第4話 初陣①
ディアンドが深く息を吸い込み、重々し
い声で話し始めた。
「明日の任務についてだ。我々剣風団に、新たな討伐依頼が入った。相手は山賊団だ。最近この辺りを荒らしている連中だ。
引き受けるべきだと思うが、少し考えがあってな。皆の意見も聞かせてほしい。」
食堂に集う団員たちは、一斉に耳を傾けた。ディアンドの言葉には、いつも重みがある。彼は村を襲撃した山賊団の現状を説明した。小さな集落が完全に制圧され、村人たちは命からがらビネットの街に避難してきた。今や山賊たちはその村を占拠し、村人の生活の跡すら荒らし尽くしているという。
ディアンドは食卓の一角に座るシエル、リアン、ユウリの三人を見つめ、続けた。
「討伐のメンバーはシエル、リアン、ユウリ、お前たちに頼む。お前たちにとって初めての、生身の人間と対する任務だが、この機会に成長してもらいたい。」
シエルは胸の内でざわつく不安と微かな期待を抱きながら、隣に座るリアンとユウリの顔を盗み見た。
三人ともこれが初めての"戦場”一ーしかも相手は人間だ。これまでの訓練や魔物討伐とは明らかに違う。殺すか、殺されるか。そんな重圧が静かに胸にのしかかってくる。
ディアンドは一瞬の間を置いてから、アヤメに目を向けた。少し頼りにするような、しかし無言の圧を伴った眼差しだ。
「アヤメ、同行してくれるか?」
その問いに対し、アヤメは淡々と頷いた。彼女の長い紫色の髪が静かに揺れる。
「ええ。三人の面倒は、私が見ます。」
その言葉に、シエルたちはほっとしながらも、彼女がどこか冷静すぎる表情をしていることに気づいた。アヤメは、いつもそうだ。表情に出さないが、その胸には何か深い思いがあるはずだ。
「山賊の数は二十人ほどだ。それに対してこちらは四人。もう一人加えたいところだが、他の団員は皆、他の依頼にかかりきりだ。」
ディアンドは鋭い目つきで食堂の団員たちを見回したが、どのメンバーも別の任務に追われていることが一目で分かる。
剣風団は数こそ多くないが、ひとりひとりが重要な役割を担っている。
「心配はあるが、これもお前たちにとっては貴重な経験だ。自分の力を試してこい。」
ディアンドの声には、どこか厳しさと信頼が同居していた。
その後、ディアンドはセト、ハイド、ローランに別の任務を与えた。彼らはヴァルディア国の国境付近での小競り合いの鎮圧を担当する。暴徒を制圧するため、ディアンド自身も彼らと共に出向くという。こちらも規模は大きく危険な任務だが、彼らの実力ならば問題なくこなせるだろう。
全員が任務の割り当てに頷き、再び食事に戻った。シエルとマーガレットが用意した夕食のシチューは、団員たちの疲れた身体にじんわりと染み込むように美味だった。
賑やかに笑い合う仲間たちの姿を見ながら、シエルは胸に重くのしかかる明日の戦いのことを、そっと考えていた。
食事が終わり、食堂を出ると、アヤメはシエル、リアン、ユウリの三人を静かに呼び止めた。月の光が冷たく照らす中庭に向かい、彼女は彼らに向き合った。
「明日は、お前たちにとって初めての”人間”との戦いになる。訓練や魔物相手の戦いとは訳が違う。」
アヤメの声は、静かだが冷徹だった。彼女の瞳は、どこか遠くを見つめるようで、その奥に深い哀しみが隠れているように見えた。
「覚えておいて。相手はただの悪名高い山賊じゃない。人間だ。
彼らも命をかけて戦ってくる。私たちの命を奪おうと、容赦なく向かってくる。それが彼らにとっての生きる手段だ。そして、私たちも生き残るために戦う。躊躇したら、そこで命を落とす。一瞬の迷いが命取りになる。」
三人はアヤメの言葉にただ黙って耳を傾けていた。彼女の声には、重みがあり、無駄な感情は一切混じっていなかった。
すると、シエルが口を開いた。戸惑いながらも、彼は自分の中に渦巻く疑問を口に出さずにはいられなかった。
「なあ、副団長......質問があるんだが。
人を一一殺さずに済む方法はないのか?」
シエルの声は震えていた。初めての人間との戦いという現実に、彼はどうしても割り切れない何かを抱えていた。彼は言葉を絞り出しながら、アヤメの冷静な目を見つめた。
アヤメはしばらく沈黙したまま、シエルの顔を見つめ返した。彼女の瞳には、少しばかりの悲しみが宿っているように見えた。そして、静かに言葉を紡いだ。
「シエル、答えは簡単じゃない。私たちが戦う相手もまた、生き延びるために戦っている。そして、それを止めるには、彼らを倒すしかないことが多い。そうしなければ、こちらがやられる。それが、この世界の冷徹な現実なのよ。」
一瞬、風が木々の間をすり抜け、冷たい夜気が三人の頬を撫でた。アヤメはその風に包まれるように、小さく息を吐いた。
「だが、覚えておきなさい。無意味な殺しをする必要はない。相手を止めることができるなら、それでいい。何かを護るために戦うんだ。わかる?」
シエルはゆっくりと頷きながら、その言葉の重みを感じ取っていた。
アヤメは、少し遠くを見つめながらまた静かに口を開いた。
「私も――初めて人を手にかけた時は、何日も、何日も苦しかった。夜になっても眠れず、その顔が目の前に浮かんで離れなかったんだ。それでも、あの瞬間、そうしなければ私が死んでいた。命を奪うことなく解決できたなら、どれほどよかったか……。だからこそ、強くなれ。強くなれば、選択肢が増える。命を奪わずに済む道を、自分で選べるようになるから。」
彼女の声はいつになく柔らかく、しかしその裏に押し殺した痛みが滲んでいた。リアンもユウリも、その言葉の重みを感じ取り、静かに頷いていた。
「さあ、もう遅い。今日はしっかり休んで、明日に備えろ。心と体の準備がすべてだ。」
アヤメの促しに従い、三人はそれぞれの部屋へと戻っていった。しかし、シエルの心は未だに落ち着かなかった。
ベッドに横たわっても、考えが頭の中をぐるぐると巡っていた。明日はどうなるのだろう。山賊たちはどんな顔をしているのだろう。彼らも恐れているのか、それともこちらを嘲笑いながら待っているのか。誰かが死ぬのか。それは仲間か、敵か――あるいは、自分かもしれない。
シエルは不安に飲み込まれそうになりながら、無理やり目を閉じた。思考はますます広がり、無数の疑問と恐れが彼を追い詰めた。しかし、いつの間にかその重圧も静かに薄れ、彼は深い眠りの中へと引き込まれていった。
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