
「それに、シエルだって今日はすごかったじゃねえか。」
リアンは、シエルの活躍についてもユウリに話し始めた。
「アヤメと二人で賊の頭領の前に出向いて、大勢の山賊相手に切り込んでいったんだ。まあ、途中で俺が助けに駆けつけたけどな。それでも、普段のシエルとは違う姿を見せられて、俺も負けてられないって思ったよ!」
シエル、リアン、ユウリ、幼い頃から毎日剣風団で共に鍛錬を積んできた三人は、互いをライバルとして意識しながらも、その存在に励まされ、ここまで切磋琢磨してきた。そして気づけば、シエルの心を重くしていた悩みは、仲間との会話によって自然と吹き飛んでいた。
三人は、たわいもない話題に笑い合い、いつもの友情の絆を再確認する。
「ありがとうな、お前ら。」
シエルは夜空を見上げながら、晴れやかな表情で言った。
「俺、なんかスッキリしたよ。悩んでたのは俺だけじゃなかったんだな。これからの戦いに対して覚悟も決まった気がする。俺はいつか、団長たちのような立派な騎士になって、もっと多くの命を守れるようになるよ。」
その決意に、リアンとユウリも静かに頷いた。彼らもまた、それぞれの心に目標を定め、これからも剣風団の一員として共に歩んでいく覚悟を固めていた。
夜風に吹かれ、三人がしばらく黄昏ていると、背後から静かな足音が聞こえてきた。振り返ると、アヤメが立っていた。
「やっぱり、ここにいたか。」
アヤメは軽く笑みを浮かべ、彼らに声をかけた。
「今日の任務、ご苦労だった。それぞれの成長を見て、副団長として誇らしく思うよ。初めての任務だったが、その後、体調や心の具合は大丈夫か?」
その問いに、三人は互いに視線を交わし合う。アヤメは彼らの表情を見て、思った以上に晴れやかな様子に驚きを隠せなかった。
「ふん、どうやら心配する必要はなかったか。」
アヤメはそう言って、満足げに頷いた。
「これからも、剣を振るうたびに命のやり取りが避けられない時が来る。今日悩んだことは無駄にはならない。だから、決して忘れるな。その経験が、お前たちを強くする。」
彼女は優しい言葉を残し、静かに宿舎へと戻っていった。
シエル、リアン、ユウリの三人も、その背中を見送りながら、しばらく夜の静寂に身を委ねた。胸の中で燃え上がる新たな決意を抱きつつ、やがてそれぞれ眠りについた。
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