第2話 簡単な依頼
シエルは剣風団宿舎のロビーにある掲示板に目を向け、そこに張り出された依頼書を一枚引き取った。その紙に記された内容を確認しながら、シエルは肩にかけた皮袋を整えた。
「今日はどんな依頼?」
マーガレットは兄の背中越しにその紙を覗き込んで尋ねた。
「今日は薬草の採取だよ。街の薬師、アロエさんからの依頼で、潮風の森にある薬草を集めに行くんだ。」
シエルは腰に剣を装備し、しっかりと袋を背負い直す。依頼は単純だが、自然と向き合う仕事はいつも予期せぬ困難がある。
「薬草を集めたらアロエさんのところに行くんだよね?私も一緒に行きたいな。私もアロエさんと会う約束があったの!」
マーガレットは嬉しそうに笑いながら、シエルに歩調を合わせた。彼女の笑顔に、シエルは微笑み返し、妹とともにビネットの街の外れに広がる「潮風の森」へと向かった。
森へ向かう道すがら、シエルはどこか晴れやかな気持ちを抱いていた。彼の心には、父親との稽古の厳しさがまだ残っていたが、同時にユウリやマーガレットと過ごす日常が彼を支えているのだと感じていた。潮風の森の木々が風に揺れ、やがて二人の前に、目的地がその姿を現し始めた。
今回、シエルとマーガレットが受けた依頼は「サナーレ草」と呼ばれる薬草の採取だった。これは傷薬の主な原料で、剣風団の任務の中では比較的安全な部類に入る。だが、この森には、時に危険な魔物が潜んでいることがある。
「サナーレ草かぁ。たしか、水辺や湿った場所で見つかりやすいそうよ。」
マーガレットは少し得意げに言うとシエルは感心した様子で妹を見つめた。
「なんでそんなに詳しいんだ?」
マーガレットは笑みを浮かべて答えた。
「だってね、最近アロエさんの薬草について色々勉強してるんだ。剣風団のみんなは怪我したりすること、結構あるでしょう?私も何か役に立てるかもしれないと思って。」
シエルは驚きを感じながら頷いた。
「それなら、今後も薬草に関する依頼があれば、頼りにしていいんだな。」
二人はしばらく静かに歩き続け、サナーレ草の生えている場所を目指した。だが、彼らがその場所に近づいたとき、不意に草陰からガサガサと音がした。シエルはすぐに反応し、マーガレットの腕をつかんで動きを止めた。
「…静かに。」
彼は低くささやいた。
その瞬間、草陰から銀色の毛を持つ獣が飛び出してきた。鋭い爪、よだれの滴る口、そして冷たい青白い瞳。タイドウルフだった。銀の風を纏うその姿は、普通の狼とは明らかに異なる威圧感、魔力を放っている。シエルはすぐに剣を抜き、マーガレットに目配せをした。
「タイドウルフ…! どうする、お兄ちゃん?」
マーガレットの声には震えが混じっていた。
「大丈夫、任せて。」
シエルは背筋を伸ばし、冷静に剣を握り直した。心の中で鼓動が速まるのを感じながら、獣の動きを見極めた。
次の瞬間、タイドウルフが鋭い牙をむき出しにし、音もなく二人に襲いかかってきた。シエルはマーガレットを背後に押しやり、瞬時に脇へ飛び退く。銀色の毛が目の前をかすめ、すぐに彼は反撃に移った。剣を振り上げ、勢いよくタイドウルフの首筋に向かって振り下ろす。
シエルの剣がタイドウルフの首に深く突き刺さり、そのまま獣は重々しく地面に倒れこんだ。
シエルは息を整えながら、手にまとわりつく血の感触を振り払った。魔物を討伐するたびに、この不快な感覚が右手に残る。それでも、生き残るためには戦わねばならない。それがこの世界の厳しい現実だった。
マーガレットが震えながらもシエルの背中にぴったりとくっついていた。「お兄ちゃん…ありがとう、すごく怖かった。」
シエルは妹を振り返り、少し笑顔を浮かべて頷いた。「大丈夫だ、もう終わったよ。よし、サナーレ草を探してさっさと帰ろう。」
その後すぐに森のあちこちで目的のサナーレ草を見つけ、袋に詰め込んだ。その間、他の魔物やタイドウルフに度々襲われたが、シエルは難なくそれを退けていた。
そして討伐したタイドウルフの遺骸を肩に担ぎ、森を後にした。
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ビネットの街に戻ると、シエルはまずタイドウルフの遺骸を素材屋に持ち込むことにした。
マーガレットは先にアロエの元へむかっている。
素材屋の店主は、タイドウルフの姿を見て目を輝かせた。
「おお、タイドウルフとはな。こいつの毛皮はかなりいい武具の素材になるぞ。助かったよ、これであの森も少しは安全になるだろう。さて、こいつは二千スフィアでどうだ?」
シエルは「いい取引だ」と思いながら、二千スフィアを受け取り、マーガレットと合流するためにアロエの家へと向かった。
アロエ・オレアケアの家は、街でもひときわ大きく、庭にはさまざまな薬草が育てられていた。亡き父の跡を継ぎ、彼女がこの家を守っている。シエルが到着すると、先に来ていたマーガレットが笑顔で迎えてくれた。
「お兄ちゃん、お疲れさま!」
マーガレットは駆け寄ってきた。
「サナーレ草、たくさん集めてきてくれたようね。ありがとうシエル、元気にしてた?」
アロエは白衣を羽織り、柔らかな微笑みを浮かべていた。
シエルは腰に手を当てながら、苦笑いを浮かべた。
「まぁ、元気っちゃ元気だけど…今朝、親父に叩かれた背中がまだ痛むんだ。」
アロエは苦笑し、シエルの背中を軽く叩いた。
「まったく、あなたたち剣風団の人たちは、いつも無茶ばかりしてるわね。少しは身体を大事にしなさいよ。」
彼女は湿布薬を用意し、シエルの背中にそっと貼ってくれた。
その間も、アロエとマーガレットは楽しそうに世間話をしていた。
「最近、マーガレットは薬草の勉強もしてるのよね?」
マーガレットは得意げにうなずいた。
「うん、アロエさんのおかげで、少しずつ薬草の見分け方も覚えたよ!」
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日が暮れ始めた頃、シエルは時計を見て立ち上がった。
「そろそろ宿舎に戻らないとな。夕食も作らないといけないし。」
アロエは少し寂しそうに微笑みながら、シエルに袋を渡した。
「あら、もう帰るのね。これが今日の報酬よ。危険な場所での仕事だったし、たくさんサナーレ草を集めてくれたし、少し多めに四千スフィアを用意しておいたわ。ありがとうね。」
シエルは報酬を受け取り、マーガレットと共に剣風団の宿舎へと戻っていった。
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