儀式 弐

運が良いことに、祠の場所から旅館は近かった。

「ごめんください。予約していた桜田と申します」

誰もいないフロントに僕の声だけが響き渡る。

ジィジィいう自販機が煩く聞こえた。

「…はい。お待ちしておりました」

しわついた女性の声が聞こえた。

だがどこにいるのか分からなかった。

「桜田様、こちらでございます」

フロントデスクの向こうを覗き込むと、小さく背を丸めたおばあさんがいた。

L字型に背が曲がっており、見ているだけで辛そうだ。


「あ・・・すみません。気が付かなくて。予約していた桜田です。早速お部屋に行きたいのですが」

「はい。まず、こちらの名簿にお名前の記入をお願い致します」

そいうと、おばあさんはL字型に曲がった背を杖を使って伸ばした。

よぼよぼの手でフロント後ろの棚にあったノートを手に取り、デスクの上に置いた。

「こちらにお願いいたします。・・・あら、ボールペンが必要ね」

「あ、いえ。持ってますので大丈夫です」

これ以上おばあさんに、手間を取らせることに気が引けた。

お孫さんとかいないのかな・・・?

そんな心配をしながら、僕は開かれたページを見た。

意外と名前が連なっており、客入りは良いらしい。

「書きました」

「では早速ご案内いたします」

おばあさんの後に着いていく間、ロビーを横切った。

昭和の時代に取り残されたような、レトロな雰囲気だ。

他にも客がいるらしく、タバコを吸っている男性がソファでくつろいでいた。


二階に上がると狭い通路の左手に二つの部屋、奥に大きめの部屋が一つ。

奥から順に松、竹、梅と扉の上にネームプレートが書かれていた。

「こちらでございます」

案内された部屋は、松の部屋。

一人で泊まるには広すぎる和室だった。

「良いんですか?こんな広い部屋で泊まらせて頂いて」

「お客様が少ないので構いません。では、ごゆっくり・・・」

僕はお礼を言うと、さっそく部屋の隅に荷物を置いた。


中は綺麗に掃除されており、安心して寝られそうだ。

布団は既に敷かれていてすぐに寝れる。

だがまだやることがある。

ここに何日も泊まれない。

情けない話、お金がない。

大学に入ってバイトはしているが、貯金なんてしてこなかったツケが回ってきたんだろう。

明日調査を続けるが、時間は無駄にできない。


当てにしていた神主は亡くなっている。

村人に聞いて回る必要がありそうだ。

それでも、何も情報が出てこなかったら・・・いよいよ行方が分からなくなる。

彼女は今何か事件に巻き込まれて、助けを呼んでいるかもしれないのに、僕はウロチョロ歩き回るだけになる。

不安と焦りが頭の中を支配していく。


僕はその場に居ても立っても居られなくなって、急いで部屋を出た。

考えても仕方がない。 

とにかく動かなきゃ。

お婆さんやロビーにいた人に、彼女を見なかったか聞いてみよう。

駆け足でロビーに行くと、タバコを吸っている男がまだソファに座っていた。

この人から聞いてみよう。

「あの、すみません」

「ん?なんだい、お兄さん?」

「実は探している人がいて、この人「”朝霧睦美”さんだろ?」

予想外の返答だった。”朝霧睦美”___彼女の名前だ。

その男は煙草を吹かし、ニヤリと笑った。



「俺も探しているんだ、その女の子」

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