第23話 翔太の父親の先見の明

 杏奈が挨拶した後に間髪入れずに、「うちの息子で良かったら宜しくお願いします」と瑛太の父親から出た言葉だった。父親だけは一瞬にして杏奈の本質を理解し、息子の弱さと甘えを上手にコントロールする事ができる司令塔のような“あげまんの妻”になるという先見の明があった。


 瑛太の父親もまた壮絶な人生を歩んできた。瑛太の姉は、母の前夫の子供だった。つまり、他人の子供を育て上げた。それも結婚したのは、姉が中学生の頃。最も多感な時期で瑛太が生まれ、姉も父が一人で働き育て上げた。瑛太の家族と杏奈を会わせた後、彼は自分の故郷を彼女と一緒に歩いた。暑さで汗を拭きながら街を歩いても、二人は楽しかった。これからずっと二人でいられるという喜びが実感していた。


 杏奈も瑛太が育った街が好きになり、幼少の頃に遊んだ場所、通った小中学校。瑛太は思い出の街を案内した。彼女もその歴史を知る事に喜びを感じていた。夜、二人は花火の会場で、大きな音楽をならしてダンスを踊る若者が大声を出している横を通り、瑛太が良く通っていたというお好み焼き屋に行った。


「緊張したよね」

「うん、だけど、本当に良かった。私、絶対、貴方と添い遂げるからね」

「うん、俺も杏奈の事が好きになって本当に良かったと思うよ」


 その後、時が流れ瑛太の父親は八十五歳になり病院に入院していた。杏奈はそんな父を毎日、献身的に看病していた。そして、いつも父の手を握り締めて、「お義父さん、ありがとう、早く元気になって! アタシたちの赤ちゃんを抱いて!」と言っていた。


「貴方! 顔出さないと、ダメだからね!」仕事を理由に瑛太が父の病院を訪れる日の間隔が空くと、杏奈は凄みを利かせて睨んだ。あの日、杏奈の母親が言った「この子は優しい……」まさにそういう女性だった。


 辛い経験をしたからこそ、杏奈は人の痛みが分かる。一度、道を踏み外すと軌道修正するのは並大抵のパワーではない。その世界から脱却するのは難しいが、最後は自分の人生の幸不幸は自分が決めるのだ。


 瑛太が担当していた子が中学に入って悪い道へと進んで、親から相談を受けた。瑛太は杏奈に、相談した事があって彼女は彼にたった一言。「自分の人生なんだから自分で決めなよ。だけど、変わる気があるなら、私は全力で応援するからさ!」だった。彼は更生の道を選んだ。瑛太は杏奈と結婚して頼りになる嫁を貰って本当に良かったと思っていた。

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