第5話 初陣②

翌朝、日が昇り始める頃、シエルたちは山間の集落へ向かう準備を整えていた。ディアンドたちのグループはすでに別の任務へと出発しており、静かな朝の空気の中で、少しだけ張り詰めた緊張が漂っていた。


「シエル、ちょっと来てくれ」

アヤメの声が背後からかかり、彼は立ち止まった。振り返ると、アヤメが一本の剣を手にしている。


「これ、団長から預かっている。『初陣、頑張れ』ってな」


そう言って手渡された剣は、見事な作りだった。シエルは鞘からそっと刃を引き抜くと、青白く輝く刃が陽光を反射し、瞬くように煌めいた。どこか冷たくもあり、同時に力強さを感じさせるその剣は、見た目だけではなく持つ者の手にしっかりと馴染んだ。


「ディアンド団長が、知り合いのドワーフの名工に作らせたそうだ。いい剣だ、しっかり使いこなすんだぞ」


アヤメの声は冷静だったが、その眼差しには彼を思いやる優しさが感じられた。


続いて、リアンとユウリにも団長からの激励の品が手渡された。

リアンには見事なバランスを持つ戦斧、ユウリには装飾が施された剣が贈られる。

二人ともその武器に目を輝かせ、嬉しそうにそれを受け取った。


「ありがとう……団長にも、よろしく伝えてくれ」

シエルは軽く頭を下げ、しっかりと剣を鞘に収めた。仲間たちもそれぞれ新たな武器を手にし、軽装ながらも鎧をまとい、準備は整った。


アヤメが手綱を握り締め、馬車が街の門を出ると、周囲の風景は徐々に森や山へと変わっていった。馬車の荷台に揺られながら、三人の間には奇妙な静けさが広がっていた。緊張が漂う中、誰も口を開こうとせず、それぞれが明日を思い、心の中で言葉を反芻していた。


道中、ふいにアヤメが馬の歩みを遅くした。シエルが顔を上げると、前方に転がる無数の遺体が目に飛び込んできた。道端に無造作に放置された人々は山賊に襲われたのだろう。倒れた者たちの身体は痛々しく損傷し、目を覆いたくなるような光景だった。


シエルは足元から力が抜けるのを感じ、背筋がぞくりと寒くなった。彼が物心ついてから初めて目にする「人の死」の現実。

息を呑み、目を背けたくなる衝動に駆られたが、身体が動かなかった。


「こんな……酷い……」


心の中で呟いたその言葉は声にならず、喉の奥でかすかに震えていた。彼の心臓は激しく鼓動し、吐き気がこみ上げてくるのを必死に抑えた。恐怖と不安が次々に押し寄せ、どうしようもない無力感が胸を締め付ける。


その時――昨夜のアヤメの言葉が頭の中に蘇ってきた。


「世界は残酷だ。弱ければ奪われる――」


まさにその通りの光景が、目の前に広がっていた。シエルは、自分がこれから向かう戦いの現実を突きつけられ、心の奥に潜んでいた恐怖が大きく膨れ上がるのを感じた。


「私たちで山賊を止めるんだ。」


アヤメの冷静な声が、彼の考えを遮った。彼女の表情には動揺の影が見えず、その眼差しはただ前を見据えていた。


シエルは、ゆっくりと深呼吸しながら、再び自分を奮い立たせた。握りしめた剣の感触が、少しだけ彼の心を落ち着かせたが、頭の中にはまだ無数の疑問と恐怖が渦巻いていたが彼は覚悟を決めたかのように、自分の顔をパシッと叩いた。


「着いたぞ。ここから先は気配を悟られないよう、徒歩で進むぞ。ついてこい。」


アヤメは低い声で命じると、シエルたち三人を率いて静かに茂みを進んでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る