第6話 初陣③
しばらく進むと、集落を一望できる小高い丘にたどり着いた。そこから見下ろす光景は、荒廃した集落の無惨な姿だった。
崩れ落ちた家々、燃え盛る焚き火の明かりが、どこか禍々しく揺れている。その周囲には、村人と思われる無惨な遺体が散らばり、火のそばでは山賊たちが何やら談笑していたが、声はこの高台までは届かなかった。
「アヤメ、どうするんだ?」
リアンが緊張した面持ちで尋ねた。彼の声にも、わずかな焦りが感じられた。
アヤメは鋭い目つきで状況を見定めながら、即座に答えた。
「シエルと私は、建物の影を使って焚き火の近くまで接近し、山賊どもを一気に仕留める。奴らの注意は私たちに向くはずだ。その隙に、リアン、お前とユウリは村の入り口側から回り込んで、集落全体を確認しろ。もし生存者や人質がいれば、すぐに救出だ。だが無理はするな。自分の身は自分で守れ。これはお前たちにとって初陣だ、油断は絶対にするな。」
アヤメの言葉は冷静だが、そこには厳しい現実が織り込まれていた。彼女の瞳には、彼らを守りたいという気持ちが潜んでいたが、同時にこの戦いに甘さは許されないという覚悟が映し出されていた。
「わかった。」リアンとユウリは短く答え、互いに頷き合う。
アヤメが目で合図を送り、四人は静かに動き出した。
リアンとユウリは、村の入り口近くに身を潜め、じっとシエルたちの動きを見守っていた。茂みの影に隠れながら、周囲の気配を探る二人。冷たい空気と緊張が彼らの身体を硬くさせていた。
「行くぞ!」
アヤメの鋭い声が響く。次の瞬間、彼女とシエルは、村の中心にある焚き火に向かって疾風のごとく走り出した。
「おい、なんだぁ、あいつら!」
山賊の頭領と思われる、体格の良い大男が重い腰を上げた。その無骨な声が一帯に響き渡る。
「お頭、あの女、剣風団の奴ですぜ!ビネットの街を拠点にしてる!」
山賊の一人がそう叫ぶと、他の山賊たちがざわめき立ち、興味を引かれたかのように焚き火の周りに集まってきた。すぐに、シエルとアヤメは大柄な男たちに取り囲まれる。
「ふん、たった二人でこの人数を相手にする気か?で、何の用だ?」
山賊の頭領は冷ややかな笑みを浮かべながら、十人ほどの手下たちに囲まれた二人を見下ろした。彼の態度には、圧倒的な自信と油断が滲み出ている。
シエルは、心臓の鼓動が耳に響くのを感じながら、必死に頭を働かせていた。どうやってこの数の敵を相手にするのか――その答えはまだ見つからない。一方、周囲の山賊たちはそれぞれ勝手に口を開き、不気味な会話が聞こえてくる。
「こいつら、いいカモだな。剣風団とか言っても、所詮二人きりか…。」
「どうせなら、こいつらの持ち物は全部俺たちがいただこうぜ。」
「あの女、なかなかいい身体してやがる。手に入れてやるか?」
悪意に満ちた言葉が次々とシエルの耳に飛び込んでくる。吐き気を催すほどの嫌悪感が全身を覆った。
だが、アヤメは一歩も怯まない。彼女の目には決意が宿り、怒りに燃えていた。
「我々はビネットの街からの依頼で来た、剣風団だ!」
アヤメは力強い声で宣言した。殺気立つ雰囲気にも動じず、堂々と立ち向かうその姿は、山賊たちの緊張をほんのわずかに引き締めた。
「問答無用だ、直ちにここから去れ!」
その言葉には、剣風団の名に恥じぬ威厳と覚悟が込められていた。
山賊の頭領は、アヤメの言葉を鼻で笑い飛ばすと、荒々しい態度で返す。
「へぇ、剣風団か…聞いたことはあるな。でもなぁ、俺たちは山賊なんだぜ?だから何だってんだ?俺たちに何して欲しいって?」
彼は嘲笑を浮かべ、手下たちもそれに同調するかのように不敵な笑みを浮かべた。
シエルは緊張しながらも、アヤメの隣で剣を握りしめていた。この圧倒的な数に囲まれても、彼女は微塵も恐れを見せない。シエルは、心の中で自分に言い聞かせる――アヤメがついている。自分も、恐怖に負けてはいけない。
「即刻、盗んだ金品を残して、この地を立ち去れ。」
アヤメの静かながらも凛とした声が響いた。その言葉を聞くやいなや、山賊たちは一斉に爆笑し始めた。嘲笑がまるで波のように彼らの間を広がる。
「はははっ、何で俺たちがテメェらの命令なんか聞かなきゃいけねぇんだ!」
山賊の頭領は、嘲るような笑みを浮かべながら、大声で仲間に呼びかけた。
「小娘とガキに、俺たちをどうにかできると思われちゃ、いい笑いもんだな。おい、遊んでやれ!」
その声が合図となり、山賊たちはアヤメとシエルを取り囲んだ。彼らの手には剣や斧が握られ、悪意のこもった目で二人を睨んでいる。アヤメは冷静に腰を落とし、ゆっくりと刀に手をかけた。彼女の動きには一切の無駄がなく、その目には研ぎ澄まされた鋭さが宿っていた。シエルもまた、鼓動を抑え、背中に背負った剣の柄に手を添え、冷静さを取り戻しつつあった。
「ほう、上等だ、まずは俺が相手してやるぜ!」
一人の山賊が、粗野な笑みを浮かべながら剣を抜き、アヤメの前に立ちはだかった。
「すぐに楽にしてやるよ!」その声とともに、山賊は大きく剣を振り上げ、全力でアヤメに襲いかかった。
だが、次の瞬間鈍い音が響き、その山賊は地面に崩れ落ちた。山賊たちは、何が起こったのか理解できない様子でざわめき始める。アヤメの刀は、まだ鞘の中に収まったままだった。近くにいたシエルだけが、その瞬間を見ていた。
アヤメは山賊の刃が肌に届く寸前、わずかに身をひねり、鋭い動きでそれをかわしていた。そして一瞬の間に刀を抜き放ち、山賊の腹を正確に切り裂くと、またその刀を音もなく鞘に収めていたのだ。
その動きはあまりにも速く、山賊たちの目には何も映らなかった。
「な、何だって.....!」
呆然とする山賊たちの間に恐怖と困惑が広がった。だが、それは彼らをひるませるのではなく、逆に興奮させた。
「くそ、やられたぞ!畜生、全員で漬せ!」仲間を倒された怒りに駆られ、残りの山賊たちが一斉にアヤメとシエルに向かって襲いかかってきた。
「シエル、気を抜くな!」アヤメが鋭く声をかける。シエルは息を整え、剣を引き抜くと、迫り来る敵に向き直った。その刹那、彼の中に沸き上がる恐怖と混乱は消え、ただ目の前の戦いだけが全てになった。
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