第3話 

日曜日、俺は友達の山田を家に呼んで、料理を教えることになった。

料理の初心者だと言っていた山田に、今日は簡単な料理を三つ教えるつもりだ。

まずは、卵焼き、野菜炒め、それに簡単な味噌汁。

どれも基礎的な料理だけど、ちゃんとコツを掴めば応用が効く。


「お邪魔しまーす!」


玄関のチャイムが鳴って山田がやってきた。

いつも通り元気いっぱいで、やる気に満ちているようだ。

俺は笑顔で迎え入れ、キッチンへと案内する。


「じゃあ、早速始めようか。今日は基本的な料理をいくつか教えるから、リラックスして楽しんでくれればいいよ」


「よしお、ほんと頼むよ! 俺、全然料理できないからな。でも、彼女に料理作ってやりたいし、今日は気合入れて頑張るぜ!」


彼女への想いが強いせいか、山田はいつもよりも真剣だ。

その熱意に少し圧倒されながらも、俺は早速準備に取りかかる。


「まずは卵焼きからだな。これは基本中の基本だけど、慣れないと意外と難しいんだ」


山田に卵を割ってもらい、ボウルに溶きほぐすよう指示する。

彼の手つきはぎこちなくて、少し手伝いながら進めるが、その様子を見ているとなんだか微笑ましい。


「大丈夫、最初はみんなそんなもんだよ。俺も最初はボウルから卵を飛ばしちゃったりしたし」


「マジか、よしおでもそんなことあったのか。ちょっと安心したわ」


そう言って笑いながら、山田は再び集中して卵を混ぜる。

俺はその間に、フライパンを用意し、少し油を敷いて温める。


「よし、次はこれをフライパンに流し込んで、じっくり焼いていくぞ。焦げないように、火加減に気をつけながらやってみて」


山田は慎重に卵液をフライパンに流し込み、真剣な表情で焼き加減を見守っている。その姿が一生懸命で、俺は思わずクスッと笑ってしまった。


「火加減はこれくらいでいいのか?」


「うん、大丈夫だよ。その調子で、巻いていくんだ」


俺は横からサポートしながら、山田が卵焼きを巻くのを見守る。少し形が崩れたり、焼き色がムラになったりしているけど、最初にしては上出来だ。


「よし、これで一つ目は完成だな!」


「おお、なんとか形になったな!」


山田が嬉しそうに出来上がった卵焼きを見つめている。

その次は、野菜炒め。

シンプルな料理だが、野菜を切るところから始めると初心者には少し難しいかもしれない。


「野菜は均等に切るのがポイントだ。薄く切ることで火が通りやすくなるし、見た目も綺麗に仕上がるんだ」


「なるほど、そういうことか」


山田は包丁を握り、少し緊張した様子で野菜を切り始める。

やっぱり動きがぎこちなくて、見ているとハラハラするけど、なんとか手を添えてサポートしていく。


「大丈夫だ、慣れてくるともっとスムーズにできるようになるさ」


「よし、俺も早く慣れるように頑張る!」


少しずつだが、山田の包丁さばきも安定してきた。

そして、フライパンに油を敷いて野菜を炒め始める。

火力が強すぎたり弱すぎたりして最初は調整が難しいが、なんとか形になった。

最後に味噌汁。

これも基本だが、出汁を取るところから教えてみることにした。


「出汁は和食の基本だ。これがしっかりしていれば、どんな料理でも美味しくなるから、覚えておくといいよ」


「出汁か…深いな。料理って思ったより奥が深いんだな」


山田は感心しながら、俺の説明を聞いている。

昆布と鰹節を使って出汁を取る過程を一緒にやってみた後、味噌を溶き入れて味噌汁を完成させた。


「これで三品完成だな。やってみた感想はどうだ?」


「いやー、料理ってもっと簡単かと思ってたけど、意外と難しいんだな。でも、やってみると楽しいな」


山田の言葉に、俺も嬉しくなった。

料理の楽しさが少しでも伝わっているなら、教えた甲斐があったというものだ。


「よし、じゃあ昼飯にしようか。自分で作った料理を食べるのは、また格別だぞ」


三品をテーブルに並べて、俺たちはその場に座った。

山田が作った料理は、見た目こそまだ素人感が残っているが、味はしっかりしている。


「うわ、これ俺が作ったのかよ。見た目はともかく、意外と美味いじゃん!」


山田は驚いたように自分の作った卵焼きを一口食べ、感激している様子だ。

その姿に、俺は少し笑いながら

「だろ? ちゃんと作れば美味しくなるもんだ」

と答える。


「いや、ほんとすげえよ、よしお。俺、ますますお前のこと尊敬したわ」


「いやいや、これは山田の頑張りもあるよ。俺が教えただけで、実際に作ったのはお前だろ」


そう言うと、山田は少し照れたように笑って

「ありがとな、よしお」

と感謝の言葉をくれた。

その瞬間、教えてよかったなと心から思った。

料理を通じて、こうやって誰かと繋がることができるのは、やっぱり素敵なことだ。

その後も、二人で作った料理を食べながら、たわいもない話で盛り上がり、楽しい時間が過ぎていった。


ご飯を食べ終わった後、俺たちは一緒に後片付けを済ませる。

山田が食器を洗ってくれて、俺はそれを拭いて片付ける。

手際は決して良いとは言えないが、こうして友達と一緒にやると、それも楽しいものだ。

すべて片付いたところで、少し休憩がてらテレビゲームをすることにした。


「なあ、ゲームでもやろうぜ! 昔みたいに二人で盛り上がりたいしさ」


山田がニヤリとしながら提案してきた。俺たちは中学の頃、よく放課後に二人でゲームをしていた仲だ。

今日はそんな懐かしさも手伝って、俺もすぐに了承した。


「じゃあ、簡単に遊べる二人用の対戦ゲームにするか。あれならすぐに盛り上がれるし」


俺はゲーム機をセットし、二人対戦のアクションゲームを選ぶ。

シンプルな操作で気軽に楽しめるものだが、対戦になるとついつい本気になってしまう。


「おお、これか! 久しぶりだな、負けないぞ!」


「言ったな、覚悟しろよ」


ゲームが始まると、すぐに熱中してしまった。

お互いに勝ったり負けたりを繰り返しながら、白熱したバトルが展開される。

山田は負けず嫌いな性格だから、ついついムキになって声を荒げる場面もあったが、それがまた楽しい。

結局、時計が3時少し前を指すまで夢中になって遊んでいた。


「くそー、もうちょっとで勝てたのに!」


「残念だったな、俺の勝ちだ」


勝負が決着し、俺たちは息を切らしながら笑い合った。

すっかり疲れてしまったが、ここで休むことなく、次はおやつ作りに挑戦することにした。


「よし、次はおやつを作ろう。お腹も減ってきたし、ホットケーキでもどうだ?」


「え、ホットケーキ!? おやつまで作れるとか超すげーじゃん!」


山田は驚いたような表情を見せながらも、すぐに嬉しそうな顔になる。俺はキッチンへと移動し、ホットケーキミックスを取り出す。

ホットケーキは簡単に作れるし、甘い香りとふわふわの食感がたまらない一品だ。


「ホットケーキはシンプルだけど、美味しいからな。材料も少ないし、すぐできるぞ」


「マジかよ、やっぱりよしおはすげえな。俺も頑張って手伝うから、教えてくれ!」


俺たちは再びキッチンに立ち、ホットケーキ作りを開始した。ホットケーキミックスをボウルに入れ、牛乳と卵を加えて混ぜ合わせる。

山田も一緒に混ぜる手伝いをしてくれたが、やっぱり動きはぎこちない。

でも、その一生懸命さがなんだか微笑ましい。


「これ、混ぜるの結構難しいんだな」


「慣れれば大丈夫だよ。あとは焼くだけだから、もう少しだ」


フライパンに油を敷き、温まったところでホットケーキの生地を流し込む。

しばらくすると、甘い香りがキッチン中に広がり、ふんわりとしたホットケーキが次々と焼き上がっていく。


「おお、めっちゃいい匂いがするな!」


「だろ? これが出来立てのホットケーキの醍醐味さ」


山田はその香りに感激している様子で、焼き上がったホットケーキを嬉しそうに見つめていた。

俺は出来上がったホットケーキを皿に盛り付け、バターとメープルシロップを添えてテーブルに運んだ。


「さあ、できたぞ。自分で作ったおやつ、食べてみろよ」


山田は一口ホットケーキを食べて、目を輝かせた。


「うわ、うまっ! 俺でもこんなに美味しく作れるんだな。マジで感動したわ」


「まあ、俺がしっかり教えたからな。でも、山田もちゃんと手伝ってくれたし、その頑張りのおかげだよ」


「いやいや、それでもよしおがすげえよ。俺、本気でお前尊敬してるから!」


そんな風に褒められると、やっぱり少し照れる。けれど、こうして一緒に料理をして、喜んでもらえるのは嬉しいものだ。


「ありがとな、また料理教えてくれよ」


「もちろん。いつでも手伝うから、気軽に言ってくれ」


ホットケーキを食べながら、俺たちはまた他愛もない話を続けた。

友達と一緒に料理をして、ゲームをして、こうしておやつを食べる。

何気ない日常だけど、それが一番楽しくて大切な時間だと感じた。


ホットケーキを食べ終えた俺たちは、しばらくリビングでゴロゴロしていた。

食後の満腹感と、さっきまで遊んでいた疲れが相まって、なんとなく身体が重い。

山田も同じらしく、ソファに腰を下ろしてぼんやりと天井を見つめている。


「ふう、食ったなあ。よしおの家、落ち着くわ」


「それはよかった。あんまり長居されても困るけどな」


冗談を言うと、山田は笑いながら

「それもそうだな」と返してきた。

彼とは何も考えずに自然体で過ごせるところが心地いい。お互いにあまり深く考えず、ただ一緒に過ごしているだけで十分楽しいんだ。


「なあ、また次の休みも来ていいか?」


山田がふとそんなことを言い出した。

俺は少し驚いたが、もちろん断る理由なんてない。


「もちろんいいよ。ただし、次はもう少しちゃんとした料理を手伝ってもらうから覚悟しておけよ」


「おっ、いいね! そしたら、もっと色んなもの作れるようになって彼女に振る舞えるぜ」


山田は嬉しそうにガッツポーズをしている。

彼の彼女想いなところには毎回感心するが、それ以上に、友達としてこうして楽しく過ごせることがありがたい。


「次は何作るかな…唐揚げとか? それともカレー?」


「どっちもいいな。でも、カレーは俺もよく作るから、唐揚げに挑戦してみたいな!」


「おお、じゃあ唐揚げに決まりだな。下味の付け方から揚げ方まで、ちゃんと教えてやるよ」


「よし、次の目標は唐揚げだな。今から楽しみだわ」


そんな会話をしながら、俺たちは次の計画を立てていた。

日常の中でこうして一緒に料理をしたり、遊んだりする時間が、これからも続いていくのだろう。

そんな日々が俺にとって、何よりも大切なものなんだと思った。


夕方近くになると、山田はそろそろ帰る準備を始めた。


「じゃあ、今日は本当にありがとな。また頼むぜ!」


「うん、またいつでも来いよ」


玄関まで見送った後、山田は自転車に乗って去っていった。

静かになった家の中で、俺は少し寂しさを感じながらも、次に彼が来る日が楽しみになっていた。

これからも、こうした何気ない日常が続いていく。

料理を通して広がる輪や、人との繋がりが、俺の毎日を彩ってくれている。

山田が帰った後、家の中は静かになった。

さっきまでの賑やかさが嘘のようで、ふと一人の時間が戻ってきた感覚だ。

俺は少し片付けをしながら、今日の出来事を思い返す。

友達と一緒に料理をして、食べて、笑って――それがこんなにも楽しいとは思わなかった。


「次は唐揚げか…」


唐揚げを作る時の工程を頭の中で整理してみる。下味をつけるタイミングや、油の温度、揚げる時間など、山田にしっかり教えてやらないとな。

彼が楽しんでくれるのが何よりも嬉しいし、そういう小さな喜びが、俺の日常を少しずつ明るくしてくれる。


夕飯の準備にはまだ時間があったので、少し休むことにした。

ソファに座り、今日のことを振り返りながら、次に教える料理のレシピを頭の中で思い浮かべる。料理が趣味だと、こんな風に考える時間さえも楽しい。


「また、次が楽しみだな…」


ふとつぶやくと、自然と笑みがこぼれた。

この先も料理を通していろんな人と繋がっていける。

そんな日常が、俺にとって一番の幸せかもしれない。

明日から学校が始まる。

久しぶりの登校日ということもあって、少しそわそわしていた。

佐藤さんに会えるだろうか――心の中で自然とそう考えてしまう。


彼女とはまだそれほど親しいわけではないけれど、何となく彼女のことが気になる。

クラスで顔を合わせる機会も増えるだろうし、話すチャンスも出てくるかもしれない。

そんな期待と少しの不安が入り混じった気持ちが心に残っていた。

ふと時計を見ると、もう夕方だ。

考え事をしていたせいで、時間が過ぎるのが早く感じる。


そろそろ夕食の支度をしなければいけない。

何を作ろうかと冷蔵庫の中を見渡す。

残っている食材を確認しながら、献立を考えるのはいつものことだ。


「今日は、豚の生姜焼きにしようかな…」


生姜焼きは手軽で美味しく、食べ応えもある。父さんも喜ぶだろう。

冷蔵庫から豚肉を取り出し、タレの材料を揃える。

醤油、みりん、砂糖、生姜のすりおろし――これらを混ぜて、豚肉に絡めて下味をつける。

生姜の香りが広がって、料理をしている実感が湧いてきた。

フライパンを温め、油を敷いて肉を焼き始める。ジュワッという音とともに、香ばしい匂いが台所を満たす。

料理をしていると、自然と心が落ち着くのがわかる。

学校のことや佐藤さんのことも、今は少しだけ忘れて、目の前の料理に集中する時間だ。


「よし、もうすぐできるな…」


仕上がりを確認しながら、俺は次の料理の手順を頭の中で整理する。

夕飯の準備を終えたら、明日の弁当の準備もしなければならない。何を作るか、少しだけ考えつつ、目の前の料理に集中し続けた。






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