第21話 杏奈の職場と二人の恩人

 瑛太と杏奈が付き合い始めたころ、彼女はキャバクラで働いていた。それも三軒を掛け持ちで働いていた。一軒目は、かなり高額の金額を支払う店で、そこに来る客たちは、街の中でも名の知れた弁護士や医師などのいわゆる士業の金持ちばかりだった。


勿論、瑛太の給料では、中々通う事などできない店だった。ボトルが入っていても平気で一万は取られる店だ。その時代はそんな店が多くあった。


 もう一軒は杏奈の十代から世話になった人の店だった。ここは普通のカラオケの置いてある店で瑛太も時々、社内の飲み会の後などに、このお店に寄り、酒が入ってないと中々入る勇気が出ない店構えだった。瑛太はそこでも杏奈の懐の深さに魅かれていた。


 瑛太が店に入ると、杏奈はカウンターに案内した。

「また、飲めないお酒を飲んで来たの?」

「うん」

「顔が真っ赤だよ」

「後、もうちょっとで終わるからね」


常連の客が二人の会話を興味津々に聞いているのが分かった杏奈。


「この人は私の夫になる人なのよ」とあっさり言った。

瑛太は金時の火事見舞いが更に増した。


周りの客は、「こんな奴が?」という雰囲気を感じていたからだ。


「えー、杏奈さん結婚しちゃうんですか?」と、店にいるホステスも会話に入ってきた。

「そうよ」

「えー、旦那さんになる人って、何をなさっているんですか」

「何に見える?」

「うーん、営業マン?」

「そうだよね。何かこの人はインチキ臭いもんね。これでも保育士なんだよ。」

そんな会話を聞きながら瑛太は、何だか心が暖まる思いで聞きながらまた飲めない酒を飲んだ。


 店が終わったのは深夜二時……。


 それからいつもの馴染みの店に二人は寄った。その店のママさんも、かつての不良の杏奈の過去を知っている人だった。そして、杏奈の味方となって影日向なく献身的に彼女を支えてくれた人でもあった。


 「はい、いらっしゃい!」


 いつも迫力のある長年の酒ヤケでもしているのか、低いしゃがれた声で出迎えてくれた。そのお母さんの訃報を聞いた。店をやめたのが、今から三年前。その後は何処で何もしているかも分からなかった。地元新聞のネットニュースに小さく出たお悔やみの記事だった。


 二人は線香を上げに行った。妹さんのアパートに遺骨が有った。二人はただ手を合わせた。


「ママさんがいたから二人は一緒になれたし、ママさん、本当にありがとう」と、杏奈は小さな声で呟いた。生前のママさんの言葉で「借金と浮気をする男はクズ。そんなクズは一生治らない。瑛太さんはそういうタイプではないから大事にしなよ!」


 瑛太もまたママさんの一言を思い出した。

「二人は本当に愛し合っていると思うけど、二人の環境の違いは大きいよ。でもそれを乗り越えれば必ず幸せになるから、私は二人に結婚してもらいたいと思っているよ!」だった。


 二人は妹さんに挨拶をしてアパートを後にした。そして、あの頃と同じように掌を合わせて指を絡ませ恋人繋ぎで街を歩いた。


 ママさんの晩年の人生はなんとなく察しが付いた。しかしママさんが居たからこそ幸せになれた人も沢山居たと思った。他人の為になる事をしてくれたのは間違いなくママさんなのだから。二人の心にママさんの店と姿と言葉はずっと生き続けた。


 杏奈がたまに呼ばれてアルバイトするスナックが三軒目の店で、そこに二人で立ち寄りママさんの思い出話を話し、懐かしんだ。

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