第4話 

生姜焼きの準備が整ったところで、次は付け合わせの準備だ。

生姜焼きだけでは少し寂しいし、栄養バランスも考えなければならない。

冷蔵庫を再度確認して、キャベツがあったことを思い出す。

生姜焼きの定番の付け合わせといえば、やっぱり千切りキャベツだ。


「キャベツを薄く切って…っと」


包丁を手に取り、キャベツをシャキシャキとリズミカルに切っていく。

新鮮なキャベツの香りが漂い、さっぱりとした味が生姜焼きによく合うことを想像しながら、切り終えたキャベツを皿に盛る。

色合いも鮮やかで、見た目にも食欲をそそる。

次に味噌汁の準備だ。

今日はシンプルに、油揚げと葱を入れた味噌汁にすることに決めた。

油揚げを細かく切り、葱も適度な大きさに刻む。


鍋に出汁を張り、油揚げを入れて軽く煮る。温かい湯気が立ち上がる中で、葱を最後に加え、仕上げに味噌を溶かす。


「お味噌もばっちり…」


味噌の香りがふわっと広がり、これで夕食の準備はほぼ完成だ。

生姜焼き、千切りキャベツ、そして味噌汁――バランスの取れた夕飯が整った。

これなら、父さんもきっと喜んでくれるだろう。あとはご飯を炊いて、食卓に並べるだけだ。

俺は軽く深呼吸しながら、出来上がった料理を眺めた。

料理を通して、こうして日々の生活が少しずつ豊かになっていくのを感じる瞬間だ。



料理の準備が整ったころ、玄関のドアが開く音が聞こえた。


「ただいまー」


父さんと母さんが帰ってきた。

二人とも仕事帰りで少し疲れている様子だが、俺が台所で立っているのを見て、母さんがにっこり笑った。


「わあ、よしお、今日も夕飯作ってくれたのね。ありがとう」


「うん、生姜焼き作ってみたよ。味噌汁も用意してある」


母さんは台所まで来て、鍋の中を覗き込みながら、ほっとしたように息をついた。

父さんも

「いい香りだな」と言いながら、鞄を置いて洗面所へ向かった。

仕事で疲れて帰ってきた家で、温かい食事が待っているというのは、やっぱり嬉しいものだろう。


「今日は生姜焼きか。俺も久しぶりに食べたかったんだよな」


父さんが戻ってきて、テーブルに座りながらそう言った。

俺は食卓に料理を並べながら

「そうなら良かったよ」と返す。

家族全員で揃って食事をする時間は、やっぱり特別だ。

仕事で忙しい二人に、少しでも家でのんびりしてもらえれば、それでいい。


「よし、みんな揃ったし、食べようか」


俺が声をかけ、全員で箸を手に取る。父さんが一口生姜焼きを口に運び、うなずきながら「うまい」と笑顔を見せた。

それを見て、俺も少し安心する。母さんも「本当においしいわね」とキャベツを口に運びながら褒めてくれた。


「こうして家に帰ってきて、よしおの料理が食べられるなんて、贅沢だなあ」


父さんのその言葉が、俺の中にじんわりと温かさを広げた。

料理を作ることで、家族を喜ばせることができる。

それが俺にとって一番のやりがいだと、改めて思う瞬間だった。

食事をしながら、母さんがふと思い出したように言った。


「明日から学校でしょ? 準備は大丈夫?」


「ああ、ちゃんとできてるよ。お弁当も作るしね」


母さんは安心したようにうなずき、俺は明日の学校でのことを少し思い描きながら、生姜焼きの最後の一切れを口に運んだ。

夕食を終えた後、俺はすぐに後片付けに取りかかった。

父さんと母さんが食卓で少しゆっくりしている間に、使った食器を片付け、シンクの中に溜まった皿や鍋を洗っていく。

慣れた手つきで一つ一つ洗い上げ、最後に流しを軽く拭いて終了だ。

これも毎日のルーティンの一部。片付けを済ませてしまうと、心の中もすっきりとする。


「よし、片付け完了」


そうつぶやいて、母さんに「ありがとう」と感謝されながら、俺は自分の部屋に戻る前に風呂に入ることにした。

浴室に入り、湯船に浸かると一気に体中の疲れが溶け出していくような感覚が広がる。

今日一日を振り返りながら、体を温めてリラックスする時間は、俺にとってとても大事なひとときだ。

特に今日は、山田と料理をして遊んだり、家族のために夕食を作ったりと、充実していた一日だった。

学校が始まる前に、こんな風にリフレッシュできるのはありがたい。


「明日から、また頑張るか」


自然とそんな言葉が口をついて出た。

湯船から上がり、体をさっぱりと流した後、浴室を出てタオルで体を拭く。

風呂上がりの心地よい感覚に包まれながら、俺はいつものように牛乳を一杯飲む。

手を腰に当ててグッと飲み干す瞬間が、なぜかこれ以上ないくらい満足感を与えてくれるんだ。

毎日欠かさずやっている、この風呂上がりの儀式みたいなものだ。


「ふう、やっぱり風呂上がりの牛乳は最高だな」


一人ごちながら冷蔵庫にコップを戻し、俺はそのまま自室に向かった。

部屋に戻ると、まずは軽くストレッチをして体をほぐす。

風呂でリフレッシュした体をさらにリラックスさせるための習慣だ。

特に明日は学校が始まるから、しっかりと体調を整えておかないといけない。


その後、ベッドに腰掛け、ふと手元にあるリモコンを取りテレビをつけた。

特に観たい番組があるわけではないが、夜のニュースやバラエティ番組がなんとなく流れているのを眺めていると、気持ちが落ち着く。

今日は特別、明日からの学校が気になっているせいか、心の中が少しざわついていた。


「佐藤さん、明日も学校に来るかな…」


自然と彼女のことが頭に浮かんでしまう。

教室でのあの何気ないやり取りや、彼女が見せた微笑み――まだ友達というわけでもないけど、やっぱり気になる存在だ。

どんな話をすればいいだろうか、もっと仲良くなれるきっかけがあればいいな、と考えながら、テレビ画面をぼんやりと眺めていた。


明日は、いつも通りの学校生活が戻ってくる。久しぶりにクラスメイトと顔を合わせ、授業を受け、昼休みには自作のお弁当を広げる日常。

でも、少しだけ違うのは、佐藤さんの存在が俺の日常にどんどん入り込んでいるということだ。

彼女と話す機会が増えれば、もっと色んなことを知れるかもしれないし、もしかしたら一緒に弁当を食べる機会があるかもしれない。

そんな期待が膨らんで、自然と顔がほころんでしまう。


「ま、焦らずにいこう」


そう自分に言い聞かせながら、俺はリモコンを手に取り、チャンネルを切り替えた。

ニュース番組が終わり、次に流れてきたのはバラエティ番組。

気軽に楽しめる内容に、俺は少しずつ心を落ち着け、明日に向けてのんびりとした時間を過ごしていた。

そのうち、テレビの音が心地よい子守唄のように聞こえてきて、まぶたがだんだん重くなってくる。

明日の学校のことを考えながらも、気が付けば自然と眠気に包まれ、意識が遠のいていった。


ベッドに体を預け、俺は深い眠りに落ちていった。

俺は夢を見ていた。

これはきっと夢だ――そう実感している。なぜなら、いつもとは違う非日常が目の前に広がっているからだ。


目の前に広がる光景は、普段の生活とはまったく異なる。

静かな町並みや校舎、友人たちの姿があるはずなのに、今いるのは見知らぬ場所だった。

青空の下、広大な平原がどこまでも続いていて、風が穏やかに草を揺らしている。

辺りに建物や人の姿は見当たらず、ただ広がる自然だけがそこにあった。


「なんだ、ここは…」


自分でも自然とそう呟いてしまう。

この場所に来た経緯は全く覚えていない。

それなのに、足元に広がる草の感触や、遠くから聞こえる風の音は妙にリアルだ。

現実と夢の境界がぼやけていくような感覚に包まれながら、俺はその場に立ち尽くしていた。


ふと、視界の端に動く何かを捉えた。誰かがこちらに向かってくる。それは見覚えのある姿だった――佐藤さんだ。

彼女が遠くから、何か言いたそうに歩いてくるのが見える。だが、なぜ彼女がここにいるのか、俺にはまったくわからない。

これは夢だ、だからこそ起こり得る不思議なことだと、自分に言い聞かせるしかなかった。


「烏丸くん?」


彼女は俺の名前を呼び、優しい笑顔を見せてくれた。

その姿は、いつもの教室で見かける彼女とは少し違う。

彼女が近づくにつれ、夢の中にいるはずの俺の心が不思議と落ち着いていくのを感じた。

夢であることを理解していながらも、彼女との会話が現実のように感じられる。


「佐藤さん…どうしてここに?」


俺は思わず彼女に問いかけた。

夢の中とはいえ、この質問が湧き上がるのは自然なことだった。すると彼女は微笑みながら答えた。


「それは、烏丸くんが私をここに連れてきたんだよ」


彼女のその言葉に、俺は驚いた。

俺が彼女を連れてきた?

一体どういうことだろうか。

だが、夢の中ではその不思議な言葉もどこか納得できるように感じてしまう。

夢の中の理屈なんてものは、現実とは違っていて当たり前だ。


「そうなのか…」


曖昧な返事をしながら、俺は周囲を見渡す。

だが、彼女が何を意味しているのかは全く理解できない。

そんな俺の困惑した表情を見たのか、彼女は一歩近づき、優しく俺の肩に手を置いた。

その感触はまるで現実のように、温かく柔らかい。


「大丈夫。私たちは、ただこの場所で少し休んでいくだけ。焦る必要はないよ」


佐藤さんのその言葉に、俺は少しだけ肩の力を抜くことができた。

夢の中で何が起こるかはわからないし、考えても答えは出ないだろう。

だから、今はただこの状況を受け入れるしかない。


「そうだな…せっかくだし、ここでのんびりしようか」


俺は自然とそう言って、彼女と並んで歩き始めた。

どこに向かうわけでもなく、ただ広がる平原の中を歩く。

風の音、草の匂い、そして彼女の隣にいる感覚――全てが夢の中とは思えないほどに鮮明で、心地よい。

しばらく歩いていると、遠くに一軒の小さな家が見えてきた。

古い木造の家で、まるで昔話に出てくるような佇まいだ。俺たちは自然とその家へ向かい、玄関の前で立ち止まる。


「ここに入ってみようか?」


佐藤さんが問いかけ、俺は無言でうなずいた。夢の中だからこそ、どんなことが起きても不思議ではないという気持ちがあった。

ドアを開けて中に入ると、そこには暖かい光が差し込む、静かな部屋が広がっていた。

家具は少なく、古びたテーブルと椅子がぽつんと置かれているだけだ。


「ここで少し休もうか」


佐藤さんが微笑みながら椅子に座り、俺もその向かいに腰を下ろした。

二人の間には特に会話がない。それでも、なぜか心は落ち着いていた。

まるで長い一日を終え、安らぎの場所にたどり着いたような感覚だ。


「こんな夢も悪くないな…」


俺はふとそう呟いた。現実ではなかなか味わえない、不思議で穏やかな時間が流れている。

夢だからこそ味わえるこの瞬間を、俺はできるだけ長く楽しみたいと思った。

そんな風に考えているうちに、いつの間にか瞼が重くなってきた。


「おやすみ、烏丸くん」


佐藤さんの柔らかな声が、俺の意識を遠ざけていく。

深い眠りの中へと引き込まれ、俺は再び夢の中で眠りについた。

意識がぼんやりとしたまま、夢の中にいる俺は、佐藤さんの声に包まれながら心地よい眠りに落ちていった。

周囲の景色が薄れていくと同時に、穏やかな気持ちが心の奥に広がっていく。

どれくらいの時間が経ったのか、ふと目を覚ますと、目の前には再び佐藤さんが座っていた。

彼女は微笑みながら、何かを考え込んでいるようだった。その表情に引き込まれるように、俺は彼女の目を見つめ返した。


「おはよう、烏丸くん。夢の中でのんびりしてたみたいだね」


「うん、すごく穏やかな時間だった。ここにいると、なんだか不思議とリラックスできる」


俺はそう言って、彼女に微笑み返した。

夢の中のこの家で過ごす時間が、まるで現実のストレスを忘れさせてくれるかのようだ。

何も考えずに、ただ彼女といるだけでいい。

そんなシンプルな幸せが、心の底から湧き上がってきた。


「もっとここにいたいな」と俺はつい口にしてしまう。


佐藤さんは少し驚いた様子で目を丸くし、そして笑った。


「私もだよ。でも、夢はいつか終わるものだから…」


その言葉に、少しだけ寂しさを感じた。

夢が終わることを考えると、心が少し沈んでしまう。しかし、彼女は続けた。


「でも、私たちがこうして一緒にいる時間は、決して無駄じゃないよね。夢の中でも、こうして会えたことは嬉しいから」


その言葉に励まされるような気持ちになり、俺は彼女の目を見つめ返した。


「そうだな。夢の中でも君に会えてよかったよ」


佐藤さんは再び微笑み、少し照れたように頬を赤らめた。

その姿に心が和む。何気ない瞬間が、とても大切なものに感じられる。


「ねえ、もう少しこのままいてもいい?」


俺は思わずそう聞いた。

佐藤さんは頷き、優しい眼差しを向けてくれた。その瞬間、夢の中でも彼女との関係が深まっていくのを感じた。

ゆっくりと時が流れ、二人で静かに過ごす。部屋の中は穏やかな空気に包まれていて、まるで時間が止まったかのような感覚が続いた。

外の風の音や、草の揺れる音が心地よく耳に届き、無理に何かを話さなくてもいいと思えた。


しばらくして、佐藤さんが口を開く。


「烏丸くん、学校に戻ったら、もっと仲良くなりたいな」


その言葉に胸が高鳴る。

夢の中でも、彼女との距離が縮まっていく感覚がとても嬉しい。

俺も「俺もそう思ってる」と返したい気持ちでいっぱいになった。

しかし、その時、ふと視界の端に異変を感じた。部屋の光が徐々に薄れていき、周囲の景色がぼやけていく。

まるで、夢が終わりに近づいているようだった。


「えっ、待って!まだ終わらないで!」


俺は焦って声を上げる。

しかし、佐藤さんは優しく微笑みながら、手を伸ばして俺の手を握った。


「大丈夫、烏丸くん。いつでも会えるから」


その言葉に心が落ち着くが、同時に夢から覚める不安が広がる。

意識が薄れていく中で、俺は彼女の存在を感じながら、目を閉じた。

夢の中の温もりが心に残るように、何度もその光景を思い描きながら、俺は目を覚ました。










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